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高貴そうな女性の案内でキノコ柄のリビングを出たイヤナは、曲がり角が沢山有る迷路の様な廊下を歩かされた。
建物の雰囲気的には修行の場と同じだが、桁違いに広い。
「こちらでお待ちください」
案内された部屋は、そこそこ広く、一際明るかった。
室温がそれなりに高かったので、イヤナは手袋を外す。
余計な調度品が無い部屋の中心には土を盛って作られたテーブルが有り、背の低い女性達が数多くの料理が並べていた。
彩りが緑しかないので良く見てみると、洞窟に生えていた薬草を使った料理しかなかった。
スープ、団子、焼き物に至るまで、その全てがあの薬草で出来ていた。
「地上のお方には物足りないでしょうが、どうぞお召し上がりください」
イヤナがキノコの椅子に座ると、子供みたいな体格のメイドが石で出来たフォークとスプーンを使って石の皿に料理を装ってくれた。
食器を良く見てみると、これも石に見えるキノコで出来ていた。
ファンガーマテリアルが世界神になっていたら、世界の全てがこんな感じになっていたのか。
例を出すと、ペルルドールの姫城が石を積んで作られているのは、ストーンマテリアルが世界神になったからだ。
木で出来た民家も、その基礎には石が使われている。
その石の部分が『辻褄合わせ』によって全てキノコに変わるのだ。
堅いキノコを積んで造られた姫城、みたいな感じで。
それはそれで面白い。
って言うか可愛い。
「いえー。これだけの量が有れば大満足ですよー。では、いただきまーす」
薬草だけかと思っていたスープには、少量ながらキノコが入っていた。
そしてやたらとしょっぱかった。
濃い味が好みとかじゃなく、岩塩しか調味料が無いって感じの味付けだった。
そして、肉類は一切入ってなかった。
タンパク質が足りないから身体が小さいのかな?と思っていると、透き通った歌声が聞こえて来た。
「……ん?この歌は……」
耳を澄ますイヤナ。
間違い無い。
薬草の洞窟内で聞こえていた歌だ。
それが隣の部屋から聞こえて来ている。
こうして近くで聞くと男女混成なんだな。
「あれは我々の魔法、歌詩魔法です。貴女様の気配を頼りに使い魔を探していますので近くで歌わせています。うるさくて申し訳ありません」
対面に座ったローブの女性が頭を下げる。
「なるほどー。大丈夫ですよ、綺麗な歌声だから聞き惚れています」
咄嗟にお世辞を言う程の機転が無いイヤナは心からの笑顔になる。
「ありがとうございます。では、しばらくお待ちください。おかわりは十分に用意してありますので、どうぞ遠慮無くお申し付けください」
そう言ったローブの女性は、この場をメイドに任せて歌声溢れる隣の部屋に行った。
「はーい」
しょっぱいから、おかわりより水が欲しいなぁ。
でも、厚着してるからトイレには行きたくないなぁ。
そんな事を考えながら食事を楽しんでいると、妙に量が多い黒髪を背中に垂らしている少女が突然現れた。
「んん?何だ?お、イヤナじゃないか。無事か?」
「セレバーナ!」
笑顔で立ち上ったイヤナは、マフラーを鼻の位置まで上げているセレバーナの手を取った。
「良かった、私は無事よ。そっちも大丈夫だったんだね」
「彼女が貴女様の使い魔ですか?」
ローブの女性が戻って来て、礼儀正しく背筋を伸ばす。
「いえ、仲間です。――セレバーナ、マギは?」
「ここだ」
マフラーを外すと妙に量が多い黒髪が動き、細いうなじから黒髪の妖精が顔を出した。
「マギ!おかえり!」
イヤナの赤髪の上で嬉しそうに飛び回ったマギは、その三つ編みに腰を下した。
黒髪の妖精は、安心した表情でトンボの様な羽根を休める。
「なるほど。気配感知の歌に反応した使い魔と肌で接触していたから、一緒に転移されてしまった様ですね」
ローブの女性が冷静に分析する。
「む?何者だ?子供、ではない様だが」
「申し訳有りませんが、我々には時間が無いのです。約束通り使い魔を連れて参りましたので、我々の話を聞いて頂けますか?」
訝しむセレバーナに近付いたローブの女性は、真剣な表情で見上げた。
自分より背の低い者に落ち着いた対応を向けられるのは初めてなので、無表情のまま怯む黒髪少女。
「セレバーナ。この人達、何か切羽詰まっているみたいだから、ちょっとだけ成り行きを見守っててくれるかな?そう言う約束だったから」
イヤナにも言われたセレバーナは、腕を組んで頷く。
「ふむ。事情が有るのか。なら仕方がないな。従いましょう」
「私も何が何だか分からないんだけどね。あと、女神の剣を見付けた。本物かどうかはまだ確かめてない。マギの方が気になったから」
「ほう、それはそれは」
部屋の中は程良く温かいので、セレバーナは毛糸の帽子を取った。
首回りが自由になったので、周囲を見渡して現状を確認する。
壁とテーブルは土。
椅子と食器はキノコ。
天井も土で、光るキノコがぶら下がっている。
様子から察するに、ここが隠された洞窟の地下か。
「食事の最中ではございますが、こちらに移動して頂いても宜しいでしょうか。もう急ぐ必要が無い様ですので、お願いの内容を実際にご覧になって頂きます」
「あ、はい」
予期せぬ来客があったが、大きな問題は無さそうだ。
そう判断したローブの女性は、目的を果たす為に赤髪少女をテーブルから離した。
「では、ガット。案内してください」
ローブの女性は、二人の少女を先導する様に歩き出す。
髭面だが若そうな先程の男性が、部屋の入口で頭を下げていた。




