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「以上で巣立ちの儀を終えます。終えますが、貴女達には女神になると言う別の使命が有ります。……あ。……ああ、しまった!」
シャーフーチが雄叫びを上げ、しんみりとした空気をぶち壊した。
驚きで無表情を崩したセレバーナが微かに身構える。
「何事ですか?」
「思い出したんですが、あ、座ってください」
少女達を座らせ、シャーフーチも上座に戻る。
「貴女達の指輪が無くなってしまったので、一度遺跡を出ると二度と入れなくなるんですよ。ここは封印の地ですから」
「そう言えば、ここはそんな場所でしたね。最初から当たり前の様に出入りしていたので忘れていました」
セレバーナは前髪の上からおでこを叩く。
衝撃的な情報について色々と考えなければならなかったので、そんな基本的な事が頭から抜け落ちていた。
いや、うっかりうっかり。
「世間的には魔王の城が有るからと言われていますが、本当は高次元に有る女神の住居だからなんですよね。さて、困りましたね」
肩を竦めるシャーフーチ。
セレバーナも肩を竦める。
「まぁ、ここで冬を越す予定でしたからどうでも良いですけど。ペルルドールとサコも帰るんだから問題は無い。――気掛かりは再招集ですか」
「そうですわ。ソレイユドールの再招集が掛かった時はどうなさるんですの?」
ペルルドールに訊かれたシャーフーチは、ほんの一瞬だけ考え、結論を出すのを止めた。
「その時は別の場所で待ち合わせでしょうかね。何が起こるか分からない内から騒いでもしょうがありません。静かにその時を待ちましょう」
「またそんな適当な事を……。しかし、他に手が無いのも事実。期が来るまで、わたくしは自分のしなければならない事に集中しますわ」
「穂波恵吾のカードを触る件はどうなりますでしょうか。私達が女神になれれば出入り自由になるのではないかと思うんですが」
セレバーナは、円卓の上に置きっ放しになっているカードに金色の瞳を向ける。
一度は触る覚悟をしたのだが、巣立ちの儀が終わるまで待てと言われたのでそのまま放置してある。
「うーん、どうでしょうかねぇ……。女神の鎧の力を使い果たした後のソレイユドールが外に出た事が有るのなら、そうなんでしょうけど」
口をへの字にするシャーフーチ。
「出た事が無いんですか?」
「無い……はずです。それはなぜかと言うと――ここに来たばかりの頃のペルルドールは、お金の使い方を良く知りませんでしたでしょう?」
「恥ずかしながら、そうでしたわね」
「ソレイユドールも王女でしたので、そんな感じでした。一緒に暮らす仲間も居ませんでしたから、誰からもお金の使い方を教わっていません」
「ふむ……。だから下の村へ買い出しに行った事は無い『はず』と言う訳ですか。それでは『出なかった』のか『出られなかった』のかは分かりませんね」
腕を組むセレバーナ。
「夢の中の女神は遺跡から『出られない』様子でしたが、それはゲームのルールでそうなっていたと言う話でした。そうだったよな?みんな」
セレバーナに訊かれた他の少女が首を縦に振る。
「ゲーム終了後、女神は世界の外へと旅立ちました。ですから、ゲームの外では遺跡に縛られる事は無い『はず』です」
無表情で続ける黒髪少女。
「修行を終えた今の我々は、ゲームを終えた女神と同じ様な状況と言えます。つまり、女神化してもゲームのルールは無効になるのではないでしょうか」
「無効になる保証は無いですよね?」
「有りませんね。女神も下界に降りた訳ではありませんしね。もしも今が女神の修行の延長状態なら、ゲームのルールが生きている可能性も有ります」
そこにペルルドールが割り込んで来る。
「しかし、国はひとつに纏まっています。召喚された勇者もいらっしゃいません。戦う場所と駒がないゲームは成立しませんわ」
「その通りだ。しかし、ここに女神候補が複数居る。ゲームになる状況にはなっている」
シャーフーチは軽く右手を振って少女達の口を閉じさせた。
「やはりソレイユドールの自我が目覚めてからにしましょうか。事は世界の存亡が掛かっていますので、『はず』『かも知れない』でやって良いとは思えません」
この世界に住む全ての命の存亡は軽くありませんからねぇ、とカードを見ながら言うシャーフーチ。
「まだ春まで何ヶ月も有ります。ドラゴンの世話をしつつ、私とギルド長とが協力して解決策を探ってみます。ここは焦らずに様子を窺いましょう」
シャーフーチは慎重に事を運びたがっている様だ。
弟子を育てるのも数年は覚悟していた様だし、ここで急いで全てを無駄にするのは愚かな行為だろう。
「分かりました。カードを触るのはどうにもならなくなった時の最後の手段にしましょう。それで良いかな?イヤナ」
「良いよ。でも、出入りが出来なくなるのはちょっと不便だよね」
「魔王の城もここに有りますので、そちらからアプローチすれば行き来が出来るかも知れません。簡単に言えば裏口を作ったらどうか?と言う案です」
シャーフーチの言葉にセレバーナが難色を示す。
「魔物が怖いんですが」
「問題はそれですよね。この案の問題は『魔物避けをどうするか』と『通路を作っても空間に無理が生じないか』と言う事です」
「空間に無理とは?」
「この円卓は世界樹の枝を輪切りにした物で、この世界の形を表している事はもうご存知ですよね?」
頷く少女達。
「我々はこの円の中でしか活動出来ません。人間は世界の外に出られませんから。しかし、穂波恵吾の『創造』のせいで円の外に極東の島国が出来てしまった」
シャーフーチは円卓の右側を指差す。
「ですので、この円の外側にもこの世界に属する空間が存在するはずなんです。そこを利用して魔法の通路を開通させれば裏口を作れるかも知れません」
「そんな事が可能なんですか?」
「理屈では可能ですが、そんな事をした人は居ません。恐らく、女神でさえも。だから難しいかなと」
腕を組んだままのセレバーナが唸る。
しかしすぐに腕組みを解いて顔を上げる。
「裏口についても時間を掛けて調査して行きましょう。しかし、サコ。ペルルドール。二人はもうここに帰って来られなくなるが、決心は変わらないか?」
セレバーナの視線を受け、力強く頷くペルルドール。
「ええ。わたくしにはわたくしのやるべき事が有ります。世界の事はとても気になりますが、そんな良く分からない心配よりも王家の方が大切なのです」
「私も自分の医療技術向上の方が大切なんだ。途中で離脱するみたいで悔しいけど」
サコも真っ直ぐな瞳で応える。
「気にするな。サコが目指す場所は世の為人の為になる。それを優先するのは当然の事だ。そもそも、私達は女神になる為にここに来た訳ではないしな」
「ありがとう。――ここでやる事は無くなった訳だし、次にやるべき事も有る。ですから、明日、実家に帰ります」
「明日?そんなに早く?」
驚くイヤナ。
「ここの居心地の良さに甘えそうになる自分も確かに居るから、正直、精神が鈍る想いが有る。私としてはキッチリとしている方が身が引き締まるから」
サコは、貰ったばかりで握ったままのバッジに視線を落とした。
それの色合いを確認した後、背筋を伸ばす。
「ですので、シャーフーチ。私は実家に帰っても宜しいでしょうか」
「貴女はもう一人前です。貴女の足で立ち、貴女の意思で進みなさい」
「はい」
座ったまま姿勢を正したサコは、軽く頭を下げた。
「そっか。寂しくなるね」
イヤナが自分のバッジを握り締めてションボリとする。
「わたくしはいきなり帰る訳には参りませんので、もう少しここに留まりますわ。爺に手紙を出し、下の村に迎えに来て貰います」
王族スマイルになって言うペルルドール。
心はすでに王城に向かっている様だ。
「迎えに来るのはプロンヤさんだろうか。入院した時にお世話になったので礼を言いたいのだが、遺跡から出られない」
黒髪少女は悔しそうに奥歯を噛む。
プロンヤのお陰で不自由の無い、と言うか、有り得ないくらい贅沢な入院生活を送れたので直接会って頭を下げたい。
「セレバーナの感謝はキチンと伝えますので任せてください。――あ。どうやって手紙を出しましょうか。出たらもう戻れないんですよね?」
そこに気付いたペルルドールが眉間に皺を寄せる。
「私が出しますよ。魔法ギルドの人に届けて貰いますから、出した当日に王城に届けられます。信用出来る人なので暗号とかは必要無いですよ」
シャーフーチがそう言ったので、ペルルドールは胸を撫で下ろした。
王女の名前で手紙を出すと盗まれる恐れがあるので、下の村から手紙を出す時は偽名を使って爺が用意した私書箱に送っていた。
それを知られていた様だ。
以外と抜け目が無い。
「分かりました。明日、日が登ったら手紙を書きます。宜しくお願いしますわ、シャーフーチ」
「はい。――では、私は魔法ギルドに帰ります。ここから出られなくなった事をテイタートットに伝えれば、きっと貴女達の食料の手配をしてくれるでしょう」
「ああ良かった。慌てて冬籠りの準備を始めたんですが、一冬分には全然足りなかったのでどうしようかと思ってたんです」
袖で涙を拭い過ぎたせいで目が赤くなっているイヤナがハンカチで鼻をかんだ。
「ギルドは修行の場なので、新鮮さや豪華さは期待しない様に。では、お休みなさい。修了、おめでとうございました」
立ち上がったシャーフーチは、恭しく一礼してから転移魔法で姿を消した。




