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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
221/333

16

「お茶、淹れるね。お湯はまだ熱いからすぐだよ」


無言に支配されたリビングの重圧を破ったのはイヤナだった。


「ああ、悪いな。お願いする」


腕を組んで穂波恵吾のカードを見詰めていたセレバーナが応える。

床や壁に顔を向けていたサコとペルルドールも反応したが、声を出す事は無かった。

間も無く円卓によっつのカップが並び、イヤナは席に戻る。

再び沈黙。

それをすぐに破ったのは、今度はセレバーナだった。


「いきなりだが、私は女神になろうと思う」


驚く仲間達の表情を金色の瞳で確認しながら立ち上がるセレバーナ。

そして木製の窓を開ける。

すると涼しい秋風が入って来て、リビングに残っていたお香を吹き飛ばした。


「元々、私は魔法使いになりたかった訳ではない。新しい体験を期待してここに来たのだ」


制服のスカートの背の部分に差していたのし棒の様な形の魔法の杖を取り出したセレバーナは、それを恭しく湯気立つカップの横に置いた。

これを作る為に途轍もなく辛い思いをしたので粗末に扱う事は出来ない。


「魔法使いの修行がこれで終わりなら、次のステージに進みたい。異世界の知識と言う物にも興味が有る」


「お待ちなさい。即決が過ぎます。もっと慎重になった方が良いのではなくて?――そう、女神になると言う事はどう言う事なのかを聞いてからでも」


心配そうに眉根を寄せるペルルドールに首を横に振って見せるセレバーナ。

妙に髪の量が多いツインテールが細い肩を撫でている。


「実はな、みんなに言ってなかった事が有る。言う必要が無かっただけだが」


「何ですの?」


「私は心臓の手術を受けただろう?それで突然死の危険性が少なくなった訳だが、健康になった訳ではない」


椅子に座ったセレバーナは、少し言い難そうに続ける。


「結論から言うと、私は子供を産む事が出来ない、らしい。主治医の先生にそう注意されたんだ」


「どうして?」


主治医の先生の顔を知っているサコが訊く。


「心臓が弱い事に加え、身体の小ささも負担になるから、だそうだ。命懸けなら不可能ではないらしいが。――しかし、それはどうでも良いんだ」


セレバーナは湯気立つカップに右手を添えてそのぬくもりを感じる。

さすがイヤナ、飲み頃な温度。


「私は女の喜びには興味が無い。化粧品より本を買う方が嬉しい。綺麗なドレスを売り飛ばしても平気だ。だから生涯独身で良いと考えていたんだ」


「だから女神になろうと?浮世から離れ、恋愛や家庭を気にせずに勉強するのなら、人間でも女神でも同じだから?」


そう言うペルルドールに無表情を向けるセレバーナ。


「世界を存続させると言う名目で女神になるのなら、きっと永遠に近い寿命を得るだろう。余り有る時を使い放題だ。機械を作りたい放題、研究し放題、だ」


頬に手を当てたペルルドールは、微かに小首を傾げた。


「永遠に近い寿命……?言われてみれば、どう頑張っても人は百年以上生きられません。世界の寿命がその程度伸びたところで無意味ですわ」


「うむ。女神は長寿でなければ意味が無い」


「確かに」


「寿命が伸びずに代替わりするならするで、今度は私が次の女神を育てる事になるだろう。他人の子だが、私も子育てが出来る訳だ」


お茶を啜るセレバーナ。


「そんな訳で、私は女神になろうと決心した。女神になる為の修行も有ると言う話だから、絶対になれる訳ではなさそうだがな」


「しかし……」


セレバーナは右手を上げ、ペルルドールの言葉を制する。


「逆に女神にならないと考えると、ここ以外に行く所が無い。こんなに突然じゃなければ就職の準備が出来ただろうが、それはまだしたくない。まだ十四歳だしな」


黙ってお茶を啜っていたイヤナが普段通りの笑顔で口を開く。


「行く場所が無いと言うのなら、私もそうだよ。だから私も取り敢えず女神になろうと思う。一人しかなれないのならセレバーナに譲るけど」


「譲らなくても」


「私、難しい事は分からないから。女神になっても、世界の事は考えられないから」


「まぁ、その辺りはシャーフーチが戻って来たら訊こう。サコとペルルドールはどうする?今すぐ応える必要はないが、冬が来る前に決めた方が良い」


「それを考える前に質問なんですが、先程の五分前がどうとかと言う物は何なんですの?いまいち理解出来なかったんですけれども……」


形の良い眉尻を下げるペルルドールにサコも無言で同意する。


「それを理解する必要は無い。女神になる修行の中で教わる事だろう。教わらないかも知れないが。今は『辻褄合わせ』を何となく知っていればそれで良い」


「ですが、セレバーナは理解しているんでしょう?それを知らずに判断しろと仰られても。情報不足では正確な判断が出来ません」


「私も理解している訳ではない。知っているだけだ。それに、ギルド長の反応からすると、これは穂波恵吾の潜在能力による物だと思われる」


「どう言う事ですの?」


「この場にそれを理解する者が必要だったから私が『発生』しただけだ。穂波恵吾の『創造』はまだ生きている訳だな。恐らく……」


金色の瞳が円卓に向く。

他の少女の瞳もそちらに向けられる。

そこに有るのは穂波恵吾のカード。


「この『創造』は、文化、料理、衣服等、広範囲に渡って影響している。見てみろ、私達が着ている物を。同じ国の国民なのに、見事にバラバラだ」


セレバーナは神学校の制服。

ペルルドールは動き易いワンピース。

最近は涼しくなって来たので薄手のカーディガンを羽織っている。

サコはTシャツとズボン。

イヤナは継ぎ接ぎだらけのドレス。


「地方の特色と言えばそれまでだ。しかし、この世界が出来てから一年も経っていないのが真実なら、文化の発達がバラエティに富み過ぎている」


「その一年経っていない、と言うのもいまいち理解しかねます。それならわたくしの、いえ、全ての人間の親、そのまた親が生きていた証拠はどうなりますの?」


「それが全て存在した状態でこの世界が発生した、と言うのが五分前なんたらと言う物の前提だ」


「分かりませんわ。全然」


食い下がるペルルドール。

金髪美少女が疑問に思っている部分。

それは王家の歴史だ。

初代から現在在位しているペルルドールの父まで、数十代に渡る歴史が事細かに残っている。

神の御技とは言え、それの全てが辻褄合わせによって発生したと言う発想は有り得ない。


「更に、わたくしの祖母、プリィロリカの記憶をヴァスッタ族全員が持っていました。そして、彼等一人一人もそれぞれの家の記憶を持っています」


「待て。感情だけで否定しようとしているな?その言葉に終着点は無い。今はとりとめの無い話をしている場合ではない」


セレバーナに止められ、口を閉じるペルルドール。

確かに思い付くまま喋っているだけで、発言の要点はどこにも無い。


「私にも余裕が無いのでキツイ言い方になった。済まない」


「いえ。セレバーナの仰る通りです。少々頭に血が上っていましたわ」


「まぁ、君が戸惑うのも分かる。『五分前に世界が突如発生した事実を否定する事は出来ない』。こんな意味不明な言葉も珍しい」


言葉を区切ったツインテール少女は、腕を組んで続ける。


「これは肯定も否定も出来ない思考遊びだから、これを肯定、もしくは否定出来たら君は大天才だ」


「思考遊びとはどう言う物なんですの?」


「君がこの話を理解し、この話を否定してみせたとしても、それは必ず否定される。肯定してみせても否定される。なぜなら――」


円卓に肘を突いたセレバーナは、威嚇する様にツインテールの頭を金髪美少女に近付ける。


「これは正解の無い遊びだからだ。冷静になれ。私達はまだ女神ではないのだから、分からなくて当然なのだ」


姿勢を正したセレバーナは二口目のお茶を啜る。


「だがしかし、もしもそれが分かる様になれるのなら、私は女神になりたい。私はそう考えた。君達はどうする?それは君達が分からないなりに出す答えだ」


「そう……ですわね。一人になって考えてみますわ。では、また後ほど」


ペルルドールが重い足取りで退室して行くのを見たサコが後を追う様に立ち上がる。


「私も、部屋に帰って考えてみる。私がここに居るのは父の身体を治したいからだから、きっと女神にはならないだろうけど。でも、簡単には決められない」


サコも退室し、リビングに残されるセレバーナとイヤナ。

二人はしばらく無言でお茶を啜る。

そしてお茶が温くなるほどの時間が経った後、イヤナが溜息を吐いた。


「冬籠りの準備をどうしようかと考えてたんだけど、五人分じゃなくなる感じかな」


「そうだな。あの様子だと、三人分になるかな。いや、シャーフーチも魔法ギルドでドラゴンの世話をするらしいから、二人きりになるかもな」


「寂しくなるね」


「そうなると決まった訳じゃないがな」


「そうだね」


お茶を飲み干したイヤナは、円卓に手を突いて立ち上がった。


「さて、と。お昼の仕込みを始めましょうか」


「手伝おう。私の心も乱れているから、家事をして気持ちを日常に戻したい」


「うん」


セレバーナも立ち上がり、二人でキッチンに移動した。

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