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黒髪少女は、座標を知らないイヤナを連れての転移魔法で神学校に移動した。
当然ここにも魔法避けが施されているため、敷地外に飛ばなければならなかった。
「ここが神学校かぁ」
神学校の制服の上にコートを羽織っているイヤナが巨大な建物を見上げた。
構造は王城に似ているが、横幅がとても長く、窓の数が段違いに多い。
「まずは職員室に挨拶に行こう。こっちだ」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしているセレバーナは、趣の有る校門を潜って迷い無く進む。
幼い頃からここに住んでいたので、どこに何が有るのかは隅々まで知っている。
そして来賓玄関から中に入り、コートを脱いだ。
校内は広いので当然ながら寒いが、学生達と違う格好をすると目立つので脱ぐしかない。
「校内は土足厳禁だ。そのスリッパに履き替えよう」
「うん」
嵩張る防寒具をバッグに詰めた二人は、静かな校内を歩いて職員室を目指す。
「失礼します」
ドアをノックしたセレバーナは、一礼してから職員室に入る。
作法を知らないイヤナは物珍しそうに周囲を眺めながら後に付いて来る。
「セレバーナ・ブルーライトです。魔法ギルドから話が来ていると思うのですが」
今は授業中の時間帯なので、先生は数人しか居ない。
その中の一人が立ち上がる。
神学校を現す金の紋章付きの白いローブを着た中年の女性。
「お待ちしていましたよ、セレバーナさん」
「ユキ先生」
セレバーナが背筋を伸ばす。
シャーフーチの前でも余裕癪癪だった黒髪少女が緊張している様子に驚くイヤナ。
「ユキ先生。彼女は魔法の修行で同窓となったイヤナです。――イヤナ。こちらの方は私の恩師で、ユキ・フォルテシモ先生だ」
「よろしく」
右手を差し出す白いローブをの中年女性。
その手をキョトンと見詰めるイヤナ。
握手の風習が無い地域で育ったので、咄嗟に反応出来ない。
ボンヤリしてると失礼になるので、慌ててそれに応える。
「あ、よろしくお願いします。イヤナです」
イヤナと握手をしたユキ先生は、顔に出さずに驚いた。
赤髪少女の手に妙な魔力を感じる。
これは癒し?
それとも、血行促進?
分からないが、素人にも感じられるレベルで魔力を発散させていても平気なんて珍しい。
しかし瞬間で納得する。
妙な潜在能力を持った子だからこそ、天才であるセレバーナと肩を並べているのだろう。
「ええと。この神学校に伝わる女神の遺産に触れるのと、クエストで出張なさっている勇者様に会うのが目的と伺いましたが、間違いはありませんか?」
気を取り直したユキ先生は、穏やかに本題に入る。
「はい。間違いありません。――神学校に女神の遺産が有るとは聞いた事が有りませんが、存在するのでしょうか」
セレバーナの声の調子が微妙に高くなっていて、余所行きの声色になっている。
それを本人が気付いていなさそうなのがイヤナのツボに嵌っている。
赤髪少女の頬が小刻みに震えているが、無邪気なイヤナでもこの場では空気を読んで噴き出すのを我慢する。
「私も聞いた事がなかったのですが、学長先生はご存知でした。それは『女神の本』です」
「女神の本。神学校らしいアイテムですね。すると、ここはペーパーマテリアルかな?いや、布製や革製の本も有るから一概には言えないか」
セレバーナの肩がピクリと動いた。
この一年、ずっと一緒に居たイヤナなら分かる。
腕を組もうとして止めたのだ。
尊敬する先生の前で腕組みをするのは失礼だと考えているのだろう。
「図書館の隠し部屋の更に奥に隠し本棚が有り、そこに保管されているそうです」
「大部厳重ですね」
「学校の宝ですからね。学長の許可は取ってあります。早速本を見ますか?」
「お願いします。ただ、膨大な知識が詰まっている場合、知識を得た際に気絶する可能性が有ります。対策をお願いします」
「気絶すると分かっているんですか?セレバーナさんのお身体に障るのでは?」
「かも知れませんが、気絶以上の問題が起こった事はないので大丈夫かと。しかし、気絶した後に放置されればその限りではありません」
「分かりました。保険医の先生にも一緒に行って貰いましょう」
「宜しくお願いします」
綺麗なお辞儀をするセレバーナを見て、ついに噴き出してしまうイヤナ。
真っ黒で怖そうなサコの実の父親を前にしても普段通りだったセレバーナが、こんなにも畏縮するなんて。
「どうした?何かおかしいところが有ったか?」
「ううん、なんでもない。ユキ先生、よろしくお願いします」
セレバーナは、この先生に絶対の信頼を置き、そして尊敬しているんだな。
だからイヤナも丁寧にお辞儀をした。




