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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第九章
274/333

4

イヤナとセレバーナは、ブーツに付いた雪を蹴り落としてから屋内に入った。

掃除が行き届いている廊下を通り、客間を通り過ぎてサコの自室に行く。

そこには木炭を燃やしている火鉢が有り、趣の有る鉄瓶が乗っかっている。


「私の部屋でごめん。暖まっている部屋はここしかないから。今お茶を淹れるから、火に当たってて」


湯呑茶碗を取りに台所に行くサコ。

イヤナとセレバーナは、重いコートを脱いでから火鉢を囲んだ。

暖炉と違って火は小さいが、それでも結構温かい。


「ご両親のお加減はいかがかな?挨拶をしたいのだが」


マフラーは取ったが毛糸の帽子はかぶったままのセレバーナが、部屋に戻って来たサコに訊く。

火鉢は温かいが、部屋が広いせいか背中が少々寒い。

帽子を被っていれば妙に量が多い黒髪が散らばらないので防寒になる。


「両親は街の方の病院に行っていて留守なんだ。ああ、具合が悪くなったとかじゃないよ。避難しているんだ」


火鉢に掛かっていた鉄瓶を持ち上げたサコは、沸騰しているお湯を急須に注ぐ。

それに構わず、イヤナは忙しなく室内を見渡している。

セレバーナは以前来た事が有るが、イヤナは初めて入ったので、見慣れない東洋風の家具が珍しい。

タンスって奴を初めて見た。

どんな仕組みなんだろうか、開けてみたい。

って言うか、本当にサコもお嬢様だったんだな。

こんな大きな家の跡取りなんだから。


「避難?なぜ」


訊くセレバーナに湯気立つ湯呑みを勧めるサコ。


「例の魔物がこの周辺に住み着いた――って事になっているからだよ。危険だから、出会う可能性の高い弟子の立ち入りを禁止しているんだ」


「魔物?」


イヤナは驚いたが、セレバーナは冷静にお茶を啜る。

熱いが、思ったよりは熱くない。

この緑茶は紅茶よりも低い温度で淹れる物の様だ。


「私は正体を知っているから、そんな言い方をしなくても良い。イヤナになら知られても問題は無いだろう」


「そうだね」


赤髪少女にも湯呑が勧められる。

熱そうなのに、カップに取っ手が無い。


「――イヤナ。魔物と言ったけど、その正体は私の実の父親なんだ」


「サコのお父さん?どう言う事?」


「身内の恥だから詳しくは言えないけど、実は……」


サコは自分の身の上を掻い摘んで説明する。

自分の父は二人居る事。

実の父が育ての父を半身不随にした事。

前に実家に帰った時に骨折したのは、実の父にやられた事。

そして、実の父がなぜ魔物扱いされる様になったのかは誰にも分からない事。


「それが住み着いた『事になっている』とはどう言う意味だ?」


セレバーナが訊くと、サコは口をへの字にした。


「これまた身内の恥なんだけど……うーん」


「言い難い事か?」


「かなりね。まぁ、色々有ってドタバタしてるんだ。だから女中さんが郵便物を取りに行くのを忘れているのかも。それか……まぁ、色々」


核心を言いたくなさそうな空気を読んだセレバーナは、湯飲みを畳の上に置いて仕切り直す。


「ふむ。なら仕方ないな。そのおかげでこうして会いに来れたんだし、それはそれで良いだろう。こちらの用事を済ませても構わないだろうか」


「勿論。どうしたの?」


「この家に女神が着ていた鎧のレプリカは無いだろうか。サコも見ただろう?青い鎧だ」


「魔法ギルド長様に見せられた夢の中に有った、アレ?」


「アレだ。どうだろうか」


「無い、と思う。うちは拳と肉体を鍛えて来た家系だから、武具には頼らない。それが誇り。と言う話を祖父から聞いた事が有る」


「調度品としてどこかに飾ったりもしていないのか?倉庫や物置の奥とかに仕舞ってあったりとか」


「女神の鎧に限らず、冒険者や兵士の装備的な物を見た事は無いね」


「ふむ。本気で探して貰いたいが、それどころじゃないだろうな」


神学校の制服を着ているセレバーナは腕を組む。

それに応える様に肩を竦めるサコ。

厚手の布で作られた部屋着姿の彼女は、イヤナとは違う方向の田舎娘に見える。


「いや、そうでもないんだけどね。――女神の鎧を探してるって事は、女神になる修行に必要だからだよね?」


「修行自体はまだ始まっていないが、まぁそんなところだ。君の家が無反応だったから、君に会いたかった我々が自主的に動いているだけだ」


「なら、適当にごまかすのは良くないか。どうして返事が出来なかったかを説明するよ」


「言いたくないなら別に言わなくても良いぞ。ソレイユドールが目覚めるまでの暇潰しみたいな物だから」


「もしも鎧がウチに有って、ソレイユドールにそれが必要だって言われたら困るでしょ?」


「まぁ、困るだろうな」


「そうなった時に、魔法ギルドに『ヘンソン家は何やってるんだ』と思われない様に、君達には事情を知っていて貰いたいんだ」


「世間体か」


セレバーナは緑茶を啜る。

程良く冷めて飲み易くなったが、渋い。

サコはお茶の淹れ方が上手くないな。


「評判が悪くなってお弟子さんが来なくなったら道場を畳まないといけなくなるからね。だから、知っては貰うけど、言い触らさないで欲しいんだ」


サコも緑茶を啜る。

久しぶりに友人に会えたうれしさのせいで、お茶菓子を用意するのを忘れてた。

間が生まれたら取りに行こう。


「分かった。で、言い難い事とは何だ?」


「実は、父に隠し子が居たんだ」


それを聞いた黒髪少女は、無表情を崩して鼻で笑った。

理由が想像以上に俗っぽかったから。


「確かにそれは言い難いな」


黙って話を聞いていたイヤナが口を開く。


「え?不倫?昼ドラ的な話なの?」


「昼ドラって何?」


サコが面食らうと、イヤナも自分の言葉に驚いた。


「あ、ごめん。私も分かんない。頭の中に変な知識が有るせいでつい出ちゃった。――えっと、サコのお父さんって二人居るんだよね?どっちの話?」


「育ての親の方。でも、子供が居ること自体は何の問題も無いんだ。父と母の関係は、本当は兄妹なんだから」


「むしろ、二人の間に子供が居たらやばい」


無表情に戻って腕を組むセレバーナに頷くサコ。


「うん。道場の為に人生を台無しにされたんじゃないかって想いが有ったから、私としても子供の存在は嬉しかった」


そう言って茶髪をかき上げるサコ。

冬以外は短髪なので、防寒の為に伸ばしている髪は邪魔そうだ。


「だけど、事情を知らないヨソの人にはただの不倫にしか見えない。だから隠していたそうなんだ」


「ちなみに、子供の年齢は?」


「詳しくは分からないけど、まだ小さいみたいだね。私より年下なのは確か」


「ふむ。つい最近生まれた訳じゃないのかな?」


「そこまでは小さくないんじゃないかな」


「なぜ今更バレたんだろうか」


「父のリハビリで病院に行ったら、向こうの母子と鉢合わせしたそうなんだ。そこで子供が『お父さーん』って言って駆け寄ったって」


「最高に気まずいな」


セレバーナが半笑いになる。

イヤナもお茶を啜りながら苦笑いしている。


「向こうは子供の風邪で病院に行ってて、本当に偶然だったらしいんだ。でもそのせいで夫婦仲が微妙になっちゃって」


「なぜ。実際は夫婦ではなく、兄妹なんだろう?サコのお母さんが怒る道理は無いと思うが」


「父が健康ならそうだっただろうね。でも、介護は本当に大変だから。父に妻が居るのなら、その人に手伝って貰いたいと思っても仕方が無い」


「なるほどな。微妙な問題だな」


「父の車椅子を引いていたのが母で、周りに道場の人が居なかったのが本当にラッキーだった。だから色々と誤魔化す為に、父には病院に留まって貰った」


「それの言い訳を魔物からの避難にした、と言う流れか」


「そう。父はリハビリをしつつ、母を交えた三人で話し合いの最中なんだ。それが済まないと両親は帰って来られない」


「ご両親が帰ってこなければ鎧探しは出来ないか」


「私が生まれてから今までで見た範囲では、鎧は無い。それは確か。でも、私が知らない蔵とか別荘とかが有るかも知れない」


見た目に似合わない妙に可愛い声で語っているサコは、火箸を使って木炭を弄った。

火種が新鮮な空気を吸い、勢いがほんの少しだけ増した。


「だけどそんな訳だから、今はそれを訊ける空気じゃないね」


「事情は分かった。ギルドで余程の問題が起こらない限り、この家の問題は口外しないだろう。――サコはどうしてここに残っているんだ?」


「あの人は弱い人の前には現れないから、無関係な若いお弟子さんは変わらず通っている。だから道場とこの家を無人には出来ないんだ」


「ただの言い訳の為に道場を閉めて無収入になる訳にも行かないしな。入院費が払えなくなる」


「そう言う事。――私も魔法ギルドに行く準備をしないといけないから、留守番をアルバイト扱いにして貰ってる」


恥ずかしそうに頭を掻くサコに無表情を向けるセレバーナ。


「ご両親も一人娘に対して負い目を感じてる訳か。このゴタゴタは長引くかな?」


「大人同士の話し合い次第だからねぇ。今でも十分に長引いてるし、いつ解決するかは、私からはなんとも」


「私が心配しているのは、そんな話に使われて本当の父が怒ったら?と言う流れなんだ。長引けば、その分噂が耳に入る確立が増えるだろうし」


「大丈夫だよ。今まで散々魔物扱いして来たけど、全然無反応だったし。弱い人は徹底的に眼中に無いんだろうね」


「サコって弱いの?そうは思えないけど」


訊き難い事を無邪気に訊くイヤナ。


「私なんかまだまださ。だからこそ毎日修行する。今はちょっと足踏みしてるけどね」


サコは泣き笑いみたいな顔ではにかんだ。

大人の事情に巻き込まれているのは辛そうだなぁ、とイヤナは他所事の様に思った。

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