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「お、勇者様ご一行のお出ましだ」
派手な鎧を着た明るい茶髪の男を先頭にして、強そうな集団が向かいの建物から姿を現した。
有名人なので他の宿泊客や通行人の注目を集めている。
威風堂々と胸を張っているので、何も知らなければ立派な人に見える。
「お久しぶりです、勇者イリメント・コーヨコ」
「ああ、おはよう……ん?」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしている少女に話し掛けられた勇者は、適当な挨拶を返した。
勇者に憧れる子供に話し掛けられるのは良く有る事なのか、その態度は気さくな雑さだった。
しかし少女の顔に見覚えが有る事に気付き、仲間と共に足を止めた。
「君は確か、ヘンソン道場でペルルドール様とご一緒だった――」
「セレバーナ・ブルーライトです。こちらはイヤナ」
「君も、封印の丘でペルルドール様とご一緒だった」
「はい、そうです。今はペルルドールは居ませんけどね」
笑むイヤナ。
お互いの顔を覚えている事が確認出来たので、セレバーナは早速本題に入る。
「そちらもお忙しいでしょうから、要件のみで失礼します。構いませんか?」
「どうぞ」
「私達はコーヨコ家に伺いたい事が有って参りました。大分前から魔法ギルドから問い合わせが行ってるのですが、当主が不在で答えが得られないのです」
「そうでしたか。それは申し訳なかった」
「ですので、ここで質問します。コーヨコ家に『女神の鎧』と呼ばれる物は有りますか?女神が使用していたと思われるアイテムなら何でも良いのですが」
「我が家は様々な伝説の武具を保有していますが、いかんせん数が多い。ですので、『女神の鎧』が有るかどうかはここでは分かりませんな」
「今回のクエストを終えて勇者様の実家に帰り、それから女神が使用していたと思われるアイテムを探せば分かりますか?」
「銘が入っていれば分かりますが、無ければ分かりません。私は武具の鑑定士ではないので。その鎧に込められた魔法効果が分かれば、絞り込み程度なら」
「魔法効果とは、あの時に持たれていた『魔法使い殺しの剣』の様な、目的に特化した効果の事ですか?」
「そうです。今着ているこの鎧は魔物探知に特化しています。その『女神の鎧』にはどんな効果が有るかお分かりですかな?」
「詳細は不明です。そもそもそれはレプリカで、すでに力を失っているらしいです」
「では、自分が家に帰っても探し様がありませんな」
「私達が鑑定に伺えば判別出来ますので、許可をくださいませんか?」
「それは構いませんが、その『女神の鎧』が有った時は、我が家から持ち出されるおつもりかな?」
「私と彼女がそれに触れて終わりだと思いますが、場合によってはお借りするかも知れません」
セレバーナとイヤナの顔を順に見た勇者は、力強く頷いた。
「では、魔法ギルドから改めてクエストを申し込んでください。クエスト名は『女神の鎧の探索』で。そうすれば目的の武具を持ち出せるでしょう」
アイテム探しのクエストは、ダンジョン内の武具の捜索や薬草取り等、一般人が行けない場所へ冒険者に行って貰うのがクエスト発注の主な理由だ。
だが、足が不自由なお年寄りが大きな買い物を頼んだりする場合も有る。
商店の棚に有る物でも、魔物が守っている宝箱の中に有る物でも、依頼者に目的の品物を届ければクエストは完了する。
そんなクエストの特性を利用すれば、本来なら門外不出である家宝でもアイテムを持ち出せると勇者は提案してくれているのだ。
随分と気が利いて気前が良いが、これはやはりエルヴィナーサ国第二王女様の後ろ盾が効いているんだろう。
この場に居なくても存在感が有るとは、随分と便利な仲間を持った物だ。
「分かりました。魔法ギルドにはそう伝えます」
「今は重要なクエストの最中ですので返答にはしばらくの日数が必要ですが、我が家に帰還後、優先的に事に当たります」
「ありがとうございます。――で、今回の事件はどれくらいで解決しますか?」
「不明ですな。事件の内容はご存知で?神学校の生徒なら、噂くらいは聞いているでしょう」
「被害者の一人であるクレア・エスカリーナは私の友達です。ですので、街の噂程度なら知っていると思います」
「そうですか。彼女の親も狙われているので早めに解決したいのですが、魔物使いがどこに潜んでいるのか分からなくて」
「手掛かり無し、ですか?」
「ええ。エスカリーナ家が警察の協力を拒んでいるので、余計に情報が無いんです」
「ちなみに、エスカリーナ家は何をして恨まれたのですか?」
「金貸しですよ。それを商売にしている訳ではなく、知り合いに低金利で貸した様です。と言っても貴族ですから、知り合いの数は膨大ですがね」
「善意の行動ではないですか。それなのに、なぜクレアが怪我を?」
「エスカリーナ家が雇った借金回収人が無茶をした様で、それによる逆恨みですな。ただ、その知り合いは知らぬ存ぜぬで通そうとしています」
「なるほど」
「これは私見ですが、裏では悪い事をしているんでしょうな。でなければここまでこじれません」
「ふむ。それを隠したいから警察の協力を拒んでいると」
「警察も愚かでは有りませんから、そこは感付いているでしょう。ただ、それを調べるのは警察の仕事。私の仕事は魔物の脅威を排除する事です」
勇ましく拳を作って見せた勇者は、ふと思い付いて少女達の顔を改めて見詰めた。
「そう言えば、君達は魔王に弟子入りしているんでしたね。なら魔物の扱いがどう言う物かを知っているじゃないんですか?」
「私達は魔法使いになる為の修行しかしていません。今回の事件には魔王教と言う集団が関わっている様ですが、最果ての遺跡とは完全に無関係です」
「そこまで知っているんですか」
「クレアに聞きましたから。――では、失礼します。お仕事頑張ってください。一人のエルヴィナーサ国民として、速やかな解決を望んでいます」
セレバーナは胸の前で指を組み、武運の祈りを捧げる。
それに頷きを返す勇者。
剣を左手に持つ礼をしないのは、魔物使い探索と言う緊急時だから、武器を使い難い状態にするのは良くないからか。
「頑張ります。では」
去って行く勇者一行を見送る二人の少女。
「さて、と。魔法ギルドに行って、クエスト発注の手続きをして来るか。魔法使いの数が少なくて活気が無くても、朝なら誰かしら居るだろう」
「それからどうする?」
セレバーナは歩き出したが、イヤナが全く動かなかったので、数歩進んだ先で振り向くツインテール少女。
「ん?――そうだな。王都に戻って事件の解決待ちかな?」
「それで良いの?同じヒマなら、マギを頼って事件解決に協力しても良いんだけど」
「無意味に事件に首を突っ込むのは良くないだろう。他にも被害者が居る事件だし、更なる被害者が産まれる可能性も有る」
「私が言いたいのは、セレバーナの大切な友達が加害者になるのを止めさせなくても良いの?って事。あの子、魔物使いを匿ってるよ」
思いもよらない言葉に驚いたセレバーナは、金色の瞳を見開いてイヤナを見詰める。
「突拍子もない話が出て来たな。なぜそう思う?」
「魔力を増やす修行をしてるから、その結果だよ」
一人前になった後の修行は、各々の判断で行っている。
セレバーナは、自分で発明した電池を組み込んだランプに電気を充電する事で魔力の修行としている。
イヤナは、自分の使い魔に詳細な天気を訊く事で魔力の修行としている。
筋力と同じく、自分に負担を課す事で魔力も成長するのだ。
「セレバーナの代わりにクレアにウソを言うって決めたあの後、天気の代わりに事件の真相を訊いてみたんだ。だから、実は大体の事は知ってるの」
「なるほどな。情報を持っていないと適切なウソは言えないからな。それに、簡単に解決する方法を持っているのなら、それを試すのは当然だ」
「詳しく訊けるほど魔力が成長していないから、かなり大雑把だけどね。でも、今までの流れは大雑把なりにもマギが言う通りだった」
イヤナは数歩進み、ツインテール少女の横に立つ。
「だから、証拠が無い事を前提に言うけど、聞く?クレアを加害者側に行かせない為に」
「どうするかな。このまま放っておけば、警察か勇者が事件を解決してくれるだろう。私達が動く余地は無い」
そう言ったセレバーナは、イヤナの真っ直ぐな視線から顔を逸らしてから溜息を吐いた。
呆れている様な、苛立っている様な、そんな溜息だった。
「――いや、そうだな。私はクレアの友人だから、彼女が悪の道に進まない様にしてあげるのが友人の務めだろうな。聞いてみるか」
全く心が籠っていない返事をしたセレバーナは、魔法ギルドに向かって歩き出した。
確かにマギを使えば犯人捜しは簡単だろう。
だが、あえてその方法は取らなかった。
状況はともかく、事件に対する人物配置が自分に都合が悪過ぎる。
動けば動くほど追い詰められる様なこの感覚は、あの時と似ている。
魔法の杖を作った時の試練と。
もしもこの事件が何らかの試練なら――いや、当てずっぽうでも具体的に考えよう。
考えられる一番の可能性は『女神になる為の修業の続き』だ。
ユゴントでイヤナが受けた『お願い』もその修業だったと考えれば、自分にもそれが起きても不思議じゃない。
今はまだ修業中なのだとこの世界が判断しているのなら、きっと胃に穴が開くほどのストレスが待っているに違いない。
「マギはクレアを敵に回す様な情報を言ったんだろうなぁ……」
なんとなく呟いてみた。
イヤナは無反応。
正解か。
クレアに嫌われたくない。
クレアは本当に大切な友達だから。
腕を組もうとしたセレバーナは、分厚いコートを着ている時はそれが出来ない事を思い出し、腕を下げた。