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遺跡の二階から庭の畑を見下ろしていたシャーフーチは、面倒臭そうに視線の向きを変えた。
すると、封印の丘を登って来ている人影が見えた。
ふたつの木箱を天秤棒に吊るしているサコだ。
追跡者は居ない。
だからそのまま何もせずに石の門を潜るのを見守る。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい、サコ。早いね。まだお昼前だよ?」
イヤナは、玄関前で木箱を下しているサコに駆け寄る。
「宿屋が余所者で満室になったって話を聞いてね。キナ臭くなる前に上がらせて貰ったよ。それなのに、こんなに分けてくれて」
サコが指し示した木箱を覗くイヤナ。
様々な春野菜の苗と種類別に袋詰めされた種が入っている。
「ありがたいね。こっちの都合で突然休んだのに」
イヤナは瑞々しい苗を優しく撫でる。
感謝を込めて大切に育てなければ。
「ああ。恩を返さないとね」
言ってから顔を上げたサコは、二階の窓に向かって大声を出す。
「シャーフーチ!お耳に入れたい事が!」
「はい、なんでしょう?」
シャーフーチは、揺り椅子に座ったまま窓から顔を出す。
「村に居る余所者のリーダーはイリメント・コーヨコです!百人規模の冒険者がひとつのパーティとなって、明日明後日の内に攻めて来ますよ!」
「コーヨコ、ですか。この名前、みなさんはご存知ですか?」
「五百年前、魔王を倒した勇者の子孫です」
セレバーナが応える。
「知っていましたか。と言う事は、彼の血筋にも真実は残っていない、と言う事ですか」
「シャーフーチ。貴方は真実を知っているんですの?勇者の伝承は、どう真実ではないと仰るの?」
ペルルドールも二階に向かって大声を出す。
「真実なんて物は、知ってしまえば大した事ではないんですよ。重要なのは――」
シャーフーチは、そこで言葉を止める。
待っても待っても続きを言わない。
「何ですの!?続きを仰ってください!」
痺れを切らしたペルルドールが金切り声を出す。
「いえ。何て言ったら良いのか考えてみたのですが、止めました」
「止めました?止めたとはどう言う意味ですか!」
ペルルドールの声がどんどん高くなり、ガラス板を爪で擦っている音に近くなって来る。
「いやぁ、私もこの状況に慣れていないので、戸惑っているんですよ。どんな態度で貴女達と向き合えば良いか、とか」
「なら魔法のお勉強を!わたくしは野菜を育てる為にここに来た訳ではありません!!」
ペルルドールは怒りで全身を震わせながら叫ぶ。
喉が壊れそうな声量。
「シャーフーチ。私からもお願いします。このままではストレスでおかしくなってしまう」
私ではなく、ペルルドールが。
そう言う想いを込めた視線を送るセレバーナ。
シャーフーチも金髪美少女の限界が近い雰囲気を感じている。
少し早い気もするが、仕方がない。
「分かりました。村の仕事が出来ないのなら仕方有りません。頂いた苗を植え終わったら魔法の勉強を始めましょう」
「やったね、ペルルドール。魔法のお勉強をしてくださるって。私も嬉しいよ!」
「え、ええ……」
イヤナがペルルドールの肩を抱いて喜んだ。
ペルルドールは、曖昧な笑顔でそれに応える。
どっちにしろ畑仕事をしなければならないのか。




