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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
275/333

5

一旦中座してお菓子を持ってきたサコは、詫びながら火鉢の前に座った。

碁石を入れておく器を三倍くらい大きくした様な容器に入っていた物は硬そうなお煎餅だった。


「――で、その鎧のレプリカって何なの?」


「ソレイユドールがなかなか目覚めないから、女神の真実を少しでも知っておこうと思ってな。女神が使っていた物なら、あの夢みたいな記憶が残っているから」


湯呑みを脇に置いたセレバーナは、スカートを捌きながら脚を崩した。

分厚いタイツを穿いているので、畳に行儀良く座ると血行が悪くなって足が痺れる。


「女神の真実、か。大変そうだね」


「実際に探しているのは魔法ギルドだから苦労は無い。世界各地のパワースポットが女神のリビング跡地だから、そこを探すだけだからな」


「女神のリビングって何?」


「我々が修行した遺跡のリビングの事だ。あそこの様な部屋が女神の数だけ有り、その全てに円卓が有った」


「あの円卓って何個も有ったのか」


「有ったのだ。だが、王城や魔法ギルドには円卓が無かったそうだ。敗者の円卓は失われるらしい。現存しているのは最果てと北の隠された国だけの様だ」


「隠された国?」


応えるのはイヤナ。


「私とセレバーナの二人で、女神の遺産を探して北のパワースポットに行ったの。そしたらそこの地下に女神の時代に失われたはずの国が残っていたの」


煎餅を手に取ったおさげ少女は、派手な音を立てて噛り付いた。

硬いお菓子は初めてらしく、驚いた顔になって一瞬だけ固まった。


「そこで色々有って、私の潜在能力が『緑の手』じゃなくて『女神の雫』だったって事が分かったの。その『色々』って部分に北の円卓が絡んでたの」


「あの円卓も女神に関する物だったんだっけ。何か良く分からないけど、そんな感じ?」


「私も何か良く分かってないけど、そんな感じだったんだ」


セレバーナは煎餅を手に取り、お菓子を食べながら話しているイヤナに視線を送った。

赤髪少女は歯を剥き出しにして噛み割っている。

凄く硬そうなので、不用意に噛むと歯が折れるかも知れない。


「北のパワースポットから帰って来た後も一騒動有り、我々は前に出るのを止めた」


「私達がでしゃばると色んな人に迷惑を掛けるし、私達自身も危ない目に遭うから。――かったいね、コレ。どうやって作るんだろ」


半分になった食べ掛け煎餅を睨み付けるイヤナ。


「私は歯応えが有って好きなんだけどな。こんな季節に来客は無いから、甘いお菓子は買ってないんだ。ごめんね」


謝るサコに笑みを向けるイヤナ。


「ううん。急に来た私達が悪いんだから気にしないで」


セレバーナも煎餅に噛り付いていたが、噛み割れなかったので、飴の様にしゃぶっている。

あまじょっぱさが緑茶に良く合う。


「そんな訳で、当分は動くつもりが無かったが、パワースポット付近に有る君の家と勇者の家からの返事が無かった」


「だから、久しぶりにサコに会いたかった私達がここに来たと言う流れなんだ」


セレバーナに続いてイヤナが言う。

以前よりも息が合っている二人を見て表情を和らげるサコ。

別れた後も二人で頑張った様子が窺い知れる。


「私も、また会えて嬉しいよ。二人は女神になるって話だったから、今生の別れだと思っていたから」


一転、サコの表情が引き締まる。

世界の未来が掛かっている事は承知しているので、真面目に考える。


「女神の鎧のレプリカは、この敷地内には無い。でも、パワースポットが真の目的地なら話は変わって来る。ここのパワースポットは、恐らくあそこだ」


そう言ったサコは、窓の方に顔を向けた。

結露で真っ白になっているので外は見えない。


「セレバーナも行った事が有るよね。私とあの人が戦い、私が骨折した、あそこ」


「やはりあそこか。あそこは確か、土砂崩れが起こって埋まっているんだったな」


お茶を啜ったセレバーナは、鉄瓶から昇る湯気を金色の瞳で見詰めた。


「うん。もしもあそこにリビング跡が有って、そこを探りたいなら春を待たないと。雪が解けた後、人を雇って掘り起こさないといけない」


「そこに円卓、もしくは鎧が残っているとしたら土の下と言う訳か」


「道場の聖地だから『掘らせてください』『はいどうぞ』とは行かないけどね。色んなところの許可を取らないと」


「まぁ、そうだろうな」


「でも、あそこに家具や武具は無いよ。この家の人間としてそう思うだけだけど、そう思う」


「なぜそう思う?」


「なかなか行けない難所だけど、昔は普通に利用されていた修行の場だからね。女神時代の物が残っていたら祭っている」


「祭られている物は無いと?」


「無いね。神棚は有った様だけど、鎧や円卓が入る様なサイズではないはず。この目で見た事は無いから予想だけどね」


「君は行った事が無いのか」


「土砂崩れは私が幼い頃に起こったからね。子供の足じゃあそこまで行けない」


「ふむ……情報があやふやだな。無視は出来ない感じだな」


「無視出来ないね。あの人があそこで何かをして魔物になったと言う事実が有る。鎧は無くても、女神時代の何かが残っている可能性はゼロじゃない」


「そうか。何らかのきっかけで女神の知識を見たから、その拍子にああなった可能性が有るのか」


思考するセレバーナに驚いた顔を向けるイヤナ。


「え?女神の知識って、関係無い人にも見れるの?」


「潜在能力等の条件が合えば見れるはずだ。――他の可能性も有るが、そんな事を言っていたらキリが無いから、情報が無い内は考えない」


「そっか。じゃ、どうする?」


「うーむ。あそこに何が有るのかを確かめたいが、彼の存在が邪魔だな。彼と会話が出来れば解決なのだが」


セレバーナの溜息で火鉢の灰が少しだけ舞う。


「おっと、すまない」


詫びながら畳の上に落ちた灰を手で掻き集める黒髪少女。

その様子を眺めていたサコが神妙な顔で口を開く。


「……試してみる?会話」


「会えるのか?」


「春のあの時の後も魔物の目撃情報は止まなかったらしいから、定期的に戻って来てるっぽい。だから、運が良ければ」


「会話が出来るのならそうしたいが、君が無茶しそうだから嫌だな」


「どっちにしろ、あの人をどうにかしないと道場が危ないんだ。目撃情報のせいで新しい入門者の数が減っているし」


サコは自分の言葉で意を決する。


「良し、決めた。あの人と話す」


「サコ」


怒りを顔に出しているセレバーナに驚くイヤナ。

黒髪少女が意識してこんな表情を作るなんて珍しい。

戸惑っているイヤナとは対照的に、穏やかな笑みで応えるサコ。


「大丈夫。苦労して魔法使いの修行を修了したんだ。今後の夢も有る。志半ばで倒れるつもりは無いから、ダメだったら戦わずに転移魔法で逃げるよ」


サコは立ち上がり、半纏を脱いだ。

そしてタンスを開け、道着を手に取る。


「君達の助けが有れば、あの人との対話が出来るかも知れない」


サコは両膝を突き、畳まれたままの道着を自分の前に置いた。

そして仲間達に向けて頭を下げた。


「お願いだ。助けてくれるかな?私と道場を。今度は勝手に走ったりしないから」


「助けたいのはやまやまだが、あんな相手に何をすれば良いのか」


セレバーナは火鉢に視線を落として考える。

攻撃魔法の練習はしていないが、自分が持っている魔法の杖は魔力を込めれば電気が発生する。

それを利用すればスタンガンみたいな真似は出来るだろう。

だが、そんな攻撃が通用する相手だとは思えない。

下手に手を出すと動きを読まれて逆に攻撃されそうだ。

こんな事になるのなら、そっち方向の練習もしておくべきだった。


「あの人を避け続けても問題は解決しないからね。あの人だって何かの目的が有ってこの辺りに居るはずだし」


「ふむ……」


セレバーナは眉間に皺を寄せながら目を瞑る。

サコが言う事ももっともだ。

彼に会うのが危険なら、そもそもここに残っている時点で危ない。

この付近に潜んでいるのが本当なら、いつでも襲って来れるんだから。


「セレバーナ?なんでそんなに怒ってるの?」


イヤナの疑問にサコが応える。


「私が実の父に戦いを挑んで骨折した、ってさっき言ったよね。その時、殺され掛けたからだよ。骨折だけで済んだのは奇跡だったって状態だったんだ」


「そうだったんだ」


「それで力量差はハッキリと分かった。今すぐあの人に勝つには、あの人と同じ戦い方をしないといけない。でもそれは私の夢とは違う」


拳を作ったサコは、確かめる様にそれを見詰める。


「あの人の力には同じ力で答えちゃダメなんだ。戦うなら、彼を越える正当な技で打ち勝つか、私の夢の結果をぶつけるか。ふたつにひとつ」


溜息と共に拳を下ろすサコ


「でも、私はそのどちらもまだ手にしていない。だからまだ戦えないんだ」


「分かった。危険を避けると事態が悪化する可能性が有るのなら、無策でも危険と向き合わないといけないだろう」


セレバーナは立ち上がり、コートを羽織った。


「この家を守る為の話し合いなら賛成だ。私達の質問に応えてくれるならなお良い。行くか。全員、いつでも転移魔法が使える状態になっておこう」

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