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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
246/333

9

「で。今日は何のご用事なのかしら。いえ、遺跡から出ても大丈夫なんですか?ドラゴンの自我が目覚めたんですか?」


「いや、まだドラゴンに変化は無い。立ち話もなんだ、座ろう」


仕切るセレバーナに従い、三人で豪華な応接セットに着く。

上座は姫城の主であるペルルドール。


「まず、君の紋章入りのコートを返そう。門番に話を通す為に利用させて貰った。我々が持ち歩いて盗まれたら責任が取れないので引き取ってくれ」


折り畳まれた二着のコートをソファーの端に置くセレバーナ。


「そして、忘れ物だ。こればっかりは粗末に扱う訳には行かないからな。ついでに持って来た」


膝の上で包みを広げると、金色の犬の像が姿を現した。

ふたつの瞳は真っ赤なルビーで出来ている。


「ああ、魔除けですか。それは不快な想いをさせてしまいましたわ」


深紅のドレスを着た王女が右手を上げると、二人のメイドがコートと魔除けを持って客間の外へと出て行った。


「では本題に入ろう」


神学校の制服を着ているツインテール少女が姿勢を正す。


「私とイヤナは、あのカードに触れて穂波恵吾の記憶を受け継いだ。その理由は、この世界の魔法力の残量が判明したからだ」


ドラゴンが成長する事による影響を説明するセレバーナ。

世界の寿命は残り五年ほどである事も包み隠さずに伝える。


「だから賭けに出た、と」


「うむ。慎重になって機を失する可能性も有ったからな。だが、成果は有った。私とイヤナは、この世界の不完全さを完璧に理解したのだ」


「それは興味深いですわね。それについてもお聞かせいただけますの?」


「聞かせよう。――ペルルドールは、この世界の形を覚えているか?あの夢の中で女神が地図を広げていたな。アレだ」


「覚えていますわ。円卓と同じ円形でしたね」


「そうだ。だがな、穂波恵吾の記憶では、世界は円形ではなく、球体なのだ。例えるなら形の良いスイカだ。異世界ではそれを惑星と呼称している」


一緒に修行して女神候補にまでなったペルルドールは、どんな話でもすんなりと受け入れられる。

金髪美少女はそう思っていたのだが、ツインテール少女の言葉が理解出来ずに小首を傾げてしまう。


「球体?円形とは違うんですの?同じではありませんの?」


「違うんだ。良く考えてみろ。東の果てに海が有り、その向こうに島国が有るな?」


「ええ。穂波恵吾の潜在能力が産んだ国ですね」


「異世界では、その更に向こうに行くと逆側に到達する。東へ東へと進み続けると、西に到達するのだ」


「……は?」


ペルルドールは眉間に皺を寄せ、セレバーナの金の瞳を見る。

かつての仲間が何を言っているのか分からない。


「最果ての遺跡から出て真っ直ぐ歩き、障害物を無視してひたすら真っ直ぐ真っ直ぐ進むと、いつかは最果ての遺跡に着くのが正しい世界の形なのだ」


「???」


「分からないか。まぁ、私も知識を得たばかりで混乱しているから、簡単に説明してみようか」


「ええ、お願いしますわ」


「円卓と同じ形をしているこの世界を、このテーブルに例えよう。果ての先に行くと落っこちるな。実際に行ったらどうなるか分からないが、多分そうなる」


セレバーナは、目の前にある大理石製のテーブルを指差す。


「そこが世界の外、つまり女神が去った方向だと思っていましたが」


「その認識で間違いは無い。――女神の言葉を思い出すと、古い世界神は世界樹の根元に数多くの世界を作っていた」


「世界樹とやらの栄養としていた、と仰っていましたね」


「その栄養になっている世界は、全てスイカだ。食べれば美味しい。だが、我々の世界はテーブルだ。テーブルは植物の栄養にはならない」


「野菜を畑に埋めれば土に戻って後の栄養になる。しかし、大理石の物体を埋めても栄養にならない。ですね」


「そうだ。だから神の御業でテーブルをスイカに変換しなければならない」


「そこは分かりましたわ。でも、テーブルの上には家を建てられますが、スイカには住めませんわ。丸いんですもの、落っこちてしまいます」


「落っこちない。物が落ちる仕組みは下方向にではなく、スイカの中心に向かって作用している物だからだ」


「んん……?」


「とにかく、この世界はテーブルの様に真っ平らで、他の正常な世界は丸いのだ。その違いだけは覚えておいてくれ」


緊迫した空気を壊す様な明るい声が割り込んで来る。


「最果ての村はこの国の西の隅っこに有る。その最果ての遺跡から西を見ると、水平線の向こうまで森だったよね」


水平に手刀を切るイヤナ。


「その森って、実は無いんだよ。見えていたのは全部幻。実在してないの。『試しの二週間』の時、私が崖の向こうを調べた事が有ったよね」


イヤナは手振りをしながら言う。

ペルルドールは(この子、こんなにも動きながら喋る子だったかしら)と思いながら小首を傾げる。


「アレって実は『辻褄合わせ』だったの。本当はアソコには何も無いんだけど、それだと不自然だから、私が常識だと思っている事が起こったって訳」


混乱するペルルドール。

遺跡で生活していた時、寝室の窓から森を見ていた。

森の上で飛んでいる鳥も居た。


「アソコが実在していない、とは?わたくしにも分かる様に仰ってくださいな」


「文字通り、何も無いのだ。元々、この世界は女神を育てる場だった。それ以外は必要無かった。だから、必要最低限の要素のみで世界は存在している」


セレバーナは大理石のテーブルを撫でる。


「このテーブルが無意味に大きかったらゲームがしにくいからな。世界神とか言う存在が、そう設定したんだろう」


「意味が……分かりませんわ。このテーブルはこれでちょうど良い大きさですわ。必要最低限だからと言って、何が不都合なんですの?」


「そう思うだろう?だから世界は滅びるのだ。不完全である事を誰も疑問に思っていないから、この世界は何も変わらない」


セレバーナは紅茶が淹れられているカップを持つ。


「例えよう。このカップは何から造られ、どうやって艶を出しているか分かるか?」


「ええと、土を捏ねてその形にし、焼き入れ、ええと、何やら薬を塗るとか」


「そこまで造るには時間が掛かる。だが、取り急ぎ水を飲みたい。だから水が飲める形をした素焼き状態のカップを使った。それがこの世界の状態だ」


「つまり、必要な手順まで至っていない物を使っている、と」


「そのまま使い続けると水漏れを起こし、すぐに割れてしまう。世界は消えてしまう」


「なるほど」


「例えをカップからテーブルに戻そう。このテーブルは丁度良い大きさだが、使い終わったら壊れる。我々はテーブルを一個しか持っていないので、それは困る」


「だからテーブル造りの職人になり、壊さない様にしたい。つまり、女神になってたったひとつの世界を存続させたい、と」


「そう言う事だ」


力強く頷くセレバーナ。


「私達は『辻褄合わせ』を起こし、無理矢理にでも完成された世界にしたい。だが、未熟な私とイヤナが願っただけでは『辻褄合わせ』は起こらない」


セレバーナの後に続いて口を開くイヤナ。


「でも、全世界の人の常識が変われば、世界の形が変わるかも知れない。逆に言えば、そうしないと世界は残せないんだよ」


「そうしないと、世界は残せない……」


ペルルドールが俯くと、その頭に乗っているティアラの宝石がキラリと輝いた。


「事は世界規模だからな。現時点では、それが一番の最善策だと思っている。他に良いアイデアが有ったら、そちらの策に変えるかも知れない」


「まだアイデア出しの段階なんですね」


「うむ。だから、なるべく『辻褄合わせ』は起こしたくない。意識しての『辻褄合わせ』は、世界の形を変える時のみに限定したい」


セレバーナが表情を引き締める。


「そして、異世界の知識にも、なるべく頼らない。穂波恵吾の知識を活用すれば機械技術は進歩するだろうが、それはしないと私は決めた」


「どうしてですの?機械が進歩すれば、民の暮らしはもっと楽になるんでしょう?」


「なる。が、しない。異世界の知識に頼らず、この世界の文化をこの世界の人間が育てなければならない。そうしなければ、この世界が存続する意味が無い」


「確かに……。この世界の未来は、この世界の人間が決めるべきですわ。異世界の文化を育てたら、ここは異世界のマネっこ世界になってしまいますわね」


「まずはそこを何とかしたいと思い、遺跡に戻れなくなるのを覚悟してお願いに来たのだ」

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