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赤毛の少女は今にも崩れそうな石の門を潜り、雑草だらけの道を木靴で踏み、建て付けの悪い玄関ドアを開けた。
遺跡の中は、まるっきり廃墟だった。
石壁には雨漏りの跡がクッキリと滲み付き、好き勝手に苔が生えている。
キノコまで生えている。
「あはぁ~。これは掃除が大変そうだなぁ」
赤毛の少女は困り顔で言う。
玄関でこれなら、奥はもっと酷いだろう。
どうやって掃除しようかと考えながら数歩進むと、リビングっぽい部屋の前に出た。
入り口にドアが無いその部屋はかなり広く、真ん中に巨大なテーブルが置いて有る。
大きな木を輪切りにした円卓で、年輪が美しい。
女の力では動かせそうもないそのテーブルには埃が積っているので、長年使われていない。
椅子が二脚有るが、その背凭れにはクモが巣を張っていた。
良く見ると、凭れる部分であるはずの皮が腐って落ちている。
これでは座れない。
リビングの奥にはキッチンが有り、遠目で見ても分かるくらいのカビが生えていた。
新種の生物が発生していてもおかしくない程の荒れっぷり。
「汚くて申し訳ありませんね」
二階の窓から顔を出した優男が遺跡の奥から歩いて来て、茫然とリビングを眺めている赤毛少女の背後に立った。
魔法使いらしい灰色のローブを身に纏っている。
フードを被っているが、隠れていないその顔はなかなかのイケメンだった。
「貴方が、お師匠様ですか?」
赤毛の少女が訊くと、男は長い黒髪を揺らして頷いた。
「はい、そうですよ。ですが、名乗りの儀式を済ませていないので、まだ師弟ではありませんが」
「あ、名乗ってはいけないんでしたね。じゃ、えっと、どうしましょうか」
「取り敢えず日没まで待ってください。他の弟子が来るかも知れませんので」
ローブの男は遺跡の奥を指差す。
「向こうに空き部屋が沢山有るので、好きな場所に荷物を下して時間を潰してください。弟子となったらそこが自室になるので、そのつもりで」
「はーい、分かりました。ところで、お師匠様は別の家で暮らしているんですか?」
赤毛の少女は、埃が積った石床にクッキリと残っている二人分の足跡を指差した。
かなり長い年月、誰も足を踏み入れていない。
「いいえ。この遺跡の二階で暮らしています」
「じゃ、食事はどうされているんですか?あ、魔法使いだから、キッチンとか使わずに料理出来るとか?」
ローブの男は曖昧に微笑んで答えを濁した。
誰にも言いたくない秘密に近付くと、人は決まって言葉に詰まる。
どうやって話を逸らそうかと考えるから、一瞬だけ動きが止まるのだ。
そんな反応をした部分を触ろうとすると逆上する人も居るので気を付けなければならない。
目の前に居る人は優しそうなので怒ったりはしないだろうが、これから師になる人への印象を悪くする必要は無い。
「えっと、もしかすると、私が最初なのかな。他の足跡が無いので」
再び足跡に目を落とした赤毛の少女は、明るい雰囲気のまま話を変える。
「はい。もしかすると、貴女一人だけになるかも知れませんよ。こんな所に来る若者が何人も居るとは思えませんからね」
「あはは。一対一ですか。贅沢な師弟関係ですね」
「そうですね。では、私は一旦自室に戻ります」
振り向きかけたローブの男は、思い留まって少女と目を合せた。
そして釘を刺す様に言う。
「ああ、そうだ。空き部屋に行く途中に上下の階段が有りますが、二階には絶対に入らない様に」
「お師匠様が暮らす場所だからですか?」
「そうです。下に向かう階段の先はトイレ等の水場です。そちらは自由に使って貰っても構いません」
「わっかりました!」
赤毛の少女は、おさげを揺らしてお辞儀をした。
それから風呂敷包みを持ったままの右手でリビングを指差す。
「お師匠様!日没まで時間が有るので、掃除をしても構いませんか?」
ローブの男はリビングを見渡し、何で汚れているんだ?と言いたげな顔をした。
「ああ、なるほど、辻褄合せでこうなる訳ですか。良く出来てますねぇ」
小声で呟いたローブの男は、笑顔になって応える。
「ええ、構いませんよ。これから貴女が生活する場所です。遠慮無く綺麗にしてください」
「ありがとうございます!荷物を置いたら掃除を始めます!」
去って行くローブの男の背中を見送った赤毛の少女は、彼が見えなくなってから、後を追う様に石造りの廊下を進んだ。
男が言った通り、上下に伸びる階段の向こうに五つのドアが等間隔に並んでいた。
これの全てが空き部屋なのか。
取り敢えず一番手前の部屋に入る。
狭く、石のベッドと小さな木窓しかない石作りの部屋だった。
やはり掃除が必要だが、雨漏りはしていないので、寝るだけならこのままでも問題は無い。
全ての荷物を置き、隣の部屋を覗いてみる。
造りは同じ。
その隣を覗いても同じ。
どこに入っても変わりは無いみたいなので、最初の部屋を自分の部屋にしよう。
そう決めた少女は、身を震わせて満面の笑みを浮かべた。
「私の部屋、か。自分の部屋を持てるなんて夢みたい!来て良かった!」