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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
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25

村の大通りに一人残されたペルルドールは、ゆっくりとした足取りで散歩を再開させた。

子供達と他愛の無い会話をしたお陰か、ほんのわずかだけ疲労が回復した気がする。


「今のが『気晴らし』と言う物かしら」


道端や村の井戸の近くでお喋りをしている中年女性を見掛ける度に不思議に思っていた。

お話がしたいのなら、屋内でお茶をすれば良いのに、と。

あれは偶然出会った友人を相手に内容の無い会話をし、疲れを癒しているのか。

会う約束をしてお茶会を開催するのは『気晴らし』にならない事は、今のペルルドールなら理解出来る。

畑仕事の最中にする雑談は、思いの他楽しいから。

仕事をしながら別の事をするのがミソなのだ。

思い返してみると、イヤナは結構口数が多い気がする。

畑仕事以外にも家事をしていて疲れているから、わたくしの着る物にまで口を出して来るんだろうか。

そんな事を考えていると宿屋が見えて来た。

その軒先から甘い匂いの湯気が立ち上っている。


「この香り、どこかで……。思い出した。セレバーナが初日に持って来てくれたお饅頭だわ」


最果ての村名物の最果て饅頭はここで売っているのか。

その正体は普通の温泉饅頭なのだが、貧しい村ではこれでも高級品なのだそうだ。

宿屋の看板の下に張られている張り紙に近付いて見てみると、お土産用の箱詰めの値段が書かれてあった。

箱詰めはそこそこ良い値段なので、村人のおやつ用にバラ売りもしてくれる様だ。

更に、出来立てをこの場で食べられるとも書いてある。

甘い物に飢えていたペルルドールは、宿のおばさんに一個の饅頭と一杯の緑茶を注文した。

代金は銅貨二枚。

それくらいなら畑仕事の給金で払える。

軒先のベンチに座ったペルルドールは、春の日差しを浴びながら注文の品が出て来るのを待つ。


「お待たせ」


宿のおばさんが小さいお盆をペルルドールの横に置く。


「ありがとう」


温かい饅頭を両手で持ち、小さい口で齧る。

モチモチした皮の向こうから顔を出す、真っ黒な餡子。


「ああ、美味しい……」


腹の底から言葉が漏れ出る。

これより高級で美味しい物は飽きる程食べて来た。

だけど、銅貨で買える程度の饅頭が、どうしてか生涯で一番美味しく感じた。


「はっはっは。美味しそうに食べてるねぇ、お嬢ちゃん」


見た事も無い若者が現れ、軽いノリでペルルドールの隣に座った。

不快さを感じる図々しさだ。


「俺も食べたくなって来たよ。おばちゃん、俺も一個貰おうか。熱いお茶も」


「あいよ」


宿のおばちゃんからお盆を受け取った若者が湯気立つ饅頭を頬張る。


「うん、美味しい」


甘味に頷いている若者を横目で見ながら、ペルルドールも饅頭を頬張る。


「貴方は、この村の人では有りませんね?服装が全然違いますから」


「お嬢ちゃんも、どう見てもこの村の人間じゃないよね。同業者?」


「同業とは?」


「知らないの?この国の王女が魔王に連れ去られたんだと」


んぐ、と饅頭を喉に詰まらせるペルルドール。

熱いお茶を飲む。


「つ、連れ去られた?誘拐されたって意味ですか?」


やっとそう言う金髪美少女に顔を近付け、小声になる若者。


「そう。マイチドゥーサ神学校の天才も同時に行方不明。五百年前の悪夢の再来だと、国中大騒ぎだよ」


「天才?」


どう考えてもセレバーナの事だろう。

彼女、天才だったのか。

そう言えば、半月で神官の資格を取っていたな。


「だから、国中の冒険者が立ち上がっている最中なの。リーダーは勿論勇者さ。俺は勇者パーティが来る前の下見って訳」


若者は、言いながらペルルドールに舐め回す様な視線を向ける。


「王女は金の髪に青い瞳らしいが、まさかねぇ……」


魔王に攫われた王女が、土で汚れたモンペを着て、一人で饅頭を味わっている訳は無い。

だが、田舎者にしては美し過ぎるし、冒険者にしては貧弱だ。


「彼女に何か用ですか?」


筋骨隆々の大女が二人の前に立つ。


「サコ」


「おっと、お仲間の登場か。ちょこっと世間話をしていただけさ。そう怖い顔をしなさんな」


欠けた饅頭を口の中に放り投げた若者は、お茶でそれを流し込む。


「じゃあな。お互い、しくじらない様にしようぜ」


若者は素早く路地裏に消えて行った。

素人ではない動きだ。


「何だあいつ。――美味しそうな匂いだね」


サコが鼻を鳴らす。


「あ、あの、これは……」


ペルルドールは、罪悪感で冷や汗を掻く。

一人で勝手に饅頭を食べていた事がバレてしまった。

疲労に負けて自暴自棄になってしまったせいで、怒られても仕方の無い行動をしてしまった。

行動は四人一緒が鉄則だったのに。


「平気平気。おばちゃん、私にも一個貰えるかな」


「あいよ」


サコは熱々の饅頭を一口で食べる。


「これで同罪さ。ん?出来たては凄く美味いね、これ」


「サコ……。ありがとう」


ペルルドールは仲間の優しさに感謝しながら立ち上がる。


「わたくし、みんなの分のお饅頭をお土産に買います。大事なお話が有りますので」

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