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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第六章
199/333

27

黒髪少女は一人でリビングに佇んでいた。

夕方になっても、夜になっても、仲間達は帰って来なかった。


「……」


大切な物を失ったせいか、胸に穴が開いた気分だ。

心臓の手術を受けたから実際に開いているんだがな、と言う冗談を溜息と共に吐き出し、開けっ放しの木窓を閉めた。


「暗いな……。夜とは、こんなにも暗かったかな……」


暖炉の上の太いロウソクに火を点けて円卓の自分の席に行くと、そこに皺くちゃになった収穫祭用の無料券が置いてあった。

出来る限り皺を伸ばして広げてある。

イヤナ辺りが拾い、セレバーナが気付き易い様に置いたのだろう。

その後、月織玉の完成をシャーフーチに知らせた、と言う流れか。


「セレバーナ」


自分の席に座ってボンヤリしていると、灰色のローブの布ずれの音と共にシャーフーチが現れた。

ロウソクの淡い光に照らされている黒髪少女の金色の瞳と小さな口には生気が籠っていない。

師としては少し心配だが、必要な試練の最中なので余計な手出しは出来ない。


「他の三人は下の村で泊まると、テレパシーが届きました。収穫祭の準備の手伝いが忙しいからと言う理由ですが、まぁ、そう言う事でしょう」


「分かりました。夕食はどうされますか?」


「私なら何とでもなりますから気にしないでください。貴女はどうします?」


「彼女達と顔を合せ難くなると予想して、自分の分の保存食を王都で買って来ました。試練終了までの二日分」


「そうですか。なら、貴女の自由にしてください」


「はい。では、自室で夕食を取ります」


弱々しい声で頷いたセレバーナは、不意に疑問を思い付いて顔を上げる。


「シャーフーチ。後二日で枝を貰ってから一週間ですが、一週間キッカリで箱を開けても良い物でしょうか?八日目が良いのでしょうか?」


「この状況なら、もう完成していてもおかしくないと思いますね。今すぐ開けても大丈夫でしょうが、万全を期すなら明後日まで待ってみても良いでしょう」


「なら、きっと完成しているでしょうね。腐臭はしていないので。しかし、ここで焦っても仕方が無いので、明後日まで待ちます」


セレバーナは立ち上がり、暖炉の上に用意してある細いロウソクを手に取った。

それを自分用の燭台に乗せる。

シャーフーチは明かりを持っていないが、その状態でここに来たので、暗闇でも普通に歩けるのだろう。


「では、自室に戻ります。明後日まで読書でもして過ごします」


「大丈夫ですか?元気を失い過ぎると生命力が弱まってしまいますよ?特に貴女は身体が弱いんですから」


「彼女達との関係を修復出来ないと決まった訳ではないので、絶望はしていません。大丈夫です」


師に一礼したセレバーナは、細いロウソクに火を移してからリビング用の太いロウソクを吹き消した。

そうしてから足取り重くリビングを後にする。


「疲れた……」


月明かりの中、ベッドに寝転ぶセレバーナ。

食事の用意をするのも面倒臭いので、寝転がったままパジャマに着換えてそのまま眠った。

夢を見なかったせいか、あっと言う間に翌日になった。

早目に眠ったせいで、まだ夜明けだった。

しかし朝になった事には違いないので、身支度を整え、ニンジンのピクルスとミートローフを腹に入れる。

美味しくない。

保存食と同時に仕入れた分厚い電気工学の本を読んで一日を潰すつもりだったが、どうにも頭に入って来ない。

起きた時から気になっていたが、少し熱っぽいせいだろう。

最近のストレスで体調を崩したか。

いや、まてよ。

昨晩、月明かりを頼りに着替えをし、そのまま寝た。

つまり、窓を開けっ放しで眠ってしまったのか。

秋の夜風の中で眠ったら、室内と言えども風邪を引いて当たり前だ。

私とした事が間抜けな事をした。

風邪程度なら良いのだが、心臓に不具合が起きたら面倒な事になるな。

どうせやる事は無いんだ、今日は休むか。

トイレに行ってからツインテールを解き、さっき脱いだパジャマをまた着る。

そして窓をしっかり閉める。

起きたばかりだから眠れないと思ったが、気が付いたら部屋の明るさが変わっていた。

昼か。

窓は閉めているが、隙間から入って来る眩しさで目が覚めたらしい。

トイレに行こうと身体を起こしたら眩暈がした。

本格的に体調を崩した様だ。

ただ、この熱っぽい感じは風邪だ。

大した問題ではない。

重い身体を引き摺って用を足した後、井戸から水を汲む。

桶に溜めた水を両手で掬い、火照った頬を冷やしながら水を飲む。

食欲は無いが、病気の時に胃を空っぽにするのは身体に悪いので、チーズを一口齧る。

そしてベッドに戻って布団を被る。

横になっても辛さが和らがない。

本格的にやらかしてしまったか。


「フフ……。自分のせいでなくてもバチは当たるんだな。女神様は厳しい……」


気を失う様に眠るセレバーナ。

夢を見た様だが、内容は覚えていない。

どうせ悪夢だろう。

心臓の病気が発覚してからと言う物、体調を崩す度に孤独になる夢を見る様になった。

まぁ、今現在、実際に孤独になっている訳だが。

滑稽だな。

自嘲したら気分が少し良くなった。

目を開けて日光の強さを調べる。

眠り過ぎたせいか、それとも発熱のせいか、視点が合わない。


「あ。起しちゃった?」


不意に声がしたのでまどろみ状態から覚醒する。

声を発したのは、赤髪の少女。

部屋が薄暗いので表情が良く分からない。


「……王都の病院に入院していた時、こんな夢を見たな。あの時は声だけだったが……。これも夢なのかな」


「夢じゃないよ」


イヤナは立ち上がり、木で出来た窓を少しだけ開けた。

真っ赤な夕日が部屋の中に入って来たが、ベッドが有る場所は陰のままなので眩しくはない。

そうなる様に気を使って窓を開けたのか。

これはイヤナ本人で間違い無い。


「なぜここに居るんだ?収穫祭の準備で下の村に泊まるんじゃなかったのか?」


「うん。でも、セレバーナが寝込んでいるって聞いたから、様子を見に来たの」


ベッド脇の椅子に座ったイヤナは、セレバーナの額に乗っている手拭いを取った。

それを水桶に浸け、きつく絞る。


「聞いたって、誰にだ?期日までずっと部屋に籠ると言っておいたから、シャーフーチには気付かれていないはずだが……」


「この子よ」


イヤナの赤い頭の上にトンボの羽根を持った妖精が乗った。

長い黒髪をポニーテールに結わえ、小さなワンピースを着ている。

背中の羽根の邪魔にならない、肩が大きく出ている服だ。

主人であるイヤナの手作りだろう。


「名前を付けた後に質問をしたの。セレバーナは今何をしてるの?って。そうしたら教えてくれた」


金色の瞳を持つ少女の黒い前髪を撫でたイヤナは、額に濡れ手拭いを置いた。

冷たくて気持ち良い。


「……何でも知っている賢者の泉、か。そんな事も知っているとは」


セレバーナは昨日の事を思い出す。

妖精を紹介された時、それを願ったとイヤナは言っていた。


「素敵でしょ?だから、名前は『マギ』にした」


「マギ。賢者を表す古い言葉か。マジシャンの語源と言われている。魔法使いらしい良い名だ」


「さすがセレバーナ。知ってるね」


「ああ、違う、そうじゃない。あんな酷い事をしたのに、どうして私の部屋に居るんだ、と訊きたかったんだ」


微笑んでいるイヤナに顔を向けるセレバーナ。

額に乗った濡れ手拭いが脇に落ちる。


「だから、マギは何でも知っているんだって」


セレバーナは目を丸くした後、納得して半目になる。


「熱が有るから頭が回ってないな。確かにそうだ。まずそれを質問するだろうな。私の奇行の事を」


「まぁ、マギが居なくても分かるけどね。だって不自然過ぎるもん。サコとペルルドールもどうしたら良いか分からなかったって言ってたし」


改めて水で冷やした濡れ手拭いをセレバーナの額に置いたイヤナは、椅子の脇に置いてあった籠からリンゴとナイフを取り出して皮を剥き始める。


「それも終わったみたいだから、もう良いんでしょ?」


「終わったのか?期限は明日なんだが」


「どうなの?マギ」


イヤナの肩に停まった黒髪の妖精が主人の耳に小さい顔を近付ける。


「ふんふん……もう完成してるって。大切なのは私達に嫌われる事じゃなくて、セレバーナがその事で悩み、行動する事なんだって」


「その心は?」


妖精の言葉を聞いたイヤナは、「あー」と溜息みたいな声を出した。


「昨日、セレバーナが言った事が正解みたい。私達がセレバーナに頼り過ぎているのがセレバーナに悪影響を与えている、だってさ」


「やはりか……」


リンゴをウサギの形に切ったイヤナは、それを枕元に置いた皿に並べる。


「ホント、ごめんねぇ。熱が出るまで無理をさせちゃって。私がもっと早く気付けばよかったんだけど」


「気付いていたら枝は腐っただろう」


「あ、そっか」


エヘヘと笑いながらリンゴの皮を籠に捨てるイヤナ。


「分かったのは、ナイフを見せられて、外に逃げた時。あの時は本当に怖かったけど、お師匠様が全く止めなかったのがおかしいなって気付いて」


「なるほどな。――しかし、あんな事を言わなければならなくなるほど追い詰められるとは思わなかったぞ。君は何をどうやったら怒るんだ?」


「私は怒らないよ。腹を立てる事は有るけど、怒る事はない。だって、ムカムカイライラを顔に出しても、お腹が空くだけだもん」


変わらない笑顔のイヤナ。

その赤い頭の上を飛んでいる妖精が無意味に旋回している。


「いつも笑顔と上機嫌なら誰ともケンカにもならないしね。敢えて言うなら、食べ物を無駄にすれば怒ったかな」


「食べ物か。畑を荒らす事も考えたが、それをすると冗談抜きで命に関わるからな。食糧難は取り返しが付かない。だから奇行しかなかった」


「あー、畑を潰されたら怒ってたかなー。危ない危ない」


緊張感無く笑うイヤナ。

釣られてセレバーナも笑む。


「イヤナが来ていると言う事は、あの二人も来ているのかな?」


「うん。月織玉に魔力を込めないといけないからね。昨日は祭の手伝いを優先したけど、今日は私達が出来る仕事は無いし」


「彼女達にも謝らないとな。……ううむ」


起き上がろうとしたが、頭が重い。

イヤナがセレバーナの細い肩に手を置き、布団の中に押し戻す。


「無理しなくて良いよ。謝るのは明日にして。マギって名付けた事をお師匠様に報告しないといけないから、そっちを先に済ましたいしさ」


起き上がるのを諦めたセレバーナは、目を閉じて溜息を吐いた。


「……そうだな。起き上がれないのでは話にならない」


「夕飯は簡単なパンプティングを作るね。ちゃんと食べて体力を回復させないと、明日の収穫祭に行けないよ」


イヤナは立ち上がり、窓の方に行く。

その背を見ながら友の名を呼ぶセレバーナ。


「イヤナ」


「うん?」


「本当に済まなかった」


「うん」


イヤナはニッコリと笑んでから木窓を閉め、薄暗くなった部屋を出て行った。

一人に戻ったセレバーナは、安堵の吐息を洩らした。


「やっぱりイヤナだけは分からん……。良い子過ぎて悪い奴に騙されないか心配になるな」


そう呟いたセレバーナの目に涙が浮かんだ。

安心の余りに泣くのは初めての体験だった。

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