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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
287/333

17

「――いえ、話しますわ」


しばらく黙って考えていたクレアが語り出した。

事件の発端は、クレアの両親の悪事が発覚したその時だった。

クレアはセレバーナと同じく寮住まいなので、悪事の詳しい内容は知らない。

実家の情報をつぶさに得ている学生の方が珍しいから、それは仕方が無いだろう。

両親は貴族と言う立場を利用した裏の商売をしていた、と言う事実を知ったのは、事件後にお喋りな関係者から事情を聞かされたからだそうだ。

犯罪スレスレだが訴えられても合法と言う商売なので、多くの人の恨みを買っていたとしても、クレアの両親を恨むのは逆恨みになる。

その商売で助かる人が居るからこそ長続きしていたので、だから大きな揉め事は起こらないはずだった。

だが、長く商売をしていると被害者の数が増える。

被害者が増えれば加害者への攻撃の数も増える。

その攻撃のひとつが、なぜか娘であるクレアに向いた。

娘を痛め付ければ両親が後悔すると思ったのか、魔物を操って一生物の傷を負わせたのだ。

悪事を行っている事は関係者全員が承知しているので逆恨み対策はバッチリ行っていて、実家の方への攻撃なら全て跳ね返せる。

神学校の方も、常識で考えれば安全だ。

大勢の将来有望な子供達を守る為に警備員を雇っているからだ。

警備が疎かにならない様に、多くの家が多額の寄付金を払ったりもしている。

だが、事件は神学校近くの飲食店で起きた。

校外では神学校の警備は届かない。

学生達がよく利用する店なので、実際には届かない事もないだろうが、薄くなる事には違いない。

下手に商売を隠さず、娘も逆恨みの対象になる事をキチンと説明していれば防げた事件だったが、その後悔は後の祭り。

何にせよ、これは立派な傷害事件。

最初は警察が出張って来たが、クレアの両親が事件を新聞沙汰にする事を嫌った。

犯罪スレスレな商売をしているので、余計な詮索を受けたら様々な不都合が有るからだ。

学校としても、校外で起こった事件だったとしても、責任を追及されたくない。

静かな学び舎を無粋な警察に荒らされたくもない。

なので、警察には事件から手を引いて貰った。

しかし街中に魔物が現れた事実を放っておくと他の保護者から不安と不満の声が上がる事が容易に予想されるので、内々で勇者へクエスト依頼を出した。


「ふむ。予想以上の内容ではなかったな」


「え?知ってたの?」


ツインテール少女が無表情のまま動じていない事に驚くクレア。

クラスメイトにも怪我の詳細は語っていないので、外に居たセレバーナが知っているはずはないと思っていたのに。


「予想していただけだ。大事件なのに新聞に載らなかったから、大方そんな流れだろうと」


「そう。まぁ良いわ。勇者様の居場所だけど、彼は今、魔物を操った人を追っているわ。警察の代わりに犯人探しをしているの」


魔物を操っていたのは、魔王を信仰する宗教集団『闇の牙』の一員。

女神以外の存在を信仰する習慣の無いエルヴィナーサ国では異端中の異端なので、この様な事件が起きない限りは表に出て来ない存在だ。


「闇の牙?そんな集団が居たのか」


「やっぱり知らないんだ。最果ての村近くに総本部が有るって話だけど」


「知らないな。イヤナは知っているか?」


「聞いた事無いね」


「ふむ。まぁ、遺跡が有る封印の丘には誰も入れないからな。良からぬ者が付近に居ても何も出来ないか」


「そうなのよ。あそこに入る方法とか有るの?」


「有る。魔王の弟子になれば、自由に出入り出来る。今は出来なくなってしまったが」


「どうして?」


「それは……いや、ここでは秘密にしておこう」


「魔王に口止めされている?」


「違う。単純に口外出来ないだけだ。――なぜそんな事に興味が有る?」


少しためらったクレアは、意を決して口を開く。


「実は、私も闇の牙に参加したいなって思っているから。だから犯人がどこの所属かを知り得たって訳」


セレバーナは金の瞳を見開き、旧友の顔を見直す。


「何?そこの者が君の目を潰したのだろう?なぜそうなる?」


「その人は闇の牙を追放されたわ。犯人に関する情報も、積極的に勇者に提供されている。闇の牙は犯罪集団ではないから」


包帯の上から左目を押さえるクレア。

まだ傷が塞がっていないのでとても疼く。


「セレバーナもこの学校で女神の教えを学んでいたから分かると思う。世の中の事を知れば知るほど、この世界は歪んでいるって」


「歪みか。興味深いな。どこが歪んでいる?」


「魔物に襲われた時、私は女神に祈ったわ。助けてくださいって。でも、左目を失った。絶望したわ。あんなに恐ろしかったのに、女神は助けてくれなかった」


緑眼の少女は悔しそうに歯噛みする。

貴族である事を差し引いても美人なので、顔の傷は一生の後悔になるだろう。


「それなのに、先生方はこう仰った。女神様のご加護のお陰で命が助かったって。そこで目が覚めたわ」


セレバーナとイヤナの顔を順に見てから続けるクレア。


「もしかすると、女神は助けを求める人を優先的に見捨てているんじゃなかって気付いた。だってそうでしょう?実際に女神に助けられた人って、居る?」


「改めて言われると、個人的な視点で見た場合に限っては、居ないかも知れないな」


セレバーナは、イヤナに黙ってろとテレパシーで釘を刺しながら無表情で頷く。

女神はもう居ない事を知っている身には間抜けな主張に聞こえるが、バカにする気はない。

真実を知らない方が当たり前なのだから。


「やっぱり怒らないのね。以前の貴女なら、信仰を否定されたら怒っていたのに。やはり魔王様の所で修行したから?」


「そうなるな。間違ってはいない」


目を伏せたセレバーナは、石油ストーブからちょっとだけ離れた。

火が安定したので、近くに居ると熱い。


「私、思うの。女神は人を特別視していないって」


行儀良く座っていたクレアも、熱気を避ける様に身動ぎする。


「教えでは、愛を持って世界全体を見守っている、となっている。女神の愛は全てに対して均等だと言う意味だろう。人が特別だと思うのは人のエゴだな」


「そう。つまり、人が特別だと思っている人を見捨てているんじゃないかって。女神に救いを求めている人って、そう言う人でしょう?」


「物凄く乱暴な理屈だが、理解は出来るな。だが、優先的に見捨てると言う言葉は否定するしかないな」


「でも、救いを求める善人が不幸になり、利己的な悪人が益を得ているわ。……私の親みたいに」


「あこぎな商売をしている両親が無事で、優等生の自分が怪我をしたのがその証拠、と言いたい訳か」


「そうよ」


「だが、やはり認める訳には行かないな。女神を否定しても何も変わらない」


「なら、無条件に女神を受け入れている現状が正しいと言うの?」


短く唸るセレバーナ。

自分達が女神になってその現状を変えるつもりだ、と言ったら変な誤解をされそうだ。

それが魔王様の意思なのね?と言った感じで。


「まぁ、代案が無いなら現状に妥協するしかないな」


クレアは当たり障りの無い応えが帰って来た事に不満そうな顔をした。

しかしこの友人は昔からこうだった。

特に理由が無ければ、中立、もしくは保守的な立場に居ようとする性格だった。

遠くに行って魔法使いになった今でも変わってないなと安心したが、それでは話にならない。


「その代案が闇の牙なんだけど、何と言ったら分かって貰えるかしら。――そうだ!」


思い付いたクレアがセレバーナに顔を近付ける。

傷薬の匂いが黒髪少女の鼻を擽った。


「良かったら、闇の牙の人に会ってみる?今の貴女達なら幹部待遇で受け入れられると思う。だって、魔王様の弟子なんだもの」


腕を組んだセレバーナは、赤髪少女と目を合せながら応えた。


「面白そうな話だが、少し考えさせてくれ。イヤナとも相談したいし、勇者とも会わなければならないからな。君にも午後の授業が有るだろう?」


「そうね。じゃ、教室に行くわ」


すんなりと頷いたクレアは、上品にスカートを捌きながら立ち上がる。


「確認だが、クレアに怪我をさせた者は闇の牙を追放されたんだよな?それは自分から?それとも、組織に追い出された?」


セレバーナは座ったまま訊く。


「闇の牙に警察の捜査が入ってから、その事実を把握した闇の牙が除名追放したわ。事件前から行方不明になっているから、それが本人に伝わってるかは――」


「――分からない、か。厄介だな」


「そうね」


「承知した。もしも私達が無言で帰ってしまったら、断ったと思ってくれ。闇の牙の人に会うとなったら、また保健室で待っている」


「分かったわ。火の始末をお願いするわね。じゃ、ごきげんよう」


優雅な所作で退室して行くクレアを、ストーブを見詰めたままのセレバーナは見送らなかった。

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