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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
225/333

20

夕飯が終わると、シャーフーチは少女達に指示を出した。


「『巣立ちの儀式』は『名乗りの儀式』と同じ雰囲気で行います。窓をしっかりと閉め、リビングの入り口を布で塞いでください」


「はい」


「明かりも全て消してください」


返事をした背の高いサコが予備のシーツで入り口を塞ぎ、ペルルドールがその手伝いをする。

セレバーナが木製の窓を閉め、イヤナが暖炉の上とキッチン方面に設置してある極太のロウソクを吹き消す。

するとリビングが真っ暗になったので、シャーフーチは円卓の上に置いた一本の細いロウソクに火を灯した。

その明かりを頼りに円卓の周りにある自分の席に座る少女達。


「準備完了ですね。じゃ、始めますか。――みなさんにして頂くのは『物質変換』です。これは女神魔法ではありません」


シャーフーチは落ち付いた声で切り出す。

鈴虫が遺跡の外で鳴いている。


「物質変換は錬金術とも呼ばれ、魔法とは違う技術です。制限は多いですが、使いこなせれば仕事の役に立つでしょう」


言葉を切って間を溜めたシャーフーチは、微かに鼻を鳴らして笑った。


「真実を知っている我々には分かりますね?そう、穂波恵吾が齎した技術です。女神魔法じゃない訳ですから。まぁ、この場ではどうでも良い事ですが」


シャーフーチは、細い燭台の横に自分のスプーンを置いた。

心許ない炎を反射して銀色に輝く食器。


「これを使う事はもう無いでしょうから、これを変換してみせましょう。一度しか行いません。私の魔力を感じ、身体で覚えなさい」


スプーンを手に取ったシャーフーチは、少女達の視線をそれに集める。


「では、始めますよ。実質、これが卒業試験となります。失敗しても卒業取り消しはありませんが、ある物を得られなくなります。それはまた後で説明します」


シャーフーチの魔力がリビングに満ちて行く。

今まで感じた事の無いタイプの力が空気を震わせている。

魔法は精神力に左右される繊細な物なのだが、錬金術は力尽くで物質を捻じ曲げる荒っぽい感じだ。


「錬金術なので、セオリー通りに金へと変えましょうか」


師の強い魔力が更に大きくなり、リビング内の空気が金属っぽくなる。

勿論、本当に金属に変わってる訳ではない。

変わっていたらあらゆる生物は生きていられない。

それなのに金属が肌に纏わり付く様な感覚に襲われ、少々不快な気分になる少女達。

だが、それを感じているお陰で魔力の流れを全身で知覚する事が出来る。

師は魔力をどう使えば良いのかを分かり易く示してくれている様だ。


「材質は銀ですね。これを、こうして、こうです」


遺跡が歪むのではないかと思えるほどの力の渦。

その渦の中で銀の気配が金の気配へと変わって行く。


「はい、完成」


力の渦がスプーンに収縮し、シャボン玉の様に弾けた。


「以上です。分かりましたか?」


シャーフーチは、金色に変化したスプーンを円卓に置きながら笑む。

金と銀では重さが違う為、半分くらいの大きさに縮んでいる。


「ふむ。素材を一旦分解し、その質量を保持したまま変換し、完成形へを持って行く。と言った感じでしょうか」


「さすがセレバーナ、一発で理解しましたね。他の皆さんはどうですか?」


「何とか……」


ペルルドールが自信無さげに呟く。

イヤナとサコは頭の中で反芻しているのか、二人の身体から魔力が漏れ出している。


「出来る自信が有るのならやって貰いますが、この試験はとても危険なので、一人ずつ行って貰います」


「危険とは?」


セレバーナの金色の瞳が闇の中で怪しく輝く。

彼女の中に有る魔力の高まりがそうさせている。

頭の中ではすでに錬金術のシミュレーションが整っている様だ。


「素材を分解して変換する部分を失敗すると、多くの場合は爆発します。分解したまま変換出来なかった場合、毒ガスが発生したりします」


「ふむ。金属を砂より細かくして空気中にばら撒いたのなら、確かに毒ガスに成り得ますね」


セレバーナは腕を組む。

糸ノコギリで金属を切った時に出る金属の粉でも吸い込んだら危険だと聞いているので、それよりも細かい物を吸ったら肺が致命的なダメージを負いそうだ。


「そうなりそうになったら、師である私が弟子の魔力を一時的に封印します。そして分解された物を安全な所に捨てます」


「失敗しても誰かが傷付く事は無い訳ですね」


セレバーナの言葉に頷いたシャーフーチは、一呼吸置いて雰囲気を引き締めた。


「これが師としての最後のお守です。今後は自分の力のみで、自分の責任で魔法を使ってください」


「はい」


最後と聞いた少女達の雰囲気も引き締まる。

これが終われば全ての行動が自分の責任になる『大人』になるのだ。


「これからやって貰うのは、皆さんの指に嵌めている指輪を、皆さんの使い魔や杖に近い物質に変換する錬金術です」


弟子達は一斉に自分の手を見る。

それぞれの指に金色の指輪が嵌っている。

『名乗りの儀式』の時に師から貰った弟子の証だ。


「普通はその指輪の感触を覚える為に数年程度嵌め続けるらしいですが、まぁ、貴女達なら半年でも十分でしょう」


顔を上げた弟子達は、改めて師に注目する。


「そして、自分の分身である魔法具の構成物質も肌で感じ取っているはずです。古い道具を新しい道具へと変換する。それがこの儀式です」


そう言った後、全員の魔法具を円卓の上に出す様に指示するシャーフーチ。


「例えば。セレバーナの魔法具は杖ですので、指輪を木片に変えて貰います」


「金属を木片に、ですか。難しそうですね」


「杖は魔法具としては基本のアイテムですので、多くの人が挑戦している儀式です。成功率もそこそこ高いそうですよ」


「ふむ。なら頑張りましょう」


「変換した物質は魔法具の修理用素材になりますので、試験後も大切に保管してください。失敗したらそれが得られませんので、頑張って成功させてください」


「ほう。修理出来るんですか」


セレバーナは、杖に視線を落として眉を上げる。

今後何十年、女神になったらもっと長い時間扱う物なので、修理可能なら安心して酷使出来る。


「杖が折れたら、その素材を錬金術で融合させて直すんです。使い魔なら、羽根を復元させたり、怪我を治したり出来ます」


イヤナとペルルドールが自分の使い魔に顔を向ける。

トンボの羽を持った黒髪の妖精と黄金色に輝くモンキチョウは主人の前で行儀良くしている。


「ただし、それが出来るのは一回だけです。二回目以降は魔法ギルドで売っている専用の素材を買い、再度変換させる必要が有ります」


「ああ、売っているんですか」


胸を撫で下ろすサコ。

自分は格闘家なので、普通の人より腕力が有る。

なので、しゃもじの様な形の杖を大事に扱える自信が無かった。

もしも修理が一度きりだったら腫れ物を扱う様にしなければならないのかと悩んでいた。


「希少金属なので、それなりに良い値段ですけどね。――では、誰かチャレンジしてみますか?自信が無いなら後日でも結構ですよ」


「今すぐチャレンジしてみます」


セレバーナが右手を上げる。


「では、どうぞ。指と融合させない様に注意してくださいね」


「はい。――行きます」


セレバーナは、師に一礼してから左手の中指に嵌っている金色の指輪に金色の瞳を向ける。

魔力の波動を指輪の材質に呼応させると、リビングが魔力の渦に覆われた。

力の規模は弱いが、師が行っていた事の再現に成功している。

仲間達は、黒髪少女の集中を乱さない様に黙って見守る。


「これを、こう……」


魔力の雰囲気が徐々に金属っぽく変化し、それから徐々に木材っぽく変化して行く。

それに同期して、金の指輪が木の指輪に変化した。


「ふぅ。出来ました」


「お見事です。指輪を外し、大事に保管してください。これにてセレバーナの修行は修了です」


「はい。ありがとうございます」


無表情で頭を下げるセレバーナ。


「他の皆さんはどうしますか?」


「ではわたくしも――と言いたいのですが、さすがにいきなりは自信がありません」


視線を逸らして言い淀むペルルドールに優しい笑顔を向けるシャーフーチ。


「まぁ、普通はそうですよね。僅かでも不安が有ると失敗する可能性が高まりますので、また後日にしましょうか」


頷く他の三人。


「では、私はギルドに戻ります。明日の夜、ドラゴンが寝付いた後にまた来ますので、イメージトレーニングをしておいてください」


シャーフーチは細いロウソクの乏しい明かりの中で立ち上がる。


「でも、実践は絶対にしない様に。危険ですからね。今回の言い付けは絶対です。破ったら死人が出ると言う事を忘れない様に」


「はい」


「ドラゴンの機嫌次第では来れないかも知れませんが、なるべく来ます。ですので、入り口の布はそのままにしておいてください。では、解散」

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