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ティアラを頭に乗せている金髪美少女は、深紅のドレスを気高く翻して姫城の廊下を歩いていた。
今日に限って妙に歩き難い。
ヒールが邪魔だ、と思ったところで気付く。
自分の歩く速さが段々と上がっている事に。
落ち着きなさい、わたくし。
王族は常にゆとりを持って立ち振る舞うべし。
頂点に立つ者が張り詰めていたら下々の者が不安になる。
(緊張する必要はありませんわ。今日のお客はあの子達なんですもの)
ペルルドールは応接間の前で立ち止まり、深呼吸する。
意外に早く再会出来たのは、恐らく不測の事態が起きたからだろう。
もしかしたら、わたくしに遺跡に戻って来いと仰るのかしら。
それとも、王家の力を以て新しい女神候補を探せとお願いされるのかしら。
様々な可能性を思考している姫の発汗に気付いていないメイドが王族専用のドアを開ける。
「……」
澄まして応接室の中に入ったペルルドールは、動揺を隠せずに固まった。
客人を迎える為に一際豪奢になっている部屋の中が無人だったから。
姫の後ろで控えていた赤い全身鎧姿のプロンヤが、立ち竦んで茫然としているペルルドールに気付いて前に出た。
「どちらに行かれたのでしょうか。姫が御出座しになられる事は伝えたはずですが」
大理石製のテーブルには湯気立つカップが二組置いてあるので、誰かが居た事は間違いない。
プロンヤは、ドアを開けたメイドに視線を送る。
王族の前では声を出す事を許されていないメイドは、ソファーの方に顔を向けた。
「あ、ペルルドールだ。凄い、お姫様っぽい格好してる!って、そう言えば、初めて遺跡に来た時もそんな格好だったね。そうだった」
赤髪少女が豪華なソファーの後ろから顔を出した。
遅れて黒髪少女も無表情の顔を出す。
「おう。久しぶりだな、ペルルドール。格好以外は変わり無い様子で安心した」
「何をなさっているんですか?」
かつての仲間達の突飛な行動に面食らっているペルルドールが訊く。
城の中でかくれんぼをする人を初めて見た。
「マギが私の髪から落ちちゃったのよ。多分、この城の魔法防壁に当てられたんだと思うんだけど」
「だからイヤナの魔法力で包み込んでやれとアドバイスしていたのだ。行儀の悪い事をして申し訳ない」
背筋を伸ばしたセレバーナが悪びれずに言う。
暖房が効いている部屋では顔色が良いので、心臓の具合に問題は無い様だ。
「ペルルドールの使い魔は大丈夫だった?」
イヤナが無邪気に駆け寄る。
平民が不用意に王族に近付いたらプロンヤの剣の錆になっても文句は言えないのだが、勿論そんな無粋な事はしない。
一歩引き、手話でメイドにお茶のお代わりを指示する女騎士。
「ええ。わたくしの使い魔は、それほど魔力を必要としませんから。ホラ」
金髪に乗せているティアラの影から黄色の蝶が飛び立ち、右耳の辺りに停まった。
「マギはもう大丈夫ですの?」
「うん。胸の所に入ってる。服の中なら外の影響は受けないから」
イヤナは継ぎ接ぎだらけの質素なドレスの胸を指差した。
赤髪少女の使い魔はトンボの様な羽を持つ小さな妖精なので、意外に巨乳な彼女の胸なら問題無く潜めるだろう。
寒いのに襟元が空いているのは通気を良くする為か。
「そう」
安心した後、表情を引き締めるペルルドール。
休憩時間は短いので、早速本題に入らねば。




