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地下に残ったセレバーナは、そのままトイレの電球の修理を始めた。
手先の仕事に集中していると病み上がりの体調の悪さを忘れられる。
制服の内ポケットに入れてある薬王餌の石の効果も有るだろう。
レアアイテムらしいので、なくさない様に、この石を入れておけるくらいの小さな巾着袋も作ろうか。
そうこうしていると、自分を呼ぶ声がした。
もう昼か。
作業を中断し、階段を登る。
「おーい、ペルルドール。こっちだ」
空き部屋が並んでいる廊下の曲がり角を進んでいた金髪美少女の背中に向けて手を振るセレバーナ。
麦わら帽子を被っているが、顔や髪を隠す気は無いらしい。
「あ、そっちでしたの。ハチミツと数種類の木の実をふんだんに使ったパンケーキ、と言う物を買って参りましたわ」
ペルルドールは蓋がされた皿をセレバーナに手渡す。
まだ温かい。
封印の丘はそこそこ広いのに冷めていないと言う事は、急いで登って来てくれた様だ。
ひ弱だった第二王女も随分と体力が付いた物だ。
「ありがとう。ほう、美味そうな匂いだ。ペルルドールも一緒に食べるだろう?」
「いえ、わたくしはお腹いっぱいで。誰かしらに会う度に食べ物を頂くんですもの。セレバーナも村に行けば収穫祭を楽しめますわよ」
「それは楽しそうだな。買いたい物が出来たし、体調も良くなって来たから、ペルルドールの魔力込めが済んだら一緒に行こうか」
「ええ。そのお皿も返しに行かないといけませんし、行きましょう」
「ところで、随分と重いが、これはシャーフーチの分も有るのかな?」
「ええ。一応、三人分。ですが、先程も言いましたが、わたくしはお腹一杯なので。食べられたら全部食べてもよろしいですわよ」
「そうか。では遠慮無く頂こう。魔力込め、頑張ってくれ」
「はい」
普段通りの高貴な笑顔に見えるが、少し余所余所しい。
卑猥な薄い本効果がまだ残っているのか。
「しかしまぁ、何だなぁ。君に嫌われる為に変な本をこれ見よがしに読んだ訳だが」
「え?ええ、そうでしたわね」
ペルルドールの笑顔が引き攣る。
やはりアレのせいだったか。
「アレをもう読まなくて済むと思うと、とても清々しい気分になるな。読んでいる最中は頭がおかしくなりそうだった」
「それはそうですよ、あんな物……」
表紙の絵を思い出すのも汚らわしい、と美しい顔を歪ませるペルルドール。
「あんな物を好んで買っているシャーフーチに折角のパンケーキを分けるのは不本意だが、アレでも我々の師だからな。仕方有るまい」
セレバーナが溜息と共に肩を竦めると、ペルルドールも同意を込めて肩を竦めた。
取り敢えず、卑猥な物への嫌悪感を自分から師へと移した。
これで彼女との蟠りが取れたのなら良いが。
「さて。お昼にするか。また後ほど」
「ええ、また」
セレバーナはキッチンへ、ペルルドールは自室へと行く。
そしてお湯を沸かした黒髪少女はシャーフーチを呼ぶ。
「食事が済んだら収穫祭に行くんですか?」
すぐにリビングに来たシャーフーチは、ふたつのカップに紅茶を淹れているセレバーナに訊く。
「杖の完成を確認したので、そうするつもりです。もう孤独になる必要もありませんしね」
「そうですか。――みなさん楽しそうですので、私も参加してみたくなっちゃいましたね。夜が更けてから、ちょっとイタズラしてみましょうか」
「イタズラ、ですか?」
「最後の最後でちょっと、ね。楽しみにしてください」
「ふむ」
そして二人で円卓を囲んでパンケーキを頂く。
秋の実りに感謝する物なので、ボリュームがとてつもない。
三人分と言う話だったが、小食なセレバーナを基準にすれば五人分は有りそうだ。
「シャァーフーチィィーッ!」
石造りの遺跡に金切り声が響き渡った。
リビングに居る二人はニワトリを絞め殺した様な声に驚き、フォークを持った手を止める。
「わたくしの月織玉が孵りましたのッ!来てくださいませッ!」
「孵った、と言う事は使い魔でしょうかね。ちょっと行って来ます」
大きく口を開けて残りのパンケーキを詰め込んだシャーフーチは、お茶のカップを持ってリビングを出て行った。
一人残されたセレバーナは、ゆっくりと自分の分のパンケーキを頬張る。
余ったパンケーキは自室に持って帰って夜食にでもしよう。
「使い魔なら説明だけで終わるのかな?そうならすぐに村に行くだろうから、出掛ける準備を済ませてから電球修理の続きをして時間を潰すか」




