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白湯のお代わりを師匠のカップ注いでいたイヤナが顔を上げた。
「え?外に出てはいけないんですか?」
「はい。冒険者の中には野蛮な無法者も居ます。そんな人達が来るかも知れない村を若い女性が出歩くのは危険でしょう」
「それじゃ、下の村の人達も危ないんじゃ?」
「地元の人に危害を与える人は勇者パーティには居ないと思います。村には警察が居ますし、狩人も居る。事件が起きても対処が出来ます」
円卓に着いているシャーフーチは、ヤカンを持ったまま立っているイヤナの顔を見上げる。
「先遣隊はすでこの辺りを探っている様ですから、クエストの目的である貴女達は大人しく遺跡内に居た方が安全です」
「でも、仕事先の人に明日も宜しくと言われて、ハイって答えちゃいました」
イヤナが瞳を潤ませる。
「何も言わずに行かなくなるのは心苦しいです。せめて、仕事を断る理由の説明をしたいです。私一人だけでも行かせてください」
「気持ちは分かりますが……。雰囲気が不穏になると丘に仕掛けてある侵入者避けのトラップが誤作動するかも知れないので、大人しくしていてください」
本当に面倒臭い。
あっちを立てるとこっちが立たない。
「なら、私も一緒に村に行きます。私は喋らなければ男に見られる事も有りますし、腕に覚えも有ります」
可愛い声のサコが力こぶを作って見せる。
十五歳の少女とは思えない逞しさだ。
「サコは格闘家でしたね。しかし、冒険者は、悪く言えば殺しのプロです。本当に賞金が出ているクエストで来ているのなら、戦いになるとなおさら危ない」
「そんなに警戒する必要もないのでは?来るのは、王女と神学生の救助が目的の勇者なんでしょう?私みたいな男女、相手にされませんよ」
「どれだけの人数が来るのか分かりませんので、用心に越した事は無い。余所者が増えててんてこ舞いの警察に迷惑を掛けても申し訳有りませんし」
「確かに。イヤナ、諦めよう」
「ううーん……」
イヤナが腑に落ちていない唸り声を出す。
反論しようと頭を捻っているが、良い知恵が出て来ない。
必死な様子の仲間に同情したペルルドールがジト目でシャーフーチを見る。
「さっきは無関心でしたのに、いざ動いたら否定してばっかり」
「情報が少なかったので仕方が無いでしょう。手を打てと言ったから打ったのです。それなのに何ですかその言い草は」
さすがにムッとしたシャーフーチが怒気を含んだ声を出す。
リビングに緊張が走る。
「冷静になりましょう、シャーフーチ。ペルルドールも、今のは失礼だ」
セレバーナが仲裁に入らなかったら、シャーフーチはもう知りませんと言い残して自室に戻る所だった。
「……王族は謝罪しません。ですが、今はシャーフーチの弟子です。だから謝ります。ごめんなさい」
金髪美少女が先に頭を下げたので、師であるローブの男も怒りを飲み込むしかなくなった。
ここで寛大にならなければ威厳が無くなる。
「いえ……。私も声を荒げてしまい、申し訳有りませんでした」
イヤナとサコがホッと胸を撫で下ろす。
事が大きくならなくて良かった。
「みなさんは、どうしたら良いと思いますか?」
シャーフーチは、取り成す様に弟子達に話を振る。
「目的はセレバーナとペルルドールなんですから、やっぱり二手に分かれれば良いと思います。私は村の人達と変わらない格好ですから、きっと大丈夫」
イヤナは自分のドレスを撫でながら言う。
田舎の村は物資が少ないので、新しい服はなかなか買えない。
なので、イヤナみたいな貧乏人は必然的に全員が継ぎ接ぎだらけの似た格好になってしまう。
「私とサコが村に行き、セレバーナとペルルドールがここに残るんです。村に行けば、冒険者達がどこまで来ているのかって言う噂話も聞けるでしょうし」
「治安が悪くなるのなら、村人へ注意を呼び掛ける事も必要だろうからな。事前の情報収集は我々と村人の生命財産を守るだろう」
セレバーナが頷く。
当然、ペルルドールにも異論は無い。
この二人は心の中でほくそ笑んでいる。
これで辛い畑仕事から解放される、と。
「待って。情報収集の為だけに村へ行くのなら、私一人が良い」
サコがイヤナの肩に手を置く。
「どうして?」
「私一人だけなら、危険が迫っても対処出来るから。全力で逃げる事も出来る」
「でも……」
「私は未熟だ。誰かを守る戦いが出来る自信は、まだ無い。だから一人で行かせて欲しい」
「分かりました。こうしましょう」
シャーフーチが纏めに入る。
「村へ行くのはサコ一人に任せます。情報収集と村人への注意喚起をお願いします。ですが、決して無理はしない事。不穏な空気を感じたら、即逃げる事」
「分かりました。肝に銘じます」
「逃げる際も、必ずしもここに戻って来る必要は有りません。柔軟な対応をお願いします」
「はい」
「そして、イヤナ、ペルルドール、セレバーナの三人は、庭に畑を作りなさい。元々そうする予定でしたからね」
ギョッとするペルルドールとセレバーナ。
シャーフーチは目ざとく二人に笑顔を向ける。
肉体労働から逃げたがっている事は最初から分かっている。
「体力作り、頑張ってくださいね」
「……はい」
ツインテール少女と金髪美少女が肩を落とす。
「ありがとうございます、お師匠様!頑張ります!」
イヤナは、空気を読まずに素直に感謝する。
「残る三人は絶対に門の外に出ない様に。敷地内に居れば何が有っても安全ですから。では、今日はこれで解散しましょう」




