17
雰囲気の重い遺跡にシャーフーチが戻って来たのは翌日の夕方で、夕飯の雑多煮鍋が出来る直前だった。
余った野菜を集めて適当に煮込んだ物だが、意外と良い香りだ。
「こんな時に遺跡を空けてすみませんでした。ドラゴンの寝床を作るのに手間取りまして。なにせ生態が不明な伝説の魔物ですし」
シャーフーチは、いつもの調子で言いながら円卓の上座に座った。
「おかえりなさい。ちょうど夕飯の準備が終わったところです」
神学校の制服を着たセレバーナがキッチンから出て来て、いつもの場所に鍋敷を置いた。
「万が一私の分が無かった時の事を考えて魔法ギルドで食事を買って来たんですが、どうでしょうかね」
「シャーフーチの分も作ってありますよ。余ったとしてもイヤナとサコが食べますし」
「そうですか。では、これは明日の朝ご飯にでもしてください。涼しくなって来たので一晩程度では悪くなったりはしないでしょう」
円卓に五個の箱を置くシャーフーチ。
「それは何でしょう」
「幕の内弁当です。魔法ギルドを見学に来た一般のお客用ですので、中身は普通ですけどね」
「全員の分を買ってくださったのですか」
「ええ。自分だけ別の物を食べるのも気が引けますし。全員集めて今後の事を話さなければなりませんしね」
「ありがとうございます、お師匠様。じゃ、セレバーナ。二人を呼んで来て」
大きな鍋を持ったイヤナがリビングに来て、それを鍋敷の上に置いた。
身の振り方を考えなければならない人は無理に家事をしなくても良いと言ってあるので、ペルルドールとサコはずっと部屋に籠っている。
「それには及びませんわ」
金髪美少女と茶髪少女がリビングに現れた。
特別な事情が無ければ決まった時間に夕飯が出来上がるので、それを見越して来たのだ。
半年も一緒に生活していれば身体が時間を覚えてしまう。
「集まりましたね。では、これからの事を話しましょうか」
人数分の皿が並べられ、いつも通りの質素な夕食が始まる。
お弁当箱は各人に配られており、それぞれが部屋に持って帰る事になった。
「まず、私はこの遺跡を出て行きます。彼女は産まれたばかりなので長時間離れる事が出来ませんからね。しばらくはドラゴンの世話に掛かり切りになります」
弟子達は野菜のスープを食べながら師の言葉に耳を傾ける。
「修行を終えた貴女達は、実家に帰るなり、大きい街に出稼ぎに出るなり、魔法使いギルドで再修行するなり、好きにして構いません」
「一人前の魔法使いになったのだから自分の思うままに歩け。と言う事ですか?」
代表して訊くセレバーナに頷くシャーフーチ。
「ただし、魔法使いとしての店を構えたいのなら、魔法ギルドに行ってその職業に就く為の資格を取らなければなりません」
「書店や飲食店の開店に必要な管理者や責任者等の資格と同じ物ですか?」
「そうです。ここでは公的な書類を発行出来ませんから」
「まぁ、そうでしょうね」
半笑いになるセレバーナ。
シャーフーチが真面目に事務仕事をしている姿は想像出来ない。
「普通の資格は国が発行しますが、魔法使いの資格は魔法使いギルドが発行します。それ無しで魔法を使った営業をすると無許可営業になってしまいます」
「それを得るには何らかの修行をしなければならないんですか?」
「いえ、貴女達はすでに月織玉を完成させた魔法具を手にしています。もうしなければならない修行は残っていません」
シャーフーチは、ペルルドールの金髪に停まっているモンキチョウを指差した。
それは月織玉から産まれた使い魔だ。
イヤナのおさげに座っている使い魔も、セレバーナとサコが持っている杖も、同じく月織玉から産まれている。
「なので、特例として、ギルド長に力を示せば資格を貰えます。彼も承知していますから、希望すればスムーズに話が進むでしょう」
「なるほど。それは有料?」
「申請から手続きを含めて、発行まで数週間くらいでしょうか。その間の生活費が経費になりますね。私と一緒の部屋で寝泊まりすれば無料ですが」
ペルルドールの冷ややかな視線を受け、肩を竦めるシャーフーチ。
「無いですね。まぁ、ギルドに籠る必要はありませんので、転移魔法を駆使して通うのが現実的でしょうかね。自分のペースで頑張ってください」




