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「ちょっと、お散歩に行って来ます……」
小食なので一番に食べ終わったペルルドールは、農家の庭先で放し飼いになっているニワトリを虚ろな瞳で見詰めながら力無く言った。
そして許可を待たずに歩いて行く。
「限界が近いな」
誰となしに呟いたセレバーナは、サコに視線を送った。
大柄な茶髪少女は無言で頷く。
「……疲れた」
ペルルドールは、意識が朦朧としている様な足取りで村の中を歩く。
もうこのまま逃げ出してしまいたい。
でも、ここで諦めたら、あの変態エロ魔王に屈した事になるのではないだろうか。
やはり逃げる訳には行かない。
でも、魔法の修行が始まらないのでは、ここまで来た意味が無い。
体力作りが大切なのは頭では理解しているが、疲労で身体が悲鳴を上げている。
このままでは健康を害しそうだから、ゆっくりと休みたい。
でも、他の子も頑張っているのに、王女である自分が一番に音を上げる訳には行かない。
「わたくしは、このままで良いのかしら……。でも……」
金髪美少女は悶々と悩みながら歩く。
青い瞳で周りを見渡すと、風が吹いたら壊れそうな木の家が沢山並んでいる。
最果ての村と言う名前だから寂びれているのかと思っていたが、結構な人口が有る。
どうやって暮らしているのか分からないくらい貧しいが、村人達は明るく元気に生きている。
イヤナの様に。
「これが、下々の暮らし」
王宮での暮らしに比べれば不便で仕方が無い。
娯楽は無いし、食べ物も少ない。
だけど、王宮で見掛ける人達と比べたら、その数倍は笑顔が眩しい。
「あ、姫様だ」
数人の子供が集まって来た。
なぜかは知らないが、ペルルドールが本物の第二王女だと言う事を村人全員が知っている。
娯楽の少ない田舎の村では噂話が極上の娯楽だからバレたのだ、とセレバーナが言っていたが、良く分からない。
しかも、王女だと知った上で気軽に話し掛けて来る。
これが王都だったら、近付いた時点で問答無用で牢屋行きなのに。
「お姫様ぁ。元気無いね、大丈夫?」
無垢な幼女が純粋な瞳で金髪美少女の顔を見上げる。
「ええ。中々魔法の修行が始まらなくて。それで困っておりますの」
「良いなぁ、魔法使い様に弟子入り出来て」
「良くありませんよ。毎日毎日……」
言い掛けて、止めた。
この子達に畑仕事の愚痴を言うのは間違っている。
なぜなら、この子達もそれぞれの家の畑仕事を手伝っているからだ。
まだ小さいから遊びが優先だが、それでもペルルドールより仕事に慣れているのは間違いない。
「貴方達は、わたくしよりシャーフーチの事を知っていますよね。どんなお方なんですか?」
薄い本に対する不満も言えないので、前々から気になっていた事を訊いてみた。
「去年の夏だったかなぁ。竜巻が来たの」
「そうだよ。夏だった」
「竜巻がこの村に直撃しそうだったのを、魔法使い様が助けてくれたの」
「そう!ビュー!バリバリ!ぶわー!って感じで」
「大昔からずっとそうやって村を助けてくれているんだって。そう言う約束だから、だって」
子供達は代わる代わる言う。
どうやら村人達の信頼も厚い様だ。
しかも村を守っているらしい。
これではまるで最果ての守護者ではないか。
世界に恐怖をばら撒いた魔王なのに。
「姫様は王女様だから、国全体を守ってくれてるんだよね?だから魔法使い様の弟子になったの?魔法で国を守るとか?」
「い、今、国を守っているのは、お父様、国王です。わたくしは、第二王女だから、その……」
聞き取り難い声を出しているみっともない自分に気付いたペルルドールは、気まずそうに口を閉じる。
このまま何も起きずに父が引退すれば、第一王女が国王になる。
そうなったら、国を守るのは姉だ。
しかし姉は病弱。
床に就く事が多く、滅多に公務に出られない。
それでは国王の仕事が出来ないので、健康なペルルドールが次期国王になる可能性も大いに有る。
だから姉の名と自分の名の双方に王位継承権第一位の証である『サ』の字が入っている。
それが問題なのだ。
一位が二人も居る為に、姉派と妹派で権力争いが起きているらしい。
それがペルルドールの実母の暗殺の原因だと言われているが、全く関係無い説も有る。
そして、姉が病弱なのも、妹派が毒を盛っているからだと言う説が有る。
王家の事情を知っている者なら、この説は酷い言い掛かりだとすぐに分かる。
なぜなら、姉の病弱は生まれ付きだからだ。
そうでなければみっつ年下の妹の名に『サ』を付けない。
医者には十歳まで生きられないと宣言されていたが、北の地から取り寄せている薬草のお陰で今日まで生き延びられている。
だが、不思議な事に毒物疑惑は根強く残っているらしい。
王城内で毒物事件が起こっているのなら、様々な立場の人間の首が飛ぶ大問題なのに。
一番の問題は、二人の姉妹に『サ』の字を与えた王が静観を決め込んでいる事だ。
そのせいで疑惑や噂に歯止めが効いていない。
ゴチャゴチャで、何がどうなっているのかがサッパリ分からない。
それらの情報を魔法で纏め、権力争いを止めさせるのが、ここに来た一番の理由だ。
だが、そんな事を田舎の子供達に言ってどうする。
「わたくしの事より、シャーフーチの事です。彼は立派な人なんですか?」
「助けてくれるんだから、良い人だよね?」
「うん。でも、お母さんは遺跡には近付くなって言うから、怖い人なのかも」
「どうして遺跡に近付いてはいけないの?」
訊くと、子供達は首を傾げた。
「侵入者避けのトラップが有るからだって言うけど、本当かどうか分かんない。だって、姫様達は、あの遺跡に住んでるんでしょ?」
「ええ。……そう言えば、メイドや爺は遺跡に入れましたけど、護衛の騎士は決して門を潜るなと仰っていましたわ」
でも、大工の息子は入っていた様な。
見習い騎士なのに。
リビングの椅子、セレバーナの勉強机、寝室の天蓋ベッドの組み立ては彼がやっていた筈。
考え込んでいると、別の子供の集団が子供達を呼んだ。
「あっと、いけない。またね、お姫様!」
「ええ、また」
子供達は元気に何処かへと走って行った。
ペルルドールは、頬笑みでそれを見送った。
子供と言う存在は問答無用で可愛い。
疲れていても自然と笑みが零れてしまうくらいに。




