16
セレバーナとイヤナは、空になった食器を持って給食室へと向かった。
今はお昼休みなので、廊下を歩く学生の数は多い。
天才少女の顔を知っている子に驚かれたが、声を掛けて来る子は居なかった。
飛び級しまくったせいで友達を作るヒマが無かったから仕方ない。
社交的な性格ではないセレバーナと友達になろうとする者も居なかったし。
同級生の全てが年上なので、お互いに遠慮が有ったのも事実だ。
しかし最果ての遺跡では自然と全員が仲良しになったので、環境的な問題も有るのかも知れない。
少人数で協力しあった遺跡と、大勢で切磋琢磨する神学校。
こうして考えると、どちらが正解かは分からない。
今回の問題が終わってヒマになったら深く考えてみるか。
聖書作成の助けになるかも知れないし。
そして手ぶらになった二人が保健室に戻ると、クレアはすでに廊下で待っていた。
改めて見ても左目を覆う包帯が痛々しい。
「保険医の先生に許可を貰ったから、談話室に行きましょう。あそこなら静かだし、話が外に漏れる事も無いし」
「うむ」
同じ格好をしている少年少女が行き来する廊下を進む少女達。
幼い頃から過ごしていた場所なので、セレバーナとクレアは迷い無く階段を登って行く。
「落ち着いたら事件の事を手紙に書こうと思ってたのに、セレバーナの方から来てくれたからビックリしたよ」
「偶然だが、虫の知らせではない。まぁ、このタイミングでは運命を感じざるを得ないがな」
口調は相変わらずだが、遺跡の仲間達以外の若者に心を開いているセレバーナを微笑ましく眺めるイヤナ。
飛び級せずに普通に育っていたら、きっと普通の女の子になっていたんだろうな。
そうなっていたら最果ての遺跡には来なかっただろうが。
「二人は文通してたの?」
一歩後ろに付いて歩いているイヤナが訊くと、セレバーナは軽く横を向いて応えた。
「いや、用事が有る時と、気が向いた時くらいだったな。イヤナも知ってるだろう?最果ての村では手紙のやり取りが難しいから」
「丘を降りて役場に行かないといけないもんね。うんうん」
二階の端に有る大きなドアを潜る少女達。
談話室と書かれたプレートが掲げられているそこは、何も無い広い部屋だった。
三十人位は余裕で入れる程の広さのせいか、かなり寒かった。
「うー、さむさむ。寒いと傷口が痛むわ」
クレアが先に部屋に入り、マッチを擦って石油ストーブに火を入れた。
分厚いカーテンが両脇の壁を覆っていて薄暗かったが、それのお陰で少しだけ明るくなる。
「そうだな。私も手術跡がシクシクと痛む。傷が新しいと辛いだろうな。――ああ、イヤナ。ここでは履物を脱ぐのが礼儀だ」
「あ、うん。分かった」
セレバーナとイヤナはスリッパを脱ぎ、談話室に上がる。
三人は高級そうな絨毯に直に座り、熱を発し始めたストーブを囲んだ。
口火を切るのはクレア。
「セレバーナは魔法使いになるって言って学校を出て行った訳だけど、そこが魔王の住処だったって本当?」
「本当だ。その話はどこで聞いた?」
「出て行った直後から、その噂でもちきりだったわ。でも、当然だけど、その噂を信じる人はほとんど居なかった」
片目のクレアは、窓の方に顔を向ける。
カーテンが閉まっているので外は見えない。
開ければ談話室が明るくなるが、今更立ち上がるのも億劫だ。
「百人規模のパーティーを引き連れた勇者様が封印の丘に攻め込んで、その末に敗走したってニュースが新聞に載ったから、ちょっとした騒ぎになったわ」
「ふむ。あの事件は全国ニュースになっていたか。なら、私を知っている者は、全員がそれを知っている事になるな」
「ええ。でも、セレバーナからの手紙は普通だったし、頼まれて送った制服はちゃんと届いたみたいだったから、心配はしてなかったわ」
「その勇者様がこの街に来ているらしいのだが、どこに居るか知っているか?君の怪我が関係しているとユキ先生に伺ったのだが」
「勇者様に何の御用なの?魔王の命令で、彼を退治するとか?」
その言葉につい笑ってしまうセレバーナとイヤナ。
「お師匠様はそんな人じゃないよ」
イヤナは笑顔で言う。
セレバーナも同意して腕を組む。
「うむ。修行を始める前は私も魔王は恐ろしい物だと思っていたが、実際はそんな事は無かった。まぁ、まともではなかったが」
「やはりまともではなかったの?」
「詳しい事は言えないが、今も魔王の尻拭いをする為に動いている。その為に勇者と会わなければならないのだ」
「そうなの」
片目になったクレアの緑の瞳がセレバーナの表情を探っている。
終始無表情な黒髪少女だが、付き合いの長い者なら微妙な雰囲気の違いで心の内を探る事が出来る。
勿論、セレバーナはその視線に気付いている。
「だから事件の被害者である君の話を聞きに来た。話したくないのなら言わなくても良い。辛い話だろうし、本来の目的は君ではないからな」
『そんな、突き離すみたいな感じで良いの?友達なんでしょ?』
イヤナがテレパシーで話し掛けて来た。
『構わんさ。友達だからこそ、無暗に相手のテリトリーに踏み込まないのだ。君達に対してもそうだっただろう?』
『そうだけど』
『我々の目的は女神の遺産だ。それ以外は回り道に過ぎない。言い方は悪いが、余計な事件に関わっても良い事は無い。承知済みだろう?』
『まぁ、懲りたからね』
表面上は無言になってしまっている三人は、赤い熱を発している石油ストーブをボンヤリと見詰めた。




