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王都で一番大きい病院は、今日も沢山の見舞客で賑わっていた。
今も一人の老人がガラス板で出来ている観音開きの玄関を開けて待合ロビーに入って来ている。
紳士風の出で立ちで背筋も伸びているその老人は、受け付けにも病室にも向かわず、さりげなくロビー内を見渡した。
「お待たせしました」
待ち合わせの目印である白バラのブローチが付いているキャスケットを見付けた老人は、その帽子を深く被っている少年に小声で話し掛けた。
ロビーのソファーに座って通販雑誌を読んでいた少年は、小さく頷いて立ち上がる。
「お荷物をお持ちしましょう。外に馬車を待たせております」
「ありがとう。この雑誌は自分で持って行きます。――ああ、ちょっとだけ時間をください」
みすぼらしい服を着ている少年は、老人に小さなバッグを渡した後、受付の方に顔を向けた。
そちらでは黒いローブを身に纏っている魔法使いの男が薬を貰っていた。
用事を済ませて振り向いた魔法使いは、少年と視線を合わせて頷いた後、転移魔法で魔法ギルドに帰って行った。
あの薬はギルドでシャーフーチの手に渡り、そしてセレバーナの所に行くだろう。
「行きましょう」
心配事が問題無く解消して安堵した少年は、老人を従えて病院を後にした。
そして病院前に停まっている一般的な造りの箱型馬車を前にして立ち止まる。
「もしや、御者はプロンヤですか?」
少年は御者台に座っている女性を見上げる。
使用人向けの質素な服を着てフードを深く被っているが、筋肉の付き方が普通の女性とは全く違うので一目で正体が分かった。
「はい。お久しぶりです」
「貴女も来てくれたのなら安心です」
少年と老人が車体に乗り込むと、馬車は静かに走り出した。
さすがプロンヤ、馬車の操縦も上手い。
「さて。変装はこれくらいで結構ですわね」
窓がカーテンに覆われている事を確認した少年は、ゆっくりとキャスケットを取った。
長く美しい金髪が広がる。
「おかえりなさいませ、ペルルドール様」
「ただいま、爺。手紙にも書きましたが、無事に修行が終わり、一人前の魔法使いになれました」
「おめでとうございます」
深く頭を下げる老人に薄い笑みを向けるペルルドール。
遺跡での生活が長かったせいで会釈を返しそうになったが、これからはそうしてはならない。
自分はエルヴィナーサ王国第二王女なのだから、王と女神以外には頭を下げてはいけないのだ。
「爺。わたくしの帰還はお城には気付かれていませんよね?」
「はい」
「では、帰ったら早速お父様と謁見します。そこでわたくしが魔法使いになった事を明かし、わたくしの目的についてお話ししたいと思います」
「畏まりました。その様に致します」
再び頭を下げる爺に慈愛の目を向けるペルルドール。
「この半年、爺にはお世話になりました。ありがとう。本当に感謝しています」
「なんと勿体無いお言葉」
「王女のドレスを身に纏ったら気軽にお礼を言えませんからね。今の内です。プロンヤも、ありがとう」
第二王女護衛団団長である女騎士は御者台から返事を返す。
安物の箱型馬車なので壁が薄く、外の音が問題無く聞こえる。
「恐れ入ります。しかし、この様な馬車で本当に宜しかったのでしょうか。乗り心地が良くないでしょう?」
「慣れました。質素な生活も良い経験になったと思います」
そっと涙を拭う爺。
たった半年で御立派になられた。
色々と不安が有った弟子入りだったが、本当に姫の為になった様だ。
そんな爺から視線を外したペルルドールは、カーテンを少しだけ捲る。
大勢の国民が大通りを行き来している。
「もうそろそろ王城ですね。緊張して来ました。この時の為に苦労して修行したんですから」




