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シャーフーチは一週間後に来ると言っていたのに、来たのは二日後だった。
「おや、何事ですか?」
第二王女が残して行った籐の椅子に座ってマンガを読んでいたセレバーナが顔を上げる。
この本は、シャーフーチの自室で山積みになっている物だ。
二階を立ち入り禁止にする理由が無くなった為、今は解放されている。
お陰でヒマ潰しに苦労は無い。
マンガの面白さにハマる事は無いだろうが、作品のテーマに沿った専門知識が散見されるのは興味深かった。
なかなかどうして勉強になる。
「もしかして、ドラゴンの記憶が蘇ったんですか?」
円卓でマンガを読んでいたイヤナも顔を上げた。
彼女の場合は読み書きの練習がメインなので、難しい単語の無い子供向けのマンガを選んでいる。
「いえ、その兆候は全くありません。そちらではない別の問題が発覚したので来ました」
「問題とは?」
立ち上がりながら訊くセレバーナ。
「お茶とお菓子を持って来たので、食べながら話しましょう」
シャーフーチは、水筒に入ったプーアル茶と色取り取りのドーナツが入った紙箱を円卓に置いた。
「ほぅ、珍しく若者向けの物を持って来て頂けましたね」
セレバーナの金の瞳が輝く。
シャーフーチが持って来る食料は保存処理された肉や野菜と言った必要最低限の物ばかりで、嗜好品が全く無かった。
なので、久しぶりの甘味に心が躍っている。
いそいそとキッチンに行った黒髪少女は、人数分のカップを持って戻って来る。
「食堂の発注ミスで薄力粉が大量に余っていて、それならばとお菓子作りが趣味の若い子達が張り切りましてね。今、ギルドではドーナツフェア中なんですよ」
「神学校でも似た様な事件が稀に起こりましたね。魔法ギルドも楽しそうだ」
なつかしむ様に笑むセレバーナ。
専門の業者が在庫管理すれば誤発注など滅多に起こらない。
しかし、大人の立ち入りを厳しく規制している神学校では、身元がしっかりしているおばちゃん達が食堂を切り盛りしていた。
古いおばちゃんが定年になると、そのおばちゃんに紹介された新しいおばちゃんが食堂に入る。
こうしたおばちゃんネットワークを神学校は信頼していたのだ。
過去に一度も食中毒等の大きな事件を起こしていないのも要因だろう。
ただ、そうしたおばちゃん達だけでは慢性的に人手が足りないので、手伝いに学生が駆り出される。
なので、やる気の無い子や才能の無い子が食堂当番になると、単純なミスが多くなる。
結果、メニューが奇妙な物になる。
リンゴサラダにリンゴパイと言ったリンゴ尽くしになったり、年始から冬休みが終わるまでずっと餅しかなかったり。
それと同じ状況が起こっていると言う事は、どうやら魔法ギルドも似たシステムで食堂を回している様だ。
神学校と魔法ギルドの創始者は両方ともシャーフーチの仲間だったので、情報交換を密にしていたのだろう。
「それが、笑ってもいられないんですよ。あ、イヤナも遠慮無く食べてください。魔法ギルドにこんな物が有るのは珍しいので、食べないと損ですよ」
「はーい。いただきます!ん、あまーい!美味しい!」
イヤナは、初めて体験するオシャレな味に感動した。
材料さえ有れば再現出来そうなお菓子なので、調理工程を探る様に舌の上で転がす。
手元にペンと紙は有るが、師匠からのお話が有る様なので、ドーナツに関するメモを取るのは後にしよう。




