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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
276/333

6

ヘンソン家の玄関に移動したセレバーナは、のし棒の様な形をした魔法の杖の具合を確かめた。

ここで何かをしてどうにかなるアイテムではないが、これから会いに行く人物は本当に危険なので万全の状態で動きたい。

横に居るイヤナは状況を理解していないのか、相変わらず物珍しそうに周囲の造りを観察している。


「おまたせ」


部屋から出てきた茶髪少女を見て表情を曇らせるセレバーナ。


「サコ。戦いに行く訳じゃないのに、そんな格好になるのはどうだろう」


一人部屋に残って道着に着替えたサコは、足と脛に荒縄を巻き付けている。

それは独特な結び方で、草で編まれた草履が雪で滑らない様にしている様だ。

拳を守る為の綿入り指出し手袋も着けているので、どう見ても戦いの準備をしている。


「あの人に会うのに、丸腰では失礼だからね。大丈夫。今の私はこの道場が一番大事だから」


手拭いを首に巻いたサコは、その両端を道着の中に入れた。

コートとマフラーで完全防寒しているセレバーナとイヤナから見たら滅茶苦茶寒そうだが、寒中稽古はいつもこの格好で行っているから平気なんだそうだ。


「多分、私が治癒魔法の修行を終えるには数年は掛かる。それまで父の身体が持たない。死ぬって意味じゃない。元には戻らない、って意味で」


「今はリハビリの名目で入院なさっているんじゃなかったのか?人目が有るだろうから、真似事でもリハビリはなさっているんじゃないのか?」


「勿論、リハビリはなさっているよ。本気でね。一人でトイレに行けるまで回復されたし。でも、それ以上は無理。本人に治る気が無いから」


「なぜ」


「身体が動く様になれば、どうしても道場に出たくなる。だけど、動けば嫌でも自分の身体が壊れている事を自覚する。それが堪らなく辛いみたい」


「ああ、なるほどな」


「そして、私が治癒魔法で一人前になっても、その時はもう年齢的にも引退の時期。どうやっても一線には戻れない」


「ふむ。スポーツ選手は現役引退が早いと聞く。それに、娘の成長に頼るのも辛いだろうな」


「だから、魔法の修行を無事に終えられたら、私がこの道場を継ぐ事になった」


「ほう。心を決めたのか」


サコは決意の瞳で頷く。


「決めた。――と言っても、魔法の修行をキチンと修了するまでは仮だけどね。本決まりじゃないから、本当なら人には言っちゃいけなかったんだけど」


「言って良かったのか?」


「願いってのは、こうして言葉にするのも大切なのかも知れない。不手際をして君達に呆れられない様に、必死に修行を頑張ろう。って思う為に」


妙に可愛い声でそう言ったサコは、大人びた表情で木の天井を見上げた。


「これからの私は、父の為だけじゃなく、道場と私の将来の為に魔法の修行をするんだ」


「凄いね。将来をそこまでハッキリと見据えるなんて、なかなか出来る事じゃないよ」


イヤナが感心する。

産まれてからずっと明日の食料の心配だけをして生きて来た自分は、そんな考え方は出来ない。


「私が道場を継げれば、父は引退出来る。本当の家族の元に行ける。母も楽になる。――そんな単純な状況じゃないけど、そうなる希望は出るかなって」


「うんうん。希望は大事だね」


「だから死ねないし、あの人を放置する事も出来ない。最悪、一発くらいのやり取りは有るかも知れないけど、それは戦いじゃない。護身だ」


道着の襟を正したサコは、草履がキッチリ結ばれているかを確認する。

修行用の草履は素足で履く物だが、雪が積もっているので、さすがに足袋を履いている。

多少滑り易くなっているが、不備は無い。


「セレバーナが心配する事は何も無い。話が通じないと思ったら街の方に転移するよ。そして然るべき機関に連絡する。魔物として」


「良いのか?あれだけの力を持った存在が魔物として扱われたら、国や冒険者ギルドを挙げての大討伐になるぞ。間違い無く命は無い」


「あの人が普通の人間に戻ってくれれば、そんな事はしないけどね。どちらかを選ばなければならないのなら、私は迷わず道場を取る」


「そうか。――逃げるとなったら、私達は王都の方に逃げる。これが私達が泊まっているホテルの住所だ。事が済んだら連絡をくれ」


「分かった」


黒髪少女からメモ用紙を渡されたサコは、なくさない様にそれを花瓶の下に隠した。


「準備完了だな。転移魔法であの場所に行く訳だが、イヤナはそこの座標を知らない。サコが連れて行って貰えるか?」


セレバーナは、王都からここに来る時にイヤナを連れての長距離転移を行った。

だから少々疲れているので、万が一逃げる事になった時の魔力を温存しておきたい。


「分かった」


「さて、イヤナ。転移する前に君の使い魔に質問してくれ。サコの実の父親はどこに居る?」


頷いたイヤナの右手には水晶で出来た札が握られている。

これはサコの家に常備されているアイテムで、魔力が枯れそうになると身代りになってくれる。

格闘技を教える道場では治癒魔法を日常的に使う為、貴重な治癒魔法使いを使い潰さない様に、国の援助を受けて買い溜めしているのだと言う。

とても便利なアイテムだが、数が少なくて高価なので個人での入手は難しい。


「マギ。サコの本当のお父さんはどこに居る?街の病院に居る方じゃない人だよ」


赤毛の三つ編みの裏からトンボの様な羽根が生えた妖精が飛び出し、肩の辺りでホバリングながら主人の耳元で囁く。


「え?何で私達を?」


「どうした?」


イヤナが素っ頓狂な声を出したので、その声に驚いたセレバーナが微かに身構えた。


「サコの本当のお父さんは、私達の気配に反応して山から降りて来たって。この家の庭で私達が出て来るのを待ってるって」


「何?つまり、彼は私達に用事が有るのか?」


「そうなの?マギ」


質問した途端、持っていた水晶の札が砕け散った。


「うわっ!ストップ、マギ!――魔力が一気に吸われた。この感じ、世界に関しての質問をした時と同じ」


「と言う事は、やはり女神関係か。備えていて正解だったな。会わずにはいられない様だから行くか。逃げる為の転移魔法の準備は大丈夫か?」


セレバーナは魔法の杖を胸の前に掲げてそう言った。

頷くイヤナとサコ。

サコも魔法の杖を持っているが、それは部屋に置いて来た。

治癒魔法の特化を願って作った物なので、今の状況では役立たずだから。


「出来れば情報を得たいから、出会ったらまず私が話し掛けよう。サコが近付くと家族の話になるだろうから。構わないかな?」


「良いよ。会話が出来れば、言葉であの人を追い返せるかもだしね」


そう言ったサコは、帯を締め直して気合を入れた。

問答無用で殴り掛かって来たら、自分が盾になって転移の時間を稼がなければ。

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