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サコの家から帰って来た翌々日、朝一で魔法ギルドから荷物が届いた。
それを開けたセレバーナは、満足気に頷いてからキッチンに移動した。
「イヤナ。例の物が届いたぞ」
朝食のスクランブルエッグを作っていた赤髪少女は、手を止めずに振り向く。
ルームサービスを頼めば火を使わずに暮らせるが、修行生活を続けたいイヤナはそれをしようとしない。
森が少ない王都では薪が高価なのだが、それでも自炊の方が安いから気持ちは分かる。
「お、早いね。身体のサイズを測っての注文だったから、もう何日か掛かると思ってたよ」
「イヤナの体格は平均的だから、ほとんど弄らなくても大丈夫だったんだろうな。私やサコの体格だったら仕立て直しで時間が掛かったと思う」
セレバーナは荷物に同封されていた封筒を開け、さっと目を通す。
「神学校側も準備出来たそうだ。冬の間は特にイベントが無いから、いつでも良いらしい」
「いつ行く?」
「私はいつでも大丈夫だから、今日でも良い。イヤナの予定はどうだ?」
「今日もアルバイトに行くつもりだったけど、こっちの方が大事だからね。朝ご飯が終わったら断わって来るよ。――何時頃、出掛ける?」
「九時半から十時くらいに行く。授業中なら余計な騒ぎにならなくて良いからな。イヤナが帰って来るのが昼過ぎになったらまた明日にしよう」
「騒ぎになるの?」
肩を竦めたセレバーナは手紙を畳み、食器の準備を始める。
「神学校は、基本的に退屈だからな。話題の種に全力で食い付いて来るから、私の姿を見た者が出戻りだと騒ぎ出したら面倒だ」
「ふーん。そう言うところは、学生さんも村のおばちゃんもおんなじなんだね」
「良くも悪くも人間の本質はどんな立場でも変わらないと言う事だな」
朝食の仕上げに入った赤髪少女のおさげが動き、そこからトンボの様な羽を持った妖精が顔を出した。
「マギの天気予報だと、今日は全国的に晴れだって。外出日和だよ」
「そうか。防寒具はどうしようかな。取り合えず完全装備で行って、そんなに寒くなかったら脱ぐか。脱いだ物を入れるバッグも持って行こう」
「そうしよう。――良し、出来上がり。じゃ、朝ご飯にしよっか」
質素な朝食を終えた少女達は、魔法ギルドから届いた荷物をベッドに広げた。
出て来たのは神学校の制服。
新品独特の匂いがする。
「おー。本当にセレバーナが着ている物と同じだ」
「神学校では全員がこれを着ているから、同じ格好をすれば潜入しても目立たないと言う策だ」
「あと、この格好でホテルに泊まり続けるのは困るからでしょ?」
イヤナは自分が着ているツギハギだらけのドレスに目を下す。
今は冬でコートを羽織るから目立たないが、軽い買い物でラウンジに降りる時はドレスのままで行く。
すると、ここは高級ホテルなので、場違いなみすぼらしい格好が注目を集めてしまうのだ。
見た目が思いっきり貧民なので、客からの苦情も有っただろう。
しかし魔法ギルドや王家からの差し入れが有るのでホテル側は文句が言えず、見て見ぬふりをされていた。
「明らかに迷惑になっていたのに、君が新しいドレスを作るのを嫌がるから」
「だってコレ、まだ着られるもん」
「物持ちが良いのは素晴らしい事だが、しばらくは制服を着てくれ。普段着としても優秀だから、今後も着続けても良い」
「セレバーナもずっとその服だもんね。私と同じ」
「同じではない。私は同じ物を三着持っている。夏服も三着だ。その六着を着回していたのだ」
「え?そうだったの?遺跡に居た時、干してあるのを見た事がなかったけど。ワイシャツは外で干してたけど」
「魔法繊維だから、部屋の中で陰干ししていたのだ。私が貰った時と同じなら、どこかのポケットに洗濯方法が書かれた紙が入っているはずだ」
「分かった」
「身体が成長したら、ちゃんとした服を買う予定だった。そのお金も貯めていた。が、残念ながら、非常に残念ながら買う必要が無かった」
セレバーナの触れてはいけない部分に近付いている事を察したイヤナが制服を手に取る。
「じゃ、着替えるね」
「うむ。その間、食器を洗っておこう」
数分後、神学校の制服に着替えたイヤナが台所に来た。
農作業等で鍛えられていて筋肉や肩幅が有るので、パリッとした格好も似合っている。
「これ、なかなか良いね。腕も動かし易いし、スカートもドレスより短くて邪魔にならない」
「だろう?屋内での作業着に最適だ」
「ただ、ちょっと堅苦しいかな。ノリが強いのかな?肩とか張ってる感じ」
「新品だからな。着続ければ固さは取れるさ。髪形もそのままで良いな。学生らしい」
「そうなの?」
自分のおさげを撫でるイヤナ。
トンボの羽を持った使い魔はリビングのテーブルで果物を齧っている。
魔法生物なので食事は必要ないが、美味しい物は好物らしい。
「ああ。おさげは女学生の定番だ。私のツインテールは、どちらかと言うと不真面目の範疇だな」
「へぇ。神学校って髪型で不真面目とかになるんだ」
「それだけ聞くと可笑しな話だが、集団生活にはそう言った規律みたいな物が必要なのだ。――さ、アルバイトを断って来てくれ」
「あ、そうだった。行って来るね」
神学校の制服の上からコートを羽織ったイヤナは、木靴を鳴らして部屋を出て行った。
「しまった。靴の注文を忘れていた。――まぁ良いか。どうせ校内では来客用のスリッパを履くし」




