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「――と言う訳だったんだ。本当に済まなかった」
セレバーナは腰を90度曲げて頭を下げた。
警戒顔で謝罪の言葉を聞いていたペルルドールとサコは、事情を知って肩の力を抜いた。
「そう言う事でしたの。おかしいと思いましたわ」
「何かの理由が有るとは思ってたけど、そんな条件だったとは。私も昨日魔法ギルドに行って条件を出されたから、その時にもしかしてって思ったけどさ」
「ほう。サコも杖を作るのか。それは喋っても良い事なのか?」
「全然大丈夫。私の条件は『自分の力で自分の魔法使いローブを作る事』だってさ。期限は一週間。普通の布で良いそうだよ」
それを聞いたペルルドールが金色の眉毛を上げた。
「セレバーナとは随分難易度に差が有りませんか?確かに服一着を作るのは簡単ではありませんが」
「サコにとっては難しいんじゃないかな。だって、ホラ」
イヤナがキッチンから出て来た。
そしてリビングに居る仲間達に向けて一枚の雑巾を掲げる。
一回使ったのか、食用油を吸った部分が変色している。
「これ、サコが破けたシャツで作ったの。昨夜、試しにね。これを見てどう思う?」
汚いので、ペルルドールは抓む様にそれを持つ。
すると、折り畳んであった部分が解けて四倍の大きさになった。
「あら、解けてしまいましたわ。ごめんなさい」
「ううん、それでもちゃんと縫ってあるのよ。ただ、縫い目が雑過ぎて雑巾の形を保てないだけ」
イヤナは苦笑いする。
腕を組んだセレバーナは、広がった雑巾を見詰めながら頷く。
「なるほど。それがサコにとってもっとも必要な事、と言う訳か。私達は手が出せないから頑張ってくれ」
「うん……」
男みたいな体格のサコは情けなく肩を落とす。
その様子を見たペルルドールは、鼻息荒く両手で拳を作った。
「この感じですと、わたくしの月織玉ももうすぐ魔力が満タンになりますわね。頑張りますわ」
「急ぐ事はないぞ、ペルルドール。杖になったら、とんでもなく厳しい条件が出されるからな。魔力と体調は万全にしておいた方が良い」
「そ、そうですわね。では、イヤナみたいに妖精が産まれたらどうなりますの?」
雑巾を返してもらったイヤナは、慣れた手付きでそれを元の形に戻した。
サコが一生懸命繕った物なので、縫い直さずに使い続けるつもりらしい。
「えっとねぇ。月織玉に魔力を込めるのが永遠に続く感じかな。この子は私の魔力で生きているんだって」
イヤナは仲間達に背を向ける。
赤髪の三つ編みにトンボ羽根の妖精が座っていた。
少女達の視線を受けた黒髪妖精は、ポニーテールを揺らして三つ編みの影に隠れた。
一丁前に恥ずかしがっている。
「だから、魔力の供給をサボるとこの子は死んじゃう。私が死ぬ時はこの子も死ぬ。そう言う関係なんだってさ」
「杖は持ち主の能力をサポートするアイテム。使い魔は持ち主自身をサポートするアイテムです」
シャーフーチが、そう言いながらリビングに来た。
四人の少女が師に注目する。
「そして、ペルルドールの月織玉が何になるかはまだ分かりません。完成に影響が無い様に、他人を気にしないでください」
「ですが、残るはわたくしだけですので気になって気になって。杖と使い魔以外の結果も有るんでしょうか」
「それは秘密です。月織玉が完成しなければ説明のしようがありませんしね。急いで完成させようとせず、貴女の願いを丁寧に込めなさい」
「はい」
師らしい事を言われたので、ペルルドールは大人しく頷いた。
それに頷きを返したシャーフーチは、腕を組んでいるツインテール少女に顔を向けた。
「で。セレバーナ。みなさんには許して貰えましたか?」
「そう言えば、まだ許しを貰えていませんでしたね。――サコ。ペルルドール。そして、一番酷い事をしてしまったイヤナ。私を許して貰えるだろうか」
手を下して姿勢を正したセレバーナが訊くと、イヤナが口を開いた。
「その前に。ちょっと良いかな、サコ、ペルルドール」
茶髪少女と金髪美少女の視線を自分に集めた赤髪少女は、妹を叱るお姉さんみたいな表情になった。
「セレバーナに『みんなに嫌われる』って言う試練が出たのは、私達がセレバーナに頼り過ぎていたからなんだって。マギがそう言ってた」
「言われてみればそうですわね。何か有るとすぐにセレバーナの発言を待ってしまいますわね」
ペルルドールが小首を傾げながら納得する。
「私もセレバーナに頼る事が合格への一番の近道だと思ってたから、自然とそうしてた。だから、私達にもそんな試練を出させてしまった責任が有ると思うの」
「確かに」
頷くサコ。
「だから。私達もごめんなさいして、両成敗にするのが良いと思うんだけど、どうかな」
「そうですわね。――ですが」
ペルルドールはジト目で師を睨んだ。
「あの卑猥な本の存在だけは許せませんわ」
「ええ?別に誰かに迷惑を掛ける訳でもないから許してくださいよ。セレバーナの役にも立ちましたし」
とばっちりを受けたシャーフーチに笑顔を向けるイヤナ。
「じゃ、お師匠様も謝りましょう。それでお終いです」
「全くしょうがありませんねぇ」
そして全員が謝り、全員が全員を許した。
これで全てが一件落着となったのだった。
「って、わたくしは卑猥な本を許すつもりはありませんわよ!全て処分するまで――」
「まぁまぁ。さ、ペルルドール。朝食を作るの手伝って」
「え?あの、ちょっと……」
ペルルドールの腕に抱き付いたイヤナは、そのまま二人でキッチンの方に行った。
「イヤナには本当に敵わないな。では、私達も手伝うか。イヤナ。今日の朝御飯は何だ?」
薄く笑んだセレバーナは、サコと一緒にキッチンに向かった。




