20
「じゃ、朝ご飯にしましょうか。そろそろサコも帰って来るだろうし」
問題の解決を察したイヤナは、天然の明るさで空気を変える。
「では、我々はこれで失礼します。勝手に部屋に入って申し訳ありませんでした」
セレバーナが頭を下げる。
イヤナの陰に隠れているペルルドールは決して師匠を見ようとしておらず、反省の色が見えない。
その態度は何だと説教するのが師の役目だろうが、シャーフーチは早く事を済ませたいので締めに入る。
「今回だけは許しましょう。次は有りませんよ?」
「はい」
姿勢を正した少女二人が頷く。
「――しかし、おかしいですね。この事態を警戒して、出掛ける時に魔法で鍵を掛けたんですが。開いている訳が無い」
「単純に掛け忘れたのでは?今まで一人暮らしだった様ですし。それよりも気になる事が有るんですが」
セレバーナは、首を傾げているシャーフーチを置いて部屋を出た。
イヤナとペルルドールも続いて部屋を出る。
この場に一秒たりとも居たくないのか、ペルルドールはセレバーナを追い越して階段を降りて行った。
また転げ落ちそうな速度で降りているので、心配したイヤナも早足で続く。
「そこに有る犬の魔除けですが、随分アンティークですね」
図らずも二階に残されたセレバーナは、廊下の突き当たりに顔を向けた。
ペルルドールの部屋の前に置かれている魔除けとほぼ同じ形の犬の置物がそこに有る。
気が遠くなる様な長い年月を掛けて放置されていたせいか、変色した埃に埋もれている。
だからペルルドールはその存在に気付かなかったのだろう。
気付いていたら間違いなく薄い本より先にこちらを問題視していた。
なぜなら、青緑色の目をしているから。
「青緑色の目の置物は『彼女』の象徴ですよね。アレキサンドライト、つまり犬なのに猫目……」
「セレバーナ。それも慈悲の心で見なかった事にしてくれませんか」
自室のドアを閉めたシャーフーチは、魔法で鍵を掛けた。
そうしてからドアノブを回し、扉が開かない事を確かめる。
鍵は壊れていないし、魔法も効いている。
「そして、今後は私の許可無く二階に上がる事を禁止します。みんなにもその様に伝えてください。貴女達が魔王に関する何かに気付いたら不都合が有るので」
「不都合とは?」
「気付いたら不都合が有ると今言いましたが?初日で脱落するつもりですか?」
「申し訳有りません。忘れました」
そして全員がリビングに戻ると、丁度良くサコも帰って来た。
「騎士様達は帰られたんですね。すれ違いましたよ」
走って来たのか、妙に可愛い声が上気している。
「全員揃ったので、朝ご飯にしますね」
そう言ったイヤナがキッチンに行き、サコは汗を流しに水場へ向かう。
「所で、ペルルドール」
「何でしょう?」
シャーフーチは、円卓の椅子に座ろうか、籐椅子に座ろうか、と考えていたペルルドールに近付いた。
すると、赤いドレスのペルルドールは横歩きで離れて行く。
「……」
「……」
シャーフーチが一歩近付くと、ペルルドールは一歩引く。
「あの」
「何でしょう」
シャーフーチがもう一歩近付くと、ペルルドールはもう一歩引く。
一定距離以上近付けない。
「どうして逃げるんです?」
「わたくしは何も見ていません。見ていませんが」
ペルルドールは、気高い面持ちで窓の外を見る。
護衛団はもう居ない。
だが、必死で走れば追い付けるだろう。
少し考え、追い掛けない決意をする。
こんな事に負けていたら、厚いベールの向こうに有る真実に辿り着く事は出来ないと思うから。
「――貴方が気持ち悪いからです」
「あっはっは。嫌われましたね。あっはっは」
セレバーナが腹を抱えて笑う。
「少女時代に有りがちな潔癖症です。許してあげてください、シャーフーチ。あっはっは」
涙を浮かべて笑い続けるセレバーナから顔を逸らした灰色ローブの男は、大袈裟に肩を竦めた。
「仕方有りませんねぇ。では、ペルルドール。両手をお椀にして、前に出してください」
「こうですか?」
「はい、そうです。そのままで」
シャーフーチが指を鳴らすと、苦労知らずの綺麗な手の上に小さな木箱が現れた。
「不快な想いをさせたお詫びです。開けてみてください」
ペルルドールは素直に蓋を開ける。
中には色取り取りのキャンディが入っていた。
無表情に戻ったセレバーナも小箱を覗く。
「ほぅ。とっさにこんな物を用意するとは、なかなか粋ですね。しかし、私だったら警戒して開けられません」
「どうしてですか?」
警戒される意味が分からないシャーフーチが目をしばばたいた。
「勝手に部屋に入られた仕返しにびっくり箱を仕掛ける。幼等部の寄宿舎での伝統的ないたずらです。中等部になると他人の部屋に入る事はしなくなりますが」
「なるほど。学校と言う所は楽しそうなんですね。さて、ペルルドール。箱を開ける時に変な感じはしませんでしたか?」
やはりいたずらを?と思ったセレバーナの横で、ペルルドールは小さな頭を横に振る。
「特に何も感じませんでした。敢えて言うなら、少し固く、開けるのに多少の握力が必要でした」
「分かりました。ペルルドールの潜在能力は『アンロック』です。実はその箱、魔法で鍵が掛っていたんですよ」
「わたくしの潜在能力?潜在能力とは何でしょうか?」
「無意識に魔法を使う事が出来る才能、とでも言いましょうか。だから貴女に弟子入り募集の手紙が届いたんですね。それなら納得出来ます」
「では、手紙が届いた私達にも潜在能力が有るのでしょうか」
セレバーナが腕を組んで訊く。
「セレバーナは『真実の目』を持っていそうです。物事を見る目が的確過ぎる」
「じゃ、私も持っているのかな?」
焼き立てのパンを持ったイヤナがリビングに来た。
「恐らくは。おいおい分かって行くでしょう」
「何何?何の話?」
乾いた服に着替えたサコがリビングに戻って来た。
「そろそろ朝食だ、と言う話です。さぁ、食べましょう」
師匠の号令に従い、円卓に着く弟子達。
朝食はパンとチーズのみだった。
かなり寂しいメニューだったが、貧しいのは全員が分かっている事なので、誰からも文句は出なかった。