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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
262/333

25

キノコ柄なリビング前の通路が騒がしくなっている様子を尻目に会話を始める二人の少女。


「もしも気絶しなかったら、記憶を引き出すのはホテルに帰ってからだな。物が武器だから、シャーフーチかギルドの人に来て貰って、危なくない様にして貰おう」


「剣を持って帰るの?」


「お願いして許可されたら、数日だけ借りよう。貸してくれなかったら……ここで引き出すしかないかな」


「そうだね」


「ギルドの人に頼む場合は女性に来て貰おう」


「知らない男の人の前で気絶するのは怖いもんね」


「知っているシャーフーチの前でも危険度は変わらないがな」


ひっくり返っている円卓に顔を向けたセレバーナは、その足に刺さっている剣を改めて観察する。

柄に獣の皮が巻かれている。

動物の詳しい種類までは分からないが、地下に籠っている一族が手に入れられる素材ではないだろう。

使い込まれているが、時の経過は感じない。

巫女の話では数代の歴が有るはずなのに、皮が朽ちていないのはおかしい。

ここの時間も歪んでいる様だ。


「もしも私に天罰が来たら後始末を頼む。イヤナが罰を受ける事は無いだろうからな」


「天罰は無いって話だったけど」


「万が一の可能性が有るから、一応な」


そんな会話をしていると、四人の女性が二組の布団をリビングに持ち込んだ。

草で編まれた物ではなく、普通の布で作られた物だ。

更に、敷かれた布団の横に円筒形の物が縦に置かれる。

異世界のスポーツにボクシングと言う物が有り、それの練習で叩くサンドバックに似ている。


「もしもお二人が気絶なされた場合、このお布団で横になって頂きます」


リビングに入って来た巫女は、円筒形の物に手を翳す。


「これはユゴントのストーブで、中にタムトロ、熱を発するキノコが入っています」


「ほう。そんなキノコが有るのですか」


興味津々でストーブに近付くセレバーナ。

確かに温かい。

キノコが熱を発しているのならば、かなりエコだ。

地下の国でも空気汚染を心配しなくても良い。


「温かいけど、料理には使えない感じかな。火力が足りない」


イヤナもストーブに当たる。


「料理の際にはタムトロに直接鍋を置きます。――そして、彼女達が気絶した貴女達を介抱します」


布団を敷いた四人の女性を紹介する巫女。

その女性達は、揃った動きで頭を下げた。

割烹着の様な物を着ているのは医療従事者だからか。


「ありがとうございます。気絶しない様に気を付けます。――では、イヤナ。準備が整った様なので、剣に触ってみようか」


「うん。でも、知識を得ない様に気を付けるって、どうすれば良いのかな」


「そうだな。本を開いても文字を読まない感じかな」


「うーん。良く分かんないけど、何を見ても頭の中を空っぽにする感じかな」


「そんな感じだな。では行くか」


ひっくり返った円卓に片足を乗せた二人の少女は、揃って剣に手を伸ばす。


「同時に触るぞ。いち、にの、さん!」


「えいっ!」


セレバーナの号令に合せ、剣の柄を握る二人の少女。


「……」


「……」


無言で手元を見ていた少女二人は、お互いの視線を合わせた。


「成功、かな?どうだ?イヤナ」


「知識が有る感じはするけど、穂波恵吾のカードみたいな力強さは無いね」


「そうだな。では、同時に手を離すぞ。いち、にの、さん!」


バンザイをする様に手を離したセレバーナとイヤナは、足並みを揃えて円卓を降りる。


「巫女様。気絶はしませんでした。お騒がせして申し訳ありませんでした」


セレバーナは無表情で頭を下げる。


「では、彼女達と布団はもう必要ないと?」


控えたまま微動だにしない四人の女性達を右手で示す巫女。


「いえ、まだ分かりません。気絶しそうな要素は確かに有りました。そんな剣をクリッコさんの所まで運ばないといけませんので」


「そうですね。では、今すぐクリッコの所に行きますか?」


口をへの字にしたイヤナは、「うーん」と唸りながら顔をドドコに向ける。


「あの。お腹の赤ちゃんが育つまで待つって事は出来ませんか?明日明後日の命じゃないのなら、せめて九ヶ月くらいまで。どう?セレバーナ。大丈夫だよね?」


「ホテル代が勿体無いが、可能だろう。――いや、無断で音信不通になると行方不明扱いになって警察沙汰になるかもな。一旦帰り、師に連絡しなければ」


警戒されない様に魔王の名を出さずに言うセレバーナに首を横に振る巫女。


「いえ、出来るのなら今すぐにでもクリッコを楽にしてあげてください。触らなければ痛みは無いそうなのですが、身体が崩れる苦しみは想像を絶します」


一瞬だけ苦虫を噛み潰した様な顔をしたイヤナは、憂いを帯びた笑みを浮かべて頷いた。


「……そうですね。赤ちゃんの命も気が気じゃないでしょうし。じゃ、剣を抜きます」


「待ってくれ、イヤナ。これはただの好奇心なのだが、本当にイヤナにしか剣を抜けないのかを試してみたい。良いだろうか」


「セレバーナが抜くの?」


「うむ」


「良いと思うよ。今後も肥料病の人が出るだろうから、『女神の滴』を持ってない人が剣を使えるのなら助かると思うし」


「では、抜いてみようか」


今度はセレバーナが一人で剣の柄を握る。

剣を抜こうとしたが、ピクリとも動かない。

重過ぎる。


「ふんぬ!ぬぬぬぬぬ!!」


気合を入れて再度踏ん張るセレバーナ。

微かに動いた様な気がしたが、持ち上げるまでは至らない。


「セレバーナ、無理しないで。心臓に悪いから」


ヒヤヒヤしながら言うイヤナ。

全身の筋肉を使ったせいで頬が紅潮しているセレバーナは、鼻息を荒くしながら円卓から離れる。


「むふぅ……。絶対に持てない訳ではないな。サコ以上の体格と筋力が有る男性なら力付くでも持てそうだ。しかし……」


セレバーナは、リビング内で様子を見守っている巫女と四人の女性に金の瞳を向ける。

子供の様な体格のドワーフでは力自慢の男性でも持てないだろう。


「では、イヤナ。資格が有る者の実力を見せてくれ」


立ち位置を交換する二人の少女。


「じゃ、抜きます。えい!うわっと」


セレバーナの気合の入れ具合を見ていたので自分も全力を込めてみたのだが、思ったより軽々と抜けた。

勢いが良過ぎてよろめいている赤髪少女を見て感心するセレバーナ。


「簡単に抜いたな。軽いか?」


「頑丈なおもちゃの棒って感じの重さだね」


「ふむ。まぁ良い。変な勘ぐりをすると剣の知識に触れそうだ。ここは気にしない様にしよう」


残念そうに言うセレバーナに慰めの笑みを向けたイヤナは、巫女に向けて剣を示す。


「抜けました」


「ありがとうございます。クリッコを救ってください」


「うん」


普通に頷くイヤナに暗い表情を向ける巫女。


「本来、それは私の仕事。ですので、ひとつ提案が有ります」


「うん?何でしょう」


「嫌な言い方をすれば、これは人殺しのお願いです。しかも腹を割いて赤子を取り出します。そこまでして貰うのは心苦しい」


手を組み、女神への祈りの姿勢を取る巫女。

それは神学校式と同じだった。

そこの部分の多様性は無い様だ。


「ですので、イヤナさんは目を瞑っていてください。肝心な部分は私が執り行いますので」


「どう言う事ですか?目を瞑ったら手元が狂いそうですけど」


「剣を持っているイヤナさんの腕を私が掴み、私が事を行おうと思います。私が全てを行うのです。そうすれば、イヤナさんは嫌な思いをしないで済みます」


「つまり、剣を持つ操り人形になれと言っているんだ。目を閉じて成り行きに身を任せれていれば、勝手に事が終わる」


セレバーナの解説を聞いて、やっと巫女の言葉を理解するイヤナ。


「いえ、私がやります。大丈夫。獣を一から解体して、腸に血を詰めたソーセージを作った事も有りますし」


自分の胸を叩いた後、改めて剣を見るイヤナ。

切れ味は良さそうだ。


「勿論、獣と一緒には出来ないでしょうが、目は瞑りたくありません。それはクリッコさんに失礼だと思いますし」


「ありがとうございます。では、身を清め、儀式用の衣装に着替えてください。セレバーナさんは別室にてお待ち下さい。料理を用意させますので」


「お気使いなく」


巫女とイヤナを見送ったセレバーナは腕を組み、これからどうなるかを予想し、自分はどう動けば良いかを考えた。

イヤナが頼まれたのは関係者全員の人生を左右する大事なので、座して待つのは無責任の様な気がして辛い。

一分ほどひっくり返っている円卓を見詰めていた黒髪少女は、自分の世話をする為に残っているドワーフの女性に耳打ちした。


「食事はイヤナと一緒に取りますので、後でお願いします。あの小屋の外から事を見守りたいのですが、宜しいでしょうか。勿論邪魔はしません」


「それは巫女様にお伺いしませんと。私には判断しかねます」


「では訊いてください。許可されたら、イヤナの着替えと飲み水を私に。宜しくお願いします」


怪訝に思った女性だったが、セレバーナの無表情に押されて頷いた。

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