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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
208/333

3

リビングの上空を何度か旋回した白いドラゴンは、ゆっくりと円卓の上に降り立った。

悠然と歩くその姿は、絵本などで描かれているドラゴンその物だった。

それはそれは恐ろしい怪物として語り継がれている存在なのだが、目測で十五センチくらいの体格なので、サコなら素手でも退治出来そうだ。


「大丈夫ですか?」


泡を食ったシャーフーチがリビングに戻って来た。


「ドラゴンと思われる生物が我々の朝食を狙っていますが、それ以外の問題は有りません」


シャーフーチは冷静に言うセレバーナを見、キッチンから頭を出しているイヤナとペルルドールを見、最後にサコを見る。

全員の無事を確認した師は、胸を撫で下ろしてから長い黒髪を掻き上げた。


「貴女達の事ですから質問攻めをしたいでしょうが、それはちょっと待ってください。私もまだ事態を飲み込んでいませんから」


「分かりました。私達は避難しておきましょう。相手は伝説の魔物であるドラゴンの様ですし」


セレバーナは慌てず騒がず、サコと共にキッチンに行く。

妙に落ち着いているので、その身に宿す潜在能力で危険は無いと見抜いているのだろう。

セレバーナの潜在能力は真実の目。

余計な事を知られてしまう可能性が有る、一番困る能力だ。


「えっと。もしもし?ちょっと宜しいですか?」


腰抜けのナンパみたいな口調で円卓の上のドラゴンに話し掛けるシャーフーチ。

白いドラゴンはそれを無視し、イヤナの皿を覗き込んでいる。

しかしキノコと里芋には興味無いらしく、別の皿に顔の向きを変えている。


「もしもーし?おっと」


頭を触ろうとしたシャーフーチの指に噛み付こうとするドラゴン。

慌てて手を引っ込めたシャーフーチは、肩を落として溜息を吐いた。


「うーん。産まれ立ての爬虫類、って感じですねぇ。どうしたものか」


その様子を窺っていたイヤナが恐る恐るリビングに入って来る。


「えっと、その子は魔物、なんですか?見た感じ、お腹が空いているみたいなんですけど……」


「そうですねぇ。朝、イヤナが聞いた物音は彼女が産まれた時の音の様です。産まれ立てならお腹が空いているでしょう。……多分」


「彼女?ドラゴンの性別の見分け方をご存知なので?」


何気ない言葉に目ざとく反応するセレバーナ。

それを必死に無視するシャーフーチ。


「ドラゴンは何を食べるんでしょうか。ご存じですか?セレバーナ」


「さて。伝説の生物ですからね、ドラゴンは。生態に関する資料は無いかも知れません。ドラゴン研究家の名前を見た事が有りませんし」


「生後数時間なら、ミルク、でしょうか。下の村に行ってヤギの乳を貰って来ましょうか?」


サコもそう言いながらリビングに戻ったので、セレバーナとペルルドールもキッチンから出て来る。


「うーん、どうしましょうか。まぁ、やるだけやってみましょうか。取り敢えず朝食を済ませてから、お願いします」


「分かりました」


頷いたサコは、ドラゴンを警戒しながら自分の席に座った。

白いドラゴンは黒い瞳でサコを見上げたが、特に興味を示さなかった。


「大人しい子、みたいね。可愛いかも」


イヤナも席に座る。

ドラゴンはつぶらな瞳でイヤナを見上げ、それから立ちっ放しのペルルドールに厳つい顔を向けた。

そのままペルルドールから目を離さなくなるドラゴン。


「な、なんですの?なぜわたくしを見詰めてるんですの?」


「ふむ。なるほど。危険は無い様だ」


頷いたセレバーナは、自分の席に座ってスープを食べ始めた。

魔物を眺めながら食事を続ける肝っ玉の据わった弟子達に苦笑を洩らしたシャーフーチも上座に着く。


「イヤナの使い魔に二階の事を訊くなと言ったのは、このドラゴンの事を知られると不都合が有ったからです。だからセレバーナ、推理はしない様に」


「そのドラゴンがここに居る。私達はその存在を知った。しかもその存在に戸惑っている。ですから、知られたくないは通用しないのでは?」


冷静に返され、ぐうの音も出ないシャーフーチ。


「……言いたい事、聞きたい事は沢山有るでしょうが、今は止めておきましょう。食事が済んだら、私はギルドにドラゴンの扱い方を聞いて来ます」


「わたくしはどうすれば良いんですの?」


ドラゴンに見詰められているペルルドールは、飛び付かれるのが怖くて円卓に近寄れない。


「少々お待ちください。これを食べ終わったら二階に連れて行きますので」


そう言ったシャーフーチは、冷め掛けているスープを一気に食べた。


「すみませんね、折角の料理を駆け足で食べてしまって。美味しかったですよ」


里芋を頬に貯めながら立ち上がったシャーフーチは、ドラゴンに向けて両手を伸ばした。


「ピャーッ!」


しかしドラゴンに威嚇されて手を引っ込める。


「うーん。噛み付かれそうですねぇ。怖い怖い」


「私がだっこしてみましょうか?人間は怖くないんだって事が分かれば大人しくなるはずです。まだ赤ちゃんですし」


手を上げたイヤナに首を横に振って見せたシャーフーチは、口の中の物を噛み砕いて飲み込んだ。


「このドラゴンはペルルドールに興味を示している様です。彼女に頼みましょう」


「わ、わたくし、ですか?」


円卓に近寄れないまま立ち続けている金髪美少女は、あからさまにやりたくなさそうな顔をした。


「お願いします。このまま放置する訳には行きませんから」


シャーフーチは無慈悲にも笑顔で念押しする。

他の少女達にも期待の視線を向けられ、渋々円卓に近付くペルルドール。

王族なので、何が有っても無様に下がらない様に教育されている。


「分かりましたわ。――よしよし、怖くありませんからね。怖くないですよー」


「怖がっているのは明らかにペルルドールの方だがな」


第二王女のへっぴり腰を見ながら呟くセレバーナ。


「怖いのは当然です!産まれ立てとは言え、ドラゴンですよ?御覧なさい、あのキバ!」


口を半開きにしている赤ちゃんドラゴンを指差すペルルドール。


「うむ。立派な歯が生え揃っているな。健康で結構」


「こらこら、茶々を入れない。さ、続きをどうぞ」


「全く……。はい、はーい、良い子ですねー。ジッとしていてくださいねー」


ジリジリとドラゴンに近付くペルルドール。

その様子を大人しく見詰めていたドラゴンは、伸ばされた白魚の様な指に噛み付こうとした。


「ひゃっ!」


ペルルドールは慌てて手を引っ込める。

そのスピードはサコの拳打より早かった。


「ダメですか。仕方有りません、えい」


シャーフーチが指を鳴らすと、白いドラゴンは舟を漕ぎ始めた。

可愛らしくあくびをした後、丸まって眠るドラゴン。


「魔法で眠らせたんですのね。――それが出来るのなら、どうして最初からやらなかったんですか!」


無事だった自分の手を胸に抱いて安心した後、形の良い眉を吊り上げて怒るペルルドール。


「産まれ立ての赤ちゃんを力付くで寝かせるのは問題無いと思うんですか?今回はペルルドールの指の方が大切だから、仕方なくです」


シャーフーチは眠るドラゴンを優しく抱き上げた。

鼻先を指で突いて本当に眠っているかどうかを確かめる。

少しムズかったが、暴れる事は無かった。

睡眠魔法は完璧に通じた様だ。

おとぎ話では魔法防御にも長けているとされている生き物だが、まだ赤ちゃんなので抵抗力は皆無らしい。


「確かに仰る通りですわね。仕方ありませんわね……」


師が自分の為に魔法を使ってくれた事に照れ、しかしそれを顔に出さずに席に着くペルルドール。

ペルルドールは少々潔癖症な所が有り、遺跡内で唯一の男性であるシャーフーチを嫌っている。

だが、魔法使いとして成長した彼女も師の凄さを肌で感じている為、当てつけがましく距離を取る事はもうしなくなっている。


「では、私はこの子を二階で眠らせた後、ギルドに行って来ます。サコ、ミルクが有料だった場合、私が後でお金を渡します」


「その必要はありません」


不意に現れた男の子の声に全員が驚く。

今日は予期せぬ珍客が多い。


「ドラゴンの気配を感じたので、私の方から伺いましたよ、シャーフーチ」


ペルルドールと同年代くらいの男の子は全身真っ白だった。

髪も服も白く、瞳だけが黒い。

そんな子の隣に立っているのは、金髪の女性。

見事なプロポーションを自慢するかの様なスーツを着ているその女性には見覚えが有る。


「貴女は魔法使いギルドの秘書さん」


そう言うセレバーナに笑顔で頷く女性。

やはり美人だ。


「セレバーナさんとサコさんは数週間ぶりですね。ペルルドール様とイヤナさんは始めまして。こちらのお方は魔法使いギルドのギルド長です」


美人の秘書さんに紹介された男の子は、天使の様な笑顔を遺跡の面々に向ける。


「始めまして。僕は魔法使いギルド長のテイタートットです。ペルルドール様とは王城でお目通りした事が有りますよね」


「え、ええ。そのギルド長が何の御用事でしょうか」


王女として扱われたので、頭を下げずに質問するペルルドール。


「そのドラゴンが復活したと言う事は、君達の修行の終わりを意味します。その説明に来たのです。シャーフーチでは説明し辛いでしょうからね」


「修行の終わり、ですって?」


驚いたペルルドールは、赤ちゃんドラゴンを抱いている師に青い瞳を向けた。

灰色のローブを着て突っ立っているシャーフーチは、初めて見る思い詰めた表情でギルド長を見詰めていた。

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