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少年の様な姿をしているテイタートットは、大袈裟に肩を竦めて見せた。
「この世界の年齢が一歳にも満たないのは事実です。ですが、この半年強が一瞬の出来事ではない事は君達が一番良く知っているはずです」
「はい。ギルド長様が何を言っているかは全く分かりませんけど、みんなと一緒に過ごした時は一瞬ではありません!」
イヤナが自信満々に言う。
その根拠の無い言い切りに、思考に耽っていたセレバーナが現実に帰って来た。
確かにイヤナの言う通りだ。
働き、悩み、笑った時間はここに有った。
この遺跡の中に。
「今は世界が消える前のロスタイム中です。ロスタイムの方が長いですが、それはソレイユドールの覚悟のお陰です。僕達君達はそれを無駄にしてはいけない」
「そのロスタイムが無ければ私達は産まれなかった、と言う訳ですか。いや、『発生した』と言うべきか」
手術跡が有る胸に手を置いているセレバーナを再び指差すテイタートット。
「本来、この世界では君みたいな天才は生まれません。だが、特別な才能を持った子供が四人もここに居る。それには重大な意味が有る事を理解してください」
言いたい事を言い終えたテイタートットは、満足気に立ち上がった。
秘書さんはお香のランプを手に取り、栓を捻って匂いが立ち上っている穴を閉じた。
「それに、辻褄合わせも上手く使えばとても便利です。君達を育てる為のスケジュールの草案を考えておけば、一晩で勝手に出来上がるのですから」
「ここでの修行の概要は勝手に出来たんですか?」
「僕はそう感じました。でも、君達にとっては、五百年の時間に洗練された確かな修行ですよ。僕が作った魔法ギルドには五百年の歴史が確かに有りますからね」
「なるほど……時間の歪みも使いよう、ですか」
「僕からの説明は以上かな。じゃ、シャーフーチ。残りの説明をしたらギルドに来てください。ゆっくりで良いですよ。ドラゴンの部屋はこれから造りますから」
「分かりました。お疲れさまでした」
シャーフーチは、テイタートットと秘書さんの転移魔法を見送る体勢に入った。
お偉いさんのお帰りなので、少女達は起立して頭を下げる。
王女であるペルルドールは視線を送る事で礼とした。
「さて。では、ソレイユドールがドラゴンを転生体に選んだ理由を説明しましょうか。――座ってください」
ギルド長の気配が遺跡から消えた事を感知した全員が着席する。
シャーフーチは上座に戻る。
赤いドレスに包まれているドラゴンは膝の上に。
「このカードには穂波恵吾の知識も詰まっています。彼の世界には魔法が無く、機械が発達している世界だと聞いています。だからこの世界にも機械が産まれた」
シャーフーチは、円卓の上に残されているカードに視線を向ける。
もちろん、機械弄りが生き甲斐のセレバーナが反応する。
「夢の中でもそう訊かされました。異世界の機械はこの世界の物よりも遥かに進んでいる様ですね。非常に興味が有ります」
「そう言う反応をする人に手紙を送っているんですよ、ソレイユドールは。女神になりたいと思う人にね」
セレバーナは機械の知識を得たいと願うだろう。
サコは医学の発達を願うだろう。
イヤナは飢えの無い世界を望むだろう。
ペルルドールは王国の存続と繁栄を望むだろう。
「総数は百くらいかな。かなり多かったですね」
「そんなにですか?」
驚くサコ。
「新たな女神が産まれなかったら世界が無くなる訳ですからね。なりふり構ってはいられません。数撃ちゃ当たるです」
弟子達の顔を見渡したシャーフーチは、慈愛の笑みを浮かべて口を開く。
「貴女達は選べます。女神になるかどうかを。女神になると決めたら更に修行が続きますが、断った場合は、これで修行の終了です」
「……本当に、終わり、なんですの?」
青い瞳を見開いているペルルドールの唇がわなないている。
余りにも唐突過ぎる。
それに、まだ一人前になっていない。
「ええ。更なる修行を望むのでしたら、魔法ギルドに行くのも良いでしょう。取り敢えず、ここでの修行は以上です。貴女達は一人前の魔法使いです」
「そう仰られましても、こちらとしては物足りないと言うか、これで良いのかと言うか」
サコが戸惑いながら言う。
「貴女達が優秀過ぎるんですよ。月織玉もアッサリと自分の物にしてしまいましたし。私は、早くても三年位掛かるかなーと思ってたんですよ?」
「まぁ、事情を知らない我々としては、無意味な一日を過ごすのは苦痛でしたからね。娯楽の少ない最果ての地ですし」
再び腕を組むセレバーナ。
「貴女達が優秀だったのは、それだけ切羽詰まっていたからかも知れませんけどね。この世界には何年も修行する余裕が無かったのかも知れません」
シャーフーチは「説明に戻りますよ」と言って続ける。
「誰か一人でも女神なると決めた場合、更なる修行を続けて貰います。そして、この世界の維持に専念して貰う事になります」
シャーフーチは膝の上で丸まっているドラゴンに視線を落とす。
「最悪の最悪が起こった場合。ソレイユドールの自我が蘇らず、ただの魔物となった場合。その時は、女神となった者に成長したドラゴンを殺して貰います」
吹っ切れているかアッサリと言うので、少女達の反応が一瞬遅れた。
最初に反応したのはペルルドール。
「ドラゴンを殺す?それはつまり、ソレイユドールを、わたくし達の誰かが殺すと言う事ですの?」
「穂波恵吾の世界の神話に有るんですよ。世界龍と呼ばれるドラゴンが暴れ、それを倒した英雄譚が」
シャーフーチは膝で寝ている産まれ立てのドラゴンを撫でる。
ゴツゴツとした手触りには女性的な感じは全く無い。
「倒されたドラゴンの涙が川となり、肉体が大地となり、頭や乳房が山脈になるお話です。それに習い、彼女は自分の身体を世界の基礎にしようとしています」
「何と言う……」
ソレイユドールが覚悟している自己犠牲の精神に絶句するペルルドール。
「これが女神になれなかった彼女なりの答えです。人間に転生しなかったのは、それが出来ないからです。どうしても世界を残したかったんですね」
「それは決定事項ですか?」
相変わらず無表情のセレバーナが問う。
「彼女はそれを願い、世界の存続を望んだ。彼女を殺したくないと思うのなら、彼女の願いを否定したいのならば、どうぞ女神にならないでください」
「ならないでください?それで宜しいんですの?」
訝しむペルルドールに頷くシャーフーチ。
「だって、貴女達は魔法使いになりたいんでしょう?女神になるなんて、どう言う事かも想像出来ないでしょう?」
「それは……そうですけれども」
「貴女達全員が女神になれなかったとしても大丈夫です。私がそれをやります。そう言う約束ですから。そもそも普通の人間にはドラゴンは倒せない」
「シャーフーチが、ソレイユドールを殺すんですか?」
「ええ、そうですよ、ペルルドール。彼女の覚悟を無駄にする事は出来ません。私も世界の存続を願っていますから」
「ですが……」
「この世界には英雄が産まれません。ソレイユドールは特別になれる可能性が有る者に手紙を送りましたが、それに応えなかった時点で一般人に格下げされています」
ペルルドールは、口に水を含んだ様な顔で押し黙った。
凄く子供っぽい不満顔だった。
頭の中では勢い良く反論を考えている様だが、それが言葉になる事は無かった。
「だから勇者装備を持っている私がやるしかないんですよ。魔物退治になる可能性が有るので男性にも手紙を送っていた様でしたが、一人も来ませんでしたね」
「男が女神になるんですか?夢の中で女神は性転換を行っていましたが、それをするんですか?」
金髪美少女が動かなくなったので、セレバーナが訊いた。
「男の場合は神ですね。性転換はしないと思います」
「ですが、この国は女神信仰が一般的です。その常識を変えるのは困難かと」
「一瞬で百年くらい進めて下界との辻褄合わせを行えば、常識なんてアッサリ変わります。問題は有りません」
「ああ、なるほど。辻褄合わせは勝手に発動するんですよね?随分と便利ですね」
「もしも新しい女神が産まれず、誰もソレイユドールを殺せなかった場合。彼女は世界を滅ぼします。ドラゴンは強大な力を持っているので可能らしいです」
「え?どうしてですか?」
話に付いて来れずにボーっとしていたイヤナが声を上げる。
理解出来る言葉が聞こえたのでなんとなく反応したんだろう。
「何も知らずに消滅するよりは、死を自覚して終わらせた方が良い、と言う考えらしいですね。正直、私には理解出来ませんが」
「私は分かりますね。死と言う結末は必要だと思いますよ。もっとも、苦しまずに消えたいと思う方が現実的でしょうけどね」
セレバーナが心臓の辺りに手を置いた。
死を身近に感じているが、しかしそれがいつ訪れるのか分からないと言う状態はとてつもなく辛い。
「以上で私からの教えは終わりです。本来なら『巣立ちの儀式』と言う卒業式をしなければならないんですが、こんな状況ですからね。また後日に行いましょう」
シャーフーチは目を伏せながら立ち上がる。
その胸に抱かれている白いドラゴンはまだ眠り続けている。
「それまで、貴女達は今後の身の振り方を考えてください。一人で考えるも良し。仲間と相談するも良し。後悔の無い様に」
少女達は揃って口を半開きにしている。
短時間で膨大な情報を知ってしまった為に全員が混乱している様だ。
なので、シャーフーチは椅子から離れて微笑んだ。
「では、私は魔法ギルドに行って来ます。このドラゴンはそこで育てます。私もそちらで寝泊まりする事になるでしょう」
「もう戻ってらっしゃらないんですか?」
イヤナも立ち上がる。
「誰か一人でも女神修行をするのなら通いになるでしょうね。テイタートットに見せられて知っているでしょうが、ここが女神の住居ですから」
感慨深げに円卓を撫でるシャーフーチ。
この円卓は神の国の素材で出来ているので、女神にしかその能力を引き出せない。
これを弟子の誰かが使いこなす日は来るのだろうか。
「ああ、それと、穂波恵吾のカードは触らない様に。何が起こるか分かりませんので」
そう言い残したシャーフーチは、転移魔法で消えて行った。
残された少女達は、無言でお互いの顔を見合った。
誰も何も言えなかった。




