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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
269/333

32

「どうしてここにいらっしゃるんですか?ティセさんの案内でギルド見学ですか?」


長身なエリザエルザは、倒れている二人の手足を跨いで展示室に入って来た。

襟元にワイシャツが見えるゆったり目の黒いローブを着ている。

倒れている子達も同じ物を着ているので、魔法ギルドで修行する者の制服なんだろう。


「いえ、ちょっとした用事で。それよりも、そちらで倒れているお二人はそのままで良いんですか?」


「後ろから声を掛けたら勝手に倒れただけです。覗き見していたお行儀の悪い子なので問題は有りません。それに、師匠が違いますし」


「ふむ……。師匠が違うと派閥が産まれるのですか。神学校の大学部と同じですね」


コートの下に神学校の制服を着ているセレバーナが腕を組む。

ここでの修行も面白そうで気になるが、今はそれどころではない。

イヤナとセレバーナがどうしようかと困っていると、ティセが軽く頭を下げた。


「すみません。立ち入り禁止にしておくのを失念していました。普段は人気が無い場所ですので」


ギルド長の秘書と言うそれなりの立場の人がツインテール少女達に謝っているのを見て、エリザエルザの頬が引き攣った。


「貴女達。ここは今から立ち入り禁止とします。戻りなさい」


自分達には厳しく言うティセに不快感を露わにしたエリザエルザは、ワザと棘を含んだ声を出す。


「なんですの?普段は開かれている場所なのに、どうしてそんな事を言われないといけませんの?どうして外部の子を特別扱いしますの?」


「それは……その……」


秘書が言い訳を考えていると、倒れていた少女達が立ち上がった。


「もしかして、魔王の弟子だからですか?何か秘密の修行ですか?それとも、特別に伝説のアイテムを貸し出すとか?」


そう言ったのは、顔立ちがちょっと違う金髪の子。

まだ行った事の無い国の出身だろうか。

大きな緑の瞳を持つもう一人の子は成り行きを窺っている。

ストレートの茶髪が気弱そうな顔に影を作っている。


「そんな事が許されるんですの?何をなさっているのかは分かりませんが、納得出来る説明が無いのなら、ギルドの一員である私達も同席しても構いませんよね?」


エリザエルザは腰に手を当ててふんぞり返った。

何を言っても退散してくれなさそうだ。


『ペルルドールが居れば王族パワーで追い返せたんだが。どうするかな』


『頭の中で処理する事だから、見られてるだけなら別に良いんじゃないかな』


『確かにそうだが……。何が起こるか分からないから、関係無い者を巻き込みたくないんだ』


魔王の弟子達がテレパシーで会話している気配に気付いたエリザエルザの額に怒りの青筋が浮く。

余所者が自分のテリトリー内で調子に乗っているのが気にくわない。

その感情に反応して、戸を開けっ放しにしていたガラスケースから贖罪のローブが飛び出した。


「うわっ、なになに?」


「どうした?むぅ?」


贖罪のローブはイヤナとセレバーナの間を擦り抜ける様に飛んで行って、ティセを睨んでいたエリザエルザに覆い被さった。

まるで意思を持っているかの様に自分から金髪少女に着られて行く。


「きゃっ!?な、何これ?キモッ!」


エリザエルザが慌てたのは一瞬だった。

腕が袖を通った途端、低い声で喋り出す。


「……貴女が居る限り、私は一番の魔法使いになれない。そんなの嫌。貴女が邪魔」


「これは、一体?」


セレバーナが組んだ腕を解くと、エリザエルザの身体が痙攣し始めた。


「憎い、憎いわ。――そう、邪魔者は消せば良い。う、グオォ……」


金髪がライオンの様に逆立ち、爪が熊の様に伸び、歯が研いだ様に鋭く変化した。

魔法ギルドの制服であるローブの下ではどんな変化が起こっているかは分からないが、何かしらが起こっている様な動きは見て取れる。


「これは憑依型呪物!二人共、下がってください!」


イヤナとセレバーナの前に立ちふさがるティセ。


「憑依型呪物とは何でしょう――と訊きたいところですが」


冷静に言うセレバーナを睨み付けるエリザエルザ。

赤く光るその目に正気が残っているとは思えない。


「一目瞭然か。彼女は贖罪のローブに操られている」


「た、大変!師匠ー!ヒカル・ワカミト師匠ー!大変ですー!」


「ヒイィ……」


異国人っぽい金髪の子が叫びながら逃げて行く。

その後を追う茶髪の気弱そうな子。


「どうしてこんな……ここに有るのは歴史的な偉人が使用していた物ばかりなのに」


うろたえるティセ。

しかしセレバーナは慌てずに訊く。


「ちなみに、贖罪のローブにはどんな歴史が?」


質問の応えが返って来る前に、エリザエルザは獣の様な咆哮を上げてセレバーナに襲い掛かって来た。

すんでのところでティセが庇ったが、彼女の腕が引っ掻かれて高級そうなスーツが少し破ける。

さすがのセレバーナも驚き、尻餅を突いた。


「セレバーナ!ティセさん!」


赤髪少女が駆け寄ろうとしたが、ティセは片手を翳してそれを制す。


「イヤナさん!セレバーナさんを連れて逃げてください!ここは私が食い止めます!」


「で、でも……」


「彼女は私を敵視している様だ。北の洞窟で会った時にはもう私に対抗心を持っていたから、恐らくその心に贖罪のローブが反応したんだろう」


必要以上に重ね着しているセレバーナは、動き難くいせいで尻餅の体制からは立ち上がれなかった。

だから体勢を変えて大理石の床で四つん這いになり、そこから全身を使って立ち上がる。


「落ち着いていないで、早く逃げてください!」


重力の魔法でエリザエルザを押さえ付けているティセが必死な声を上げる。

獣の様な姿に変身した事でパワーも上がっている様だ。


「申し訳有りません。一旦引きます」


セレバーナはイヤナと一緒に逃げようとした。

しかしイヤナは動こうとしない。


「ティセさん!この場をどうするつもりですか?」


「贖罪のローブをはがしてみようと思います。彼女はセレバーナさんしか見ていない様なので、気が逸れる前にやってみます」


「力尽くで剥がすと彼女を傷付けてしまうかも知れません!私の使い魔に対処法を聞きますので、乱暴な事はしないでください!」


「しかし、被害が出てしまったら取り返しの付かない事になってしまいます。何とかなっている今の内に対処しないと」


「私はもう誰かが悲しい目に合うのを見るのは嫌なんです!少しだけ時間をください!」


「どうしたんですか?イヤナは。少年漫画の主人公みたいな事を言ってますけど」


灰色のローブを着た長身の男が、散歩に来ましたよ、と言わんばかりの暢気さで現れた。


「おや、シャーフーチ。――ユゴントで起こった事は先日説明しましたよね?そのせいでトラウマを背負ったので、妙なスイッチが入っているんでしょう」


「ははぁ、なるほど」


シャーフーチは野生化しているエリザエルザを見て危機的状況である事を察した。

しかし、封印されているはずの魔王の身では余計な手出しは出来ない。

本来ならここに居ないはずの存在が何かをすると『辻褄合わせ』が発生するかも知れないからだ。


「彼女に狙われている私は逃げます。後は任せます」


そう言い残し、セレバーナは雪が積もっている中庭に出て行った。

人の手によって適度に除雪され、四方を塞いでいる建物に伸びる道が踏み固められていたので、硬くて重い防寒ブーツでも逃げ易かった。

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