4
「で、何が有ったんです?」
セレバーナもドーナツに手を伸ばす。
「それがですね。あのドラゴンは約五年で成体になる事が判明しました」
シャーフーチもドーナツを抓む。
そして語る。
魔法ギルドの調査によって、ドラゴンが魔法生物だと言う事が判明した。
食料を思い付き程度しか食べず、周囲の魔法力を吸収して成長しているのでそう結論付けた。
その吸収量は凄まじく、成体になると同時に世界の魔力が枯れる計算になる。
つまり、ドラゴンが育ち切ると世界から魔法が消えてしまうのだ。
「それは一大事ではありませんか」
砂糖の粉を口の周りに付けたセレバーナが眉間に皺を寄せる。
「単純に考えれば、世界の消滅はその時だと思われます。女神が遺した力が無くなる訳ですからね」
粉を落とさずにドーナツを食べているシャーフーチが言う。
意外にも食べ慣れている。
「ふむ。世界の寿命は後五年、と言う事ですか。思ったより長いですね」
「普通、弟子を育てるとなったらそれくらい掛かりますからね。ソレイユドールもそう考え、そう願った結果でしょう」
「なるほど。ん?いや、待ってください?それだと彼女は世界の終わりを告げる者になりませんか?」
「やはり引っ掛かりましたね。世界を救う為にドラゴンに転生したソレイユドールなのに、彼女が世界を消すんですよ」
「もしもドラゴンが居なかったら、世界の寿命はどれくらいになるんですか?」
「劇的に増える事は無いでしょうね。所詮は一匹の爬虫類ですから」
「ふむ……」
ドーナツを口に押し込み、二個目に手を伸ばすセレバーナ。
次はチョコレートが塗られた奴を食べたい。
「これはテイタートット、魔法ギルド長の想像なんですが、ソレイユドールが貴女達を呼んだのは、それが理由かも知れません」
小さな口の中を甘味で一杯にしていて喋れないセレバーナの代わりにイヤナが相槌を打つ。
「理由って、どう言う事ですか?」
「卵の中でも彼女は成長していました。その成長に必要な魔力は貴女達から奪っていたのでは?と言う可能性が考えられるんです」
魔法ギルドは、以前から世界全体の魔法力の残量を計測していた。
なぜなら、女神が居なくなった事で魔力が有限になっているからだ。
そのせいで才能が有る者しか魔法使いになれず、その数も年々減少している。
だから魔法力吸収の件はすぐに判明した。
しかし、卵の状態の時は、全くその気配が無かった。
「魔法使い希望者を遺跡に集めたのは、貴女達を女神候補にする為ではなく、魔法使いとして成長させて魔力を吸い取る為なのでは?と」
「ふむ。ソレイユドールが絶対に自分が女神になると心に決めていたのなら、その理屈は通ります。なら――」
腕を組もうとしたセレバーナは、三個目のドーナツを持っている事を思い出して止めた。
上げた腕の行き先が無くなったので、誤魔化す様に草色のドーナツを一口齧る。
薬草が入っているのか、甘苦い。
面白い味だ。
悪くない。
「なら、私達は女神になれないのでしょうか?」
「そんな事は無いはずなんですけどねぇ。転生に失敗した時の保険に弟子を育てろ、と本人から直接頼まれましたし」
シャーフーチは自らの手でカップにプーアル茶を注ぎ、それを飲んだ。
気温が低いのでお茶も冷たい。
「だから真面目に貴女達を育てました。女神候補だと言う事を隠していたのは、彼女が良い状態で転生する可能性も有ったからです」
「もしも彼女が以前の彼女のままドラゴンになっていたら、我々は普通に卒業して、何も知らないままここを去っていた訳ですね」
「その通りです。そんなお願いをした彼女が貴女達を餌にしたりしますでしょうかねぇ」
「全てが失敗した時は魔物となったドラゴンを殺してくれ、とシャーフーチに頼んでいたんですよね?ソレイユドールは」
「はい。テイタートットと協力してね」
「でしたら、魔法が無くなるのは一瞬で、ドラゴンが殺されたらすぐに元通りになる可能性も有りますね」
齧り跡が有る緑色のドーナツをふたつに割るセレバーナ。
両手でそれを持ち、噴水を表す様なジェスチャーをする。
「魔力を吸収しているのは、魔力の質を新しい女神の物に変え、死と共に開放する為では?黄色いタンポポが白い綿毛に姿を変え、生息範囲を広げる様に」
「ああ、なるほど。『ドラゴンはその身を世界の基礎とした』と言う伝説がこの計画の元になっているので可能性は有りますが――」
「ええ。可能性、です。全ては予想です。現実的に考えれば、そんな楽観的な結末は無い」
セレバーナは半分になったドーナツを食べる。
シャーフーチも次のドーナツに手を伸ばす。
「どちらにせよ、現状のままでは数年後に魔力が尽きるとテイタートットは言っています。なので、もしかすると、のんびりとはしていられないかも知れない」
「魔力が無くなるのは確定事項の様ですが、それまでまだ五年も余裕が有りますが」
「そうですけどね。もしも貴女達が一人前になるのに何年も掛かっていたら、卵の中の彼女は世界の魔力を吸っていたかも、と彼は言っています」
「もしもそうなっていたら猶予は短かったですね」
「そこの視点から考えると、残り時間が少なくなったら自動で孵る仕組みになっていた可能性も有ります。だから不完全な転生になったのかも、と」
「彼女が孵ったのは、思ったよりも魔力の残量が無いからかも知れないと?」
「はい。ですので、貴女達の望み通り、穂波恵吾の知識を得て貰う事になりました」
「ほむ」
咀嚼しながら眉を上げるセレバーナ。
アッサリとそう来るとは思わなかった。
「彼の知識が有れば暗中模索が解決する可能性が有ります。しかし、それをすれば後戻りは出来ない」
「知識を得ても解決せず、ソレイユドールの意識が戻らずにただのドラゴンとして成長したら……むぐ」
口の中に有ったドーナツを飲み込んでから続けるセレバーナ。
「世界から魔力が無くなり、魔法使いが絶滅。最強のドラゴンとなった彼女は、世界が消える直前に世界中の人々に死を知らせる、と」
「魔法が無くなったら、私とテイタートットしか彼女を止められないでしょう。止められたら、彼女の遺体は世界の礎になる訳です」
「成体になったドラゴンの遺体が世界の基礎になり、魔力の回復が起こらなかったら、この世界は魔法の無い世界になりますよね。それでも存続出来るんですか?」
「例の異世界には魔法が無いらしいですから、それ自体は問題が無いんじゃないんですかね」
「魔法が無くても問題無いのなら、それは女神からの解放、と言う事になりませんか?女神は必要無いのでは?」
「面白い発想ですが、それは無いんじゃないですかね。女神が居ないから困っている訳ですから。その考えは楽観的過ぎます」
「有り得ませんか。魔法が無くても女神が必要なら、女神はどうやって世界を見守るんですか?」
「それこそソレイユドールの意識が戻らなければ分かりませんよ。女神だけは魔法が使えるんじゃないですか?」
「それも楽観的ではありませんか?」
「全ては予想。可能性、ですからね。女神が居なくても大丈夫な可能性だって有ります」
「聞いている分には、最悪の最悪以外では世界が残る様になっているんですね。良く出来てますねぇ」
黙々とドーナツを食べていたイヤナが、口の周りに付いたチョコを舌で舐め取りながら感心した。
「そうなんです。ですので、穂波恵吾の知識を得るのもソレイユドールの想定内ではないのかと思うんですよ。よっぽどの間違いじゃない限り、ね」
そう言うシャーフーチに頷いて見せるセレバーナ。
「なるほど。だったら臆病にならず、出来る事をしてしまえ、と言う訳ですね」
「ザックリと言ってしまえばそうです。今ここで長々と話し合った事も、今有る情報に勝手な想像を混ぜて喋ってるだけですしね」
「確かに。穂波恵吾がこの場に居たら『何言ってんだコイツら』と思われるかも知れませんね。全部無意味で見当違いな空論の可能性も大いに有ります」
シャーフーチは、ドーナツを食べる手を止めて背筋を伸ばす。
「結果が予想出来ないので一応聞きます。穂波恵吾の知識を得る覚悟は有りますか?」
「はい」
頷く少女二人。
何日も話し合った事なので、ここに来て拒否する訳が無い。
「では、その方向で話を続けましょうか」




