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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
28/333

28

黙々と遺跡の庭を耕していたモンペ姿のツインテール少女は、切りが良い所で手を休めた。

そして腰を伸ばしながら雲の少ない青空を見上げる。


「女性を誘拐した過去を持つ変態魔王に質問が有るのですが」


「事実とは異なる中傷に対する謝罪が無い限り、その質問には答えかねます」


遺跡の二階に居るシャーフーチは、読書をしながら応える。


「なら結構です」


セレバーナは再びクワを振るう。

たった十日でも毎日村まで行き、朝から夕方まで畑仕事をしたお陰で、そこそこの腕力が付いて来ている。

若さとは素晴らしい。


「何が聞きたかったのか、気になるなぁ」


イヤナもクワを振るっている。

彼女が着ているのは、いつもの継ぎ接ぎだらけのドレス。

スカートを上手に裁きながら作業をしていて、もうすでにセレバーナの二倍以上の面積を耕している。


「事実とは異なると言う発言も気になりますわ」


仕事先のおばさんから貰った麦わら帽子を被っているモンペ姿のペルルドールは、遺跡の壁に凭れて座っている。

手に血豆が出来てしまった為、痛くてクワが持てないのだ。

だから二人に休んでいろと言われ、遠慮無く従っている。

破傷風が怖いので、無理をされても迷惑になるし。


「私が真実を喋ったら、丘に施されている封印が変質してしまいます。そうなったら色々な人が困るでしょうねぇ」


シャーフーチは大あくびをしながら言う。


「封印が変質するとは?私達が真実を知ったら、シャーフーチの封印はどうなるんですか?」


手を止めたセレバーナが窓を見上げる。

木の窓が外側に向けて開いているが、師の姿は肩の先しか見えない。


「その質問をされると困る人が居るから、天才神学生の誘拐が大騒ぎになるのです。ただ……」


窓枠に置いていたマグカップを持ったシャーフーチは、冷めたお茶をまずそうに飲む。


「過去の真実はどれくらい伝わっているんでしょうかねぇ。ただ単純に魔王の封印が解けると大変だ、と思われているだけかも知れませんねぇ」


「魔王が自由になったら、単純に大変だと思いますが。魔物も出現するでしょうし」


セレバーナは、会話がし易い様に静かにクワを振るう。


「魔物は、出て来るのかな?はてさて、どうなるんでしょうねぇ」


「魔物を操って世界を混乱させた魔王ご本人なのに分からないんですか?――では、シャーフーチの封印が解けると何が起こるとご自身はお考えですか?」


「さぁ?何も変わらないんじゃないでしょうかね」


「また好い加減な」


「国を動かしているのは国王一人じゃないでしょう?魔王一人が自由になった所で、何がどうなると言うのでしょう」


「わたくし達を一人前の魔法使いに育て上げたら、配下の四天王にでもするつもりですか?」


ペルルドールが掌の血豆を眺めながら言うと、シャーフーチが爆笑した。


「貴女達が素直に私の配下になる訳ないでしょう?」


当たり前だ気持ち悪い、と心の中で悪態を吐くペルルドール。


「では、四天王を育てる気も無いのになぜ弟子を取ったのですか?」


セレバーナがクワを振り進みながら訊く。


「また貴女はそう言う答えられない事を……。いや、これは私も悪いか。今後は意識的にこの話題を避けた方が良いですね」


窓枠に肘を突いたシャーフーチは、項垂れたまま黙り込んでしまった。

静かになった二階の窓を見上げたイヤナの手が止まる。


「なんか、全然自分の事を話してくれないね。大丈夫なのかなぁ」


明るいイヤナでも、さすがに不安になって来た。

師が考えている事が全く分からない。


「立場上、様々な教師と付き合ったから分かる。シャーフーチはやる気が無く、マニュアル的な対応で済ますタイプだ」


セレバーナは、地面に視線を落としたままクワを振り続ける。


「つまり、どう言う事ですの?」


赤毛の少女と同じ不安を感じていたペルルドールが前のめりになる。


「教育を仕事と割り切っている、と言うのは間違いか。シャーフーチは月謝を取らないしな。なんにせよ、これがマニュアルに則った正式な手順なんだろう」


セレバーナのクワが固い何かにぶつかり、衝撃で手が痺れる。

土の中の石を掘り当ててしまった。

邪魔なので手で掘り起こし、出て来た掌大の石を畑の外へと投げ捨てる。


「つまり、他に行ってもここと同じ事をしなければならない、と言う事だ。師がどういう態度であっても、学ぶのは我々だ。全ては我々次第だ」


「セレバーナの言う事は難しくて分からないよ」


イヤナはクワ振りを再開させる。


「そうか?……ふむ。これ以上深く言うと、私が先生になってしまうかな。どう思われます?シャーフーチ?」


シャーフーチは溜息を吐いて頭を抱える。

そこまで深い考えは持っていない。

返事が無いので、セレバーナとしても言葉を続けるのもためらってしまう。

しばらくの間、畑を耕す音のみが庭に鳴り響く。


「――私達は、シャーフーチを信用しても良いのでしょうか?」


無言に退屈さを感じたペルルドールは、出来たての畑に近付きながら小声で訊く。

セレバーナは、そんなペルルドールに土塗れの左手を翳す。

中指に食い込んでいる金の指輪にも土がこびり付いている。


「覚悟を持ってこの指輪を嵌めた以上、信用するしかないだろう」


ペルルドールは自分の中指に嵌っている指輪を見て肩を落とす。


「……そうですわね」


「迷っているな、ペルルドール。シャーフーチに言えない事なら私が聞くが」


「私も相談に乗るよ?」


手を止めたセレバーナとイヤナは、畑から出て腕と腰を伸ばす。


「未だに魔法のまの字も無いのが不安で」


ペルルドールは、更に小声になって言う。


「分かる。実は私もそう思っていたの。お師匠様、魔法を教える気が有るのかなって」


ペルルドールに近付いたイヤナも小声になる。


「スタートラインに立ってはいるものの、もう十日も走り出さない訳だからな。不安になるのも仕方が無い」


セレバーナも輪に加わり、三人でコソコソと話し合う。


「我々の部屋に目を置いたのも、私達の身の安全を案じて、と言うのは本当だろうが、半分は私達を信用していないからだろう」


「彼がわたくし達を警戒していると仰るの?セレバーナ」


「うむ。特に王家の者を警戒している。彼の過去に何が有ったかは知らないが、王家嫌いの癖になぜ王女を攫ったんだろうか」


「確かに……。いえ、不自然にはなりません。魔物を召喚する為に攫ったのなら、好き嫌いなど無関係だと思いますが」


ペルルドールは顎に手を当てて考える。

しかしセレバーナは冷静に訊く。


「魔物を召喚する為に王女を攫ったと言うのは、王家に伝わる真実か?」


「え?いえ。真実かと問われると自信は有りません。そう伝わっているだけです」


「私の知識の中では、王女が攫われたせいで魔物が出た、と言う伝説は無い。魔物の対処で手薄になった城が襲撃された、となっている」


「では、こうではありませんの?より多くの魔物を召喚する為に王女を生贄にした、とか」


「ふむ。そう考えるのが自然か。しかし、真実を判別する材料が無いからなんとも言えないな。魔王に関する資料が最果ての村に有れば調べられるのだが」


「本当は魔王じゃないとか?」


イヤナが手に付いた土を落としながら言う。


「だって、お師匠様って、魔法を使わなかったら普通の怠け者のお兄さんって感じだし」


オブラートに包まないイヤナの物言いにセレバーナの口の端が上がる。


「その可能性も有る。有るが、私達にウソは言わないと彼は誓った。だから、彼は都合の悪い事は言わない。その真偽が明かされる日は来ないだろう」


「そっかぁ。何も言わないならウソじゃないもんね。さすがお師匠様。魔王らしく卑怯だね」


「先程の質問も、どうでも良い会話からヒントを得たかったから試してみたんだが、無理だった」


「何も分からなかったの?」


「うむ」


イヤナに頷いたセレバーナも掌にこびり付いている土を落とす。


「弟子を募集したのは彼ではない、と言う話も変だ。そこの所も突っ込みたいのだが」


「わたくしもそこが疑問でした。そこが最大の謎ですわね。遺跡の中に知らない人が居る気配は全く無いですわよね」


「別の場所に居るのかも知れない。その者の監視が無いのなら、面倒な弟子は自分から帰って貰うのが一番楽だろう」


「じゃ、嫌がらせでこんな力仕事を?辛い事をさせ、音を上げさせて追い返そうと」


ペルルドールは、美しい顔を歪ませて嫌悪感を表す。

しかしセレバーナは首を横に振る。


「彼自身に限れば、そこまでの考えは無いだろう。ここに畑を作りたいと言ったのはイヤナだからな。だが、真偽は分からない」


「ペルルドールとセレバーナに体力が無いのは本当だから、お師匠様は二人を鍛える為に心を鬼にして」


「それは無いわ」


「それは無いな」


シャーフーチは、少女達の井戸端会議をつまらなさそうに見下ろしている。

聞き耳を立てれば聞こえるが、敢えて聞かない事にした。

女三人のコソコソ話なんか、どうせ悪口大会だ。

しかも、明らかに対象は自分。

聞いても不快なだけだろう。

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