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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
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1

椅子を蹴倒した様な物音が石造りの遺跡に響き渡った。

それを聞いたのは早起きが日課のイヤナだった。


「!?」


水を汲みに地下に行こうとしていたイヤナは驚き、階段の途中で動きを止める。

音は上から聞こえて来た。

二階にはシャーフーチしか居ないから、彼がつまずいたのかも?

息を顰め、耳を澄ましてみる。

夜明け直後のヒンヤリとした空気は痛いくらいに静かだ。

痛がる声も誰かが動く気配も無い。


「ねぇ、マギ。お師匠様はどうしてる?」


赤髪を留めている黄色いカチューシャに座っているトンボ羽根の妖精に話し掛けるイヤナ。

少女の使い魔である妖精は主人の肩に降り、耳元で囁く。


「お休み中、か」


黒髪をポニーテールにしているこの使い魔は何でも知っている。

そう言う能力を持って産まれて来た。

だから二階に居るシャーフーチが寝ているのは確かだろう。

お師匠様の部屋は沢山の本が山積みになっているので、多分、それが勝手に崩れたんだろう。

マメに整理整頓をする様な御方ではないし。

使い魔にもう一度訊けば真実は分かるだろうが、この妖精に喋らせると結構な量の魔力を消費する。

今のイヤナの技量ではあっと言う間に魔力が枯渇するので気軽には質問出来ない。


「まぁ、何か有ったとしても、お師匠様なら大丈夫だよね。なんて言ったって、強大な魔力を持った魔王なんだし」


何ヶ月も修行して来たお陰で師の魔力の大きさを肌で感じられる様になった。

魔力の差を水量で例えるなら、少女の魔力はマグカップ程度で、師の魔力は水田地帯のダム湖くらいだ。

彼ほどの魔力が有ればマギを自在に使えるだろう。

そんな師匠が弟子の手助けを必要とするとは思えない。

そもそも二階への立ち入りは禁止されている。


「これからも修行を頑張らないとね」


主人の言葉に頷いたマギは、普段の定位置である三つ編みのおさげに座った。

喋らずにじっとしていれば魔力はほぼ消費しない。

気を取り直したイヤナは石造りの階段を降りる。

地下には井戸やトイレと言った水場が有り、そこで料理に必要な水を汲む。

そしてキッチンに戻って朝食の下準備を始めていると、茶髪のサコが起きて来た。

身体が大きく力持ちな彼女の朝は畑のチェックから始まる。

秋も終わりが近くなって来ているので、収穫を待っている野菜しか残っていない。

なので、やらなければならない事はほとんど無い。

だからサコは筋肉を目覚めさせる運動をする為に封印の丘を駆け降りて行った。

そのまま適当に下の村の外周を走り、食料になりそうな小動物が居たら捕まえてくれるだろう。

次に起きて来るのはパジャマ姿のペルルドール。

この金髪美少女はこの国の第二王女で、王位継承権を持った超重要人物だ。

そんな彼女の朝は円卓が有るリビングを掃き掃除する事から始まる。

高級絨毯の四隅を軽く捲り、その下までキチンと掃く。

身の回りの全てを使用人に任せていた王女なので当たり前だが、最初の内は手際が悪く、リビングの掃除だけで朝が終わっていた。

しかし今は玄関や廊下、地下の水場周りまで掃除出来る様になった。

朝食が出来上がる頃にはワンピースに着替えていて、リビングの端に置いて有る籐椅子に座って通販雑誌を読んで時間を潰す。

最後に起きて来るのは、妙に量が多い黒髪をツインテールにしているセレバーナ。

神学校の制服を着ている彼女には決まった朝の仕事は無い。

円卓の自分の席に着き、朝食が並ぶまで静かに待つ。

いつも姿勢良く椅子に座る彼女だが、目を瞑っている時は寝ている。

驚いた事に、彼女は起きている様に見える姿勢で眠れると言う特技を持っている。

今は目を瞑っているので、昨夜は遅くまで何かの機械を弄っていた様だ。

最近、彼女のお陰でキッチンの竈が進歩した。

どんな仕組みかはイヤナには理解出来ないが、竈に蓋とドアを付ける事で火種の持ちが格段に良くなった。

風力発電とか言う物も追加され、新設された小さな竈に鍋を置いてスイッチを捻るとお湯が沸く。

ただ、こちらはあまり役に立っていない。

電気を使うより火にかけた方が沸きが早いからだ。

冬になって水が冷たくなったら使い道が有るかも知れない。

薪をくべて火を起こさなくてもぬるま湯が使えるのなら、顔を洗ったり歯を磨いたりするのが辛くなくなるだろう。

そんな感じで遺跡の生活が快適になる機械を作ってくれているので、彼女には朝の仕事が無いのだ。


「ただいま。シャーフーチを呼ぶよ?」


リビングに現れたサコが、その奥に有るキッチンに向けて声を張る。

夏は汗だくになっていたサコだが、今日は全く汗を掻いていない。

季節は確実に涼しくなっている。

短髪だったサコの茶髪も肩に届く位にまで伸びている。

冬に向けて、防寒の為に伸ばしているらしい。


「うん。お願い」


イヤナは、外に出ていたサコが帰って来る時間を見計らって調理を仕上げていた。

今日の朝ご飯はキノコと里芋のスープ。

今年は気候も良く、作物の育ちが良かった。

だから最近はお腹いっぱい食べられる。

冬に向けて脂肪を蓄えたいのだが、イヤナ以外の少女達は沢山食べるのを嫌がる。

たまの御馳走なら限界を超えて食べたりするが、日常的な過食はお気に召さないらしい。


「太ると動きが悪くなるから」


と、お師匠様を呼んで戻って来たサコが言う。

彼女は元々大食いなので、これ以上食べられても食費が大変になるから無理強いは出来ない。

食べた物は全て筋肉になってしまうみたいだし。


「思考に必要な糖分なら大歓迎だが、通常の食事は普通で結構」


今まで起きていましたよ、と言わんばかりの無表情で言うセレバーナ。

元々小食だった彼女は夏前に心臓の手術を受けていて、それからはもっと小食になってしまった。

いっぱい食べさせると血流やら血行やらが激しくなって身体に良くないかも知れないので、彼女にも無理強いは出来ない。


「わたくしはついうっかり食べ過ぎてしまうので、あまり勧めないでください」


四人の中で一番スタイルの良いペルルドールが言う。

その高貴な血筋のせいか、一番年下なのに程良く胸が大きく、一際腰が細い。

しかし、彼女は胸とお尻が大きいのがコンプレックスらしい。

だからあえて食べる量を抑えているそうだ。


「どんなに食べても大きくならない私にケンカを売っているとしか思えない」


ペルルドールのひとつ上であるセレバーナが無表情で言う。

黒髪少女は十四歳だが、それを知らなければ八歳か九歳くらいにしか見えない。

スタイルにも女らしさが未だに見られない。


「折角の秋の恵みなのに、しょうがないなぁ。――まぁ、無計画に胃を大きくしても後が辛いから今まで通りで良いか」


溜息を吐いたイヤナは、しても意味が無い話はもうしないと心に決めた。

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