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「あの、女神になるって話はどうなるんでしょう?」
イヤナが訊くと、シャーフーチは照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「実は、私は詳細を知りません。全く」
「えっ?」
夕食を食べる手を止め、驚く少女達。
その為に集められ、修行させたのではなかったのか?
「なぜなら、世界を残そうとしたのは穂波恵吾で、女神になろうとしたのはソレイユドールですからね。私とテイタートットは協力者でしかない」
「なら、この世界はどうなるんですの?わたくし達はどうすれば宜しいんですの?」
ペルルドールが不安そうな声を出す。
「取り敢えず、貴女達が健やかでいる内は大丈夫でしょう。世界が消えると言う言葉に実感を得ていない内は」
「実感、と仰いますと?」
「真実を知った者は焦燥感に襲われるんですよ。貴女達は終始修行を急かしていたので、無意識の内に焦っているんでしょうけど」
「それはペースがのんびりだったからですわ。別に世界がどうとかは考えていませんでした。当たり前ですけれども」
「そうなら良いんですけど。――では、保険を掛けると言う意味でペルルドールに重要な事を理解して貰いましょうか。どんな危機感を覚えるのか試してみましょう」
「な、なんですの?」
「テイタートットはこう言っていた事を覚えていますか?『ソレイユドール以外の王族は居なかった』と」
「ええ、確かに仰られていましたわね」
「つまり、彼女に両親は居ない。親戚も居ない。若い彼女は未婚で子供は居なかった。その状態で、世界の存続を願ってドラゴンに転生した。と言う事は?」
「……え?王族の血は途絶えている、と言う事ではありませんの?」
スープ皿の横にスプーンを取り落とす金髪美少女。
顔面が蒼白になっている。
「普通はそうなります。そこで疑問が発生しますね?」
「わたくしは、何者ですの……?」
「この世界は不安定です。一晩で五百年経つほどに。そして、女神の力を得たソレイユドールが願えば何でも叶う。『辻褄合わせ』と言う現象を利用すれば、何でも」
「え、ええ。理解はしていませんが、それをわたくしは知りました」
「下界の五百年は、実時間では一瞬です。私が寝て起きたら全ての辻褄合わせが行われていました。ここが理解に苦しむ所なんですが――」
黒髪ツインテール少女を見るシャーフーチ。
セレバーナは全てを察して落ち着いているが、口を開く事は無かった。
「女神候補達がここに集まって遺跡と下界の時間が同期した時、王女の願いは実現します。『エルヴィナーサ家が国を豊かに統治し続けている』と言う願いが」
シャーフーチは野菜スープを啜って喋り疲れを癒す。
「だから現在は国を第一に思う賢王が国を統治している。王が独裁政治をしない仕組みも作られている。国民による反乱が起きる気配も無い」
「ですが、現在の王族であるわたくし達の血筋は……?彼女は王家に跡取りが居ない事を理解していなかったんですか?そんな願いが叶う道理は有りませんのに」
「彼女は賢かった。だから世界の不安定さを利用出来た。跡取りが居なくても王家が存続出来ると確信していた」
「どう言う事ですの?」
「『世界五分前仮説』の利用ですよ。貴女達がここに来たあの日が、エルヴィナーサ家が存続している状態で始まる様にしていたんです」
「難しいですわ」
「魔王に誘拐された被害者を装ったのは、王女が魔王になったと言う話が広まると王家が潰れるからです。理由は分かりますね?」
「勿論。王女が人間の敵になったと知られたら、絶対に民意を得られません」
「彼女はかなり綿密に計画を練りました。『王家は絶対正義である』としたまま『辻褄合わせ』をした。その結果が、今ここに居るのです。貴女と言う存在が」
師に見詰められたペルルドールは、顎を引いて小首を傾げた。
数秒の間を開けて金髪美少女の思考を落ち着かせてからシャーフーチは続ける。
「実はソレイユドールには兄弟が居た、と願えば、辻褄合わせで矛盾が無くなります。これは予想でしかありませんが、それに近い事を願っていたんでしょう」
「……」
「女神の視点で捉えれば、貴女はソレイユドールの子孫と言えます。目を離した隙に世代が変わっていたら、それは間違いなく子孫ですから」
「……」
「要するに、今居る王族はソレイユドールの愛から産まれた存在なんです。それは確実です」
しばらく動きを止めて考えていたペルルドールは、表情を和らげてからスプーンを拾った。
「やはり理解は出来ませんが、納得は出来ました。恐らく、親が居なかったソレイユドールもそうやって産まれたんでしょうね。他の人達と同じ様に」
「そうです。この世界の生命体は、記憶と歴史を持って突如現れています。適材適所でね。現在の王族に親戚が居ないのも、それは願いの外だからです」
「確かに王には兄弟がいらっしゃいませんが、わたくしにはヴァスッタと言う親戚が居ます」
「それは貴女の修行に必要だったから発生したんですよ。それ以外の親族は居ますか?」
「……居ませんわ」
「マイチドゥーサはソレイユドールの補助をする為に女神の教えを広める神学校の存在を願いました。そのお陰で、今も女神の威光は健在です」
「そうですね」
神学校の制服を着ているセレバーナが良いタイミングで相槌を打つ。
「そして、コーヨコも魔物の害の消滅を願っていたはずですが……」
シャーフーチは悲しそうに微笑む。
「魔王城から一匹の魔物が漏れ出たあの時、彼の子孫は何も知りませんでした。『なんとなくそれを願った』程度では叶わないのでしょう」
ペルルドールが小首を傾げる。
あの時はゴチャゴチャしていたので明確には覚えていないが、灰色のローブを着た男は寂しそうな声色を出していた様な気がする。
「現在の勇者様が過去の願いを受け継ぐには、五百年前の先祖が明確に願っていなければならなかった。と言う事でしょうか」
「結果を見る限りではそうなんでしょうね。この『弱い願いは叶わない』の大規模な現象が世界の消滅だと私は考えています。女神抜きの考えですけどね」
「大切な事なので、分かり易く仰って欲しいですわ」
「普通の人は、余程の事情が無い限りは『幸せになりたい』と願っています。しかし、どう幸せになりたいかを具体的に願っている人は意外と少ない」
「それは理解出来ます。政治に不満を持つ国民の存在はわたくしも承知していますが、悪いところをどう改善したら良いのかを具体的に訴えられる人は――」
セレバーナを一瞬見るペルルドール。
「滅多に存在しないと学びました」
「そう言った、自分の生き方を自分で決められない人はこの世界には存在出来ないんです。なので、女神の修行に必要ない地域がどうなっているかは分かりません」
「わたくし達が知らない地域は消滅していると?」
「消えてはいないはずですが、世界の存続を願わないと世界が狭くなって来る感覚に襲われます。そこのところは神の領域なので人間には理解出来ません」
「――なるほど。新しい女神候補が明確な目的を持って修行を始めたから世界は狭くなっていない、と言う訳ですか。どの地域が修業に必要になるか分からないから」
セレバーナがポツリと呟くと、シャーフーチは少し考えた後に思い付いた。
「あ、今はロスタイムじゃないのか。そうではなく、修行の場と言う元々の存在理由の延長状態だから世界が問題無く存続出来ているのか。そうかそうか」
手を叩いて納得している師を見た四人の少女がずっこける。
「どうして貴方がそれを理解していないんですか!」
怒って立ち上がる金髪美少女。
「ですから、貴女達の修行を計画したのはソレイユドールなんですってば。私は彼女と穂波恵吾が私達に話した事を思い出して語っているだけに過ぎません」
「全く……」
呆れが籠った溜息を吐いたペルルドールは、疲れた表情で着席した。
「それを聞いた私は大仰な願いを想像出来なかったから魔王を継いだんです。魔物の封印も大切ですし」
「納得出来ますわ。凄く」
「魔王役は貴女達の師も兼ねていましたが、それはテイタートットも協力してくれるから大丈夫かなと」
悩みの無さそうな笑顔を見せたシャーフーチは、一転して真面目な顔になる。
「そう言う訳で、この世界は不安定です。女神候補である貴女達が焦燥感に襲われ、居ても立ってもいられなくなると――」
師の言葉を金髪美少女が引き継ぐ。
「世界の消滅がすぐ近くまで迫っている可能性が有る、と言う事ですわね」
「あくまでも予想ですが、そう言う事です。――どうですか?危機感、焦燥感は有りますか?」
ペルルドールは仲間達を見る。
セレバーナは無表情。
イヤナとサコは理解していなさそうな顔。
「そう言った物は感じていませんわ。今この場では、将来何かが起こるかも、とは全く思えず、焦ってもいません」
「なら大丈夫ですね」
「ちなみに、シャーフーチはどうなんですか?焦燥感に襲われていませんか?」
セレバーナに訊かれた灰色ローブの男は肩を竦めた。
「私は大丈夫です。今までもこれからもやらなければならない事でいっぱいですから」
「では、現状では世界の消滅はまだまだ遠いでしょうね」
円卓を囲んでいる面々は、黒髪少女の落ち着いた声に頷いた。




