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道着姿のサコは、気配を探りながら雪を踏み進む。
「不意打ちは無いっぽいね。となると、こっちかな」
道場の方に行く背の高い茶髪少女。
イヤナとセレバーナもその後に続く。
気を張っているせいか、雪を踏む音が妙にうるさい。
そして道場の正面入り口を通り過ぎ、サコの家とは反対の方向に行く。
「こっちには屋外で組手をする為の広場が有るんだ。この道場で修行をした者なら、そこを戦いの場に選ぶかも」
サコの予想通り、その広場の真ん中に真っ黒な人が立っていた。
まるでその人の周りだけ光が避けて行っている様な感じだ。
何も知らずに目撃したら、その不吉な姿に背筋を凍らせていただろう。
「やはりここに来たか」
黒い男が喋る。
「やはり?私達がここに来る事を予想していたと言う事ですか?」
セレバーナが自分の顔を指差す。
イヤナは成り行きを見守ってボーッとしている。
「そうだ。今はもう自分が何を成す為に産まれて来たかを理解しているはずだ」
「それを知っていると言う事は、貴方はここのパワースポットで女神の知恵を得たんですね。何を見たんですか?」
変わらず平静でいるセレバーナの質問に応える男。
「世界の終わりだ。我は世界の終わりを阻止する為、人の心を捨てた。なぜなら、我が娘も世界の終わりを呼ぶ者だったからだ」
「私が?」
驚くサコ。
「ふむ。世界の終わりとは穏やかではありませんね」
会話が出来ているので、そのまま話を続けるセレバーナ。
「どうやってサコと私達が世界を終わらせるんですか?」
「お前達の仕業を我に語れと?」
「はい。我々と貴方の間に齟齬が有った場合、何をどうしても問題は解決しませんからね。それとも、問答無用で我々を殺しますか?世界を救うために」
「お前達を殺すつもりはない。なぜなら、お前達が居なくなると世界が終わるからだ」
「貴方の仰っている事は矛盾してませんか?どう言う事ですか?」
「我はこの山の聖地で過去と未来の全てを見た。世界は女神の時代で一旦終わり、お前達が修行の地へ向かう直前に再び始まった」
「もしやそれは、五分前に世界が突然現れた事を否定する事が出来ない、と言うアレですか。その記憶を見たのですか?」
「そうだ。我は世界を滅ぼす可能性を持った娘の父親としてこの世に現れた。その他の人間も、お前達の役に立つ為に現れた」
「我々もその記憶は見ました。だからこそ、我々は女神となって世界を護ると言う決断をしました。ですが、サコはこの道場を護る決断をしました」
腕を組もうとしたセレバーナは、コートを着ている時はそれが出来ない事を思い出して腕を下した。
そのアクションの間を突いて前に出るサコ。
「そうです。私は女神になる資格を捨て、人として、道場主として生きる選択をしました」
「なんだと?」
男の黒さが揺らぐ。
「ですから、お父さん。もしも本当に私が世界の終わりを呼ぶ者だったとしても、その資格はもう無いんです」
「……」
男が黙ってしまったので、セレバーナが口を開く。
「我々は過去を見ましたが、未来は見ていません。だからこそ、女神の知恵を求めてここに来ました。世界の存続と言う望みを叶える為に」
寒風が吹き、雪煙が舞う。
イヤナとセレバ-ナはコートの襟元を閉じる仕草を取ったが、格闘家の父娘は間合いを図ったまま動かない。
「そんな私達を待っていた貴方は、どんな未来を見たのですか?」
「世界の終わりだ」
「終わりとは?」
背の低い黒髪少女を睨む黒い男。
その視線は殺気が凄く、油断すると気を失いそうだ。
「お前達は、お前達の都合で世界を作り変えていた。世界の為と言いつつ、無辜の民の意思を無視してな」
「それは『辻褄合わせ』の事ですか?――そんな言い方をされると、確かに我々は悪ですね。正に民の敵、魔王の手下だな」
微かに笑んだセレバーナは、数歩足踏みして周りの雪を踏み固めた。
殺気に押されてふら付いた時に踏ん張れる様に。
「だが、それをしなければ世界は消えてしまいます。全ての民が消えてしまうんです。多少の犠牲は必要悪です」
イヤナも雪を踏み固めながら前に出る。
「ちょっと良いですか?私は犠牲を出したくないです。どうすれば良いですか?サコのお父さん」
しばらく佇んだ男は、黒いオーラを絶やさずに応える。
「我は言葉で語る術を持たない。我は我が正しいと思う事をするだけ」
男は構える。
彼の間合いに入ったら即死しそうな恐ろしさが有るので、イヤナとセレバーナは一歩下がって距離を取る。
そうしながら転移魔法に使う魔力を溜めているセレバーナは、ふと疑問を持った。
「攻撃の姿勢になる事が正しい事なんですか?私達が居なくなったら世界が消える事を知っている貴方が、なぜ殺気を放つんですか?」
黒髪少女は、電気を纏っている杖を黒い男に向けた。
知識を求めて女神の遺産を求めている少女達と同じく、サコの父親も夢みたいな物を見ただけで詳細は分かっていない様に見える。
もしそうなら、前向きに動いている少女達の方に分が有る。
そんなセレバーナの考えを肯定する事を言い始める黒い男。
「我にも正解は分からなかった。だから我は望んだ。意思で世界を変える力で我の望みを叶えた。この姿がそれだ。だから悟った」
黒いオーラを増大させ、構える男。
それに反応し、サコも同じ構えを取る。
「望みを叶える力は神の力。人は御しきれない。だが、世界が存続を望むなら、世界に守られているお前達は負けないだろう。諦めないだろう」
睨み合う父と娘。
お互いに引く意思を見せていない。
「それを証明する為に、貴方は攻撃する意思を見せている、と」
「そうだ」
思案に入ったセレバーナを一瞥したサコが構えを解く。
気を逸らした隙に攻撃を受けてしまうかも知れなかったので賭けの行動だったが、黒い男が動く事は無かった。
「私は友と約束した。貴方と戦わないと。私は未熟だから、戦っても必ず負ける。私が倒れると、道場の跡継ぎが居なくなる。だから戦わない」
「ならどうする」
「何度も言います。私は戦わない。それが私の覚悟です」
娘の言葉を理解しているのかしていないのか、黒い男はジリジリと間合いを詰めて来る。
ひり付く様な緊張感に押されたセレバーナとイヤナが距離を取る。
「魔法で逃げるか。お前の覚悟はその程度か」
場の魔力が高まっている事を感じた男は、雪を蹴って間合いを詰めた。
目にも止まらぬ速さで拳が繰り出される。
早過ぎて転移魔法を使うヒマも無かった。
「ふっ!」
紙一重でそれを避けるサコ。
そして摺り足で距離を取る。
「何か、違和感が有りませんか?……お父さん。貴方は道場を守りたくはないんですか?どうして私に拳を向けるんですか?」
「世迷言か?弱い者が道場を継ぐ気か?お前の力を見せよ。お前の覚悟を見せよ」
「お父さんが仰っている事は分かります。でも、何だろう。何かがおかしい」
「どうした?サコ。何が気に掛かる?」
胴着を着ている茶髪少女は、父から視線を外さずにセレバーナに応える。
「セレバーナは何か感じない?以前父と対面した時と同じだけど、何かが違うんだ」
「ふむ」
考えるセレバーナ。
何が違うのかは分からないが、言われてみれば微妙に違和感が有る気がする。
「もしかすると、知らぬ間に『辻褄合わせ』が起こっているのかも知れんな。原因は――そうだな。サコが女神にならないと決心したからかな」
「どう言う事?」
「世界の存続は我々四人の弟子入りで確定した。だが、真実を知って二名が脱落した。その二名がそのまま人に戻るには『辻褄合わせ』が必要なのではないか」
「私とペルルドールに『辻褄合わせ』が起こっている?」
「思い付きの仮定だかな。『辻褄合わせ』の外に居る人には真実は分からん。だが、当事者であるサコが何かを感じているのなら、その可能性は有る」
「その理屈で行くと、例の子供も『辻褄合わせ』の可能性も有るよね。遺跡から帰って来た途端、私を安心させる様な存在がポッと湧いて出たんだから」
「可能性は有るかも知れない」
「なら、私はどうすれば良い?」
「この問題の主役はサコだ。サコが答えを出すしかない」
「答えはもう出ている。さっきから何度も言っている。私はまだ戦えないと」
「なら任せよう」
セレバーナは、イヤナの手を取って一歩下がった。
「頑張って、サコ!」
イヤナの応援を背に受けたサコは、頷いてからヘンソン流の構えを取った。
「道場主として生きる選択をした私の覚悟をお父さんに見せます」
「……行くぞ」
瞬きほどの時間が経過しただけで決着が付いた。
男の拳がサコの頬に一筋の傷を刻んでいた。
サコは構えたまま棒立ち。
「お前の生きる意志、見せて貰った。次こそは本気の拳を見えようぞ。……さらばだ」
拳を下し、去って行く男。
サコはしばらく固まっていたが、男の気配が消えると同時に安堵の白い息を吐いた。
「何が起こった?」
セレバーナは、危険が無くなった事を確認してから口を開いた。
「――お父さんにも分かっていた。私の実力ではあの状態のお父さんに勝てない事を。だから私はお父さんの攻撃を受け流した」
右手を握ったり開いたりしながら言うサコ。
「戦わないけど逃げないって意思を見せた。だからお父さんは納得してくれたんだ。道場を私に託し、強くなったらまた来ると言い残して」
「なるほど、分からん。イヤナは分かったか?」
「全然」
笑顔で肩を竦めるイヤナ。
セレバーナも白い鼻息を盛大に吹いて肩を竦める。
「まぁ良い。それで分かり有ってるのなら、サコの憂いが晴れたのなら、それで良いんだろう」
「うん。お父さんも道場を大切にしていた事を知れて良かったよ。自分の間違いも悟ってくれたみたいだし、万事解決だよ」
男が残した足跡を見詰めていたサコが顔を上げる。
空は雲が厚く、いつ雪が降ってもおかしくなかった。




