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「ん?」
日が当たっている部分の雪を擦り付けてカップを洗っていたイヤナが不意に振り向いた。
防水シートの上で横座りになっているので、姿勢的には正面を向く形になる。
「どうした?」
摘んだ薬草を予備のバッグに詰めていたセレバーナが手を止めて訊く。
赤髪をおさげにしている少女は、小さな羽虫を探しているかの様な動作で中空を見詰めている。
「歌が、聞こえて来た様な気がしたんだけど……。聞こえなかった?」
「天井の穴の向こうで吹いている風の音くらいしか聞こえないが」
毛糸の帽子を深く被っているセレバーナは、耳に覆い被さっている部分を捲ってみた。
だが、それらしい物音は無い。
「じゃ、気のせいかな」
「何かを感じたのなら、一応は警戒しておこう。場所が場所だけに、何が起こるか分からん」
この洞窟は北のパワースポットで、そのせいか万病に効く薬草が群生している。
病弱な第一王女は、この薬草が無かったらどうなっていたか分からない。
効能自体は弱いが、確実な薬効と絶対に副作用が出ない栄養が第一王女の身体に合うんだそうだ。
それだけの物が四季を通して採取出来るのに、なぜかここには特別な逸話が残っていない。
周囲にそれらしい街も無い。
人が暮らしていないパワースポットはサコの実家の近所にも有ったが、あそこは特別な修行場として聖地扱いされていた。
そう言った情報すら無い。
それが逆に怪しかった。
だから直接調査に来たのだ。
「さて。探険するか。まずは洞窟の規模を探ろう」
「うん」
カップとシートをリュックに戻し、それを背負う二人の少女。
セレバーナはマフラーを鼻まで上げ、来た道を指差し確認して方向感覚を新たにした。
そして迷わない様に道順を記憶しながら歩き回る。
「薬草取りの人が良く来るのかな。思ったより歩き難くないね」
頭に防寒具を着けていないイヤナが赤髪のおさげを揺らしながら周囲を見渡す。
段差が有る所は壁に手を突かないと不安だが、それ以外は明かりさえ有れば普通に歩ける。
「そうだな。この先にも薬草の群生地が有るのかも知れない。薬師の人とも再会するかも知れないな」
そう思ったセレバーナだったが、誰とも会う事は無かった。
脳内に描いた地図はかなり広く、畑を抜いた最果ての村がまるまる一個収まる位の面積が有る。
その道の全てが踏み慣らされているので、入り口はひとつではないと思われる。
日光が差し込んでいる薬草の草むらもそこら中に有るので、冬でなかったら人の往来は多いのかも知れない。
「足が痛いな。修行のお陰で歩き慣れていると思っていたが、この寒さではそれも無意味だな」
セレバーナが歩きながら言うと、イヤナは足を止めた。
「私も足痛い。松明の残りも心許ないし、ちょっと休憩する?確認したい事も有るし」
「そうだな。無暗に歩いても手掛かりは見付からない様だから、二本目の松明に火を点けるのは勿体無いな。では、先程見付けた壁の窪みに戻るか」
百メートルほど引き返す二人の少女。
そこの壁は程良くえぐれており、寒気を避けるキャンプに最適だった。
休憩したかった昔の人が魔法か何かで横穴を掘り、そのまま放置したんだろう。
二人寄り添って座れば丁度良く埋まるくらいの穴にシートを敷き、そこに入るセレバーナとイヤナ。
そしてふたつのリュックを入り口に置き、足元の空気が動かない様にする。
松明の火も有るし、こうすれば少しは温かい。




