25
三日目、そして四日目もアルバイトを休み、仲間の前で卑猥な本を読み続けた。
転移魔法で勝手に外出し、国立図書館に夜遅くまで籠って夕飯に顔を出さなかったりもした。
勿論、仲間の頼みは反抗期の子供みたいに素っ気無く断る。
そんな傍若無人な振る舞いをしていると、ペルルドールとサコの目付きが次第に変わって来た。
最初は戸惑っていた彼女達だったが、今は明らかに訝しんでいる。
何を喋っているのかは分からないが、テレパシーでセレバーナの事を話し合っている気配がする。
と言うのも、セレバーナにテレパシーが届かない様にしている様なのだが、意識がセレバーナに向く度にやっと聞こえるくらいの囁き声が聞こえるのだ。
まだまだ修練が足りないので、思念を飛ばす向きを絞り切れていない。
よしよし。
陰口を叩かているとクラスの嫌われ者って感じがする。
他人を悪く見ない様に躾られていると思っていた王女様も、遺跡での暮らしに馴染んでいるせいか、普通の女の子に近い感性になっている様だ。
しかし、もしかしたらバレている可能性も有る。
この態度は月織玉に必要なのでは、と。
明らかに今までとは態度が違っているから、色々と予想されていてもおかしくない。
こっそりとテレパシーに割り込めば会話内容を知る事が出来るし、内緒話に聞き耳を立てれば普通は嫌がられるので悪い案ではない。
テレパシーの感覚を開放してみようか。
だが、セレバーナもまだまだなので、緊張している胸の内が向こうに漏れるかも知れない。
そう。
表情は素っ気無くしているのだが、胸の内は焦燥感でいっぱいなのだ。
やはりテレパシーを仲間達に向けるのは止めておこう。
玉と枝が入った木箱から腐臭が漂って来たりはしていないので、このままで居れば大丈夫だと思う。
ここまで来て感付かれても嫌なので、余計な事はしない方が良い。
そもそもこの振る舞いは神学校時代の自分の行動に悪意を含めた動きなので、ギリギリ自分らしい動きだとも言える。
行動自体は自然なはずなので、だから修行に必要な行動だとバレていないのだろう。
問題は、やはりイヤナの態度が何も変わらない事だ。
テレパシーにもほとんど参加していない。
少なくとも、テレパシー中に意識を他に向けたりはしていない。
困っていても五日目は来る。
そろそろイヤナにも嫌われないとマズイので、新たな作戦を早急に組まなくてはならないんだが……。
「ねぇ、セレバーナ」
朝食後、最低限の後片付けとして自分の食器をキッチンに置いてある水を張った桶に浸けるセレバーナ。
その時を待っていたかの様にイヤナが話し掛けて来た。
「……何だ?」
セレバーナは、板に付いて来てしまった不機嫌声で応える。
視線はキッチンの隅に向ける。
勉学をする場である神学校には内気な子が多く、大学生になっても相手の目を見る事が出来ない人も居る。
そんな子達は、会話をする時は必ずそっぽを向く。
能力主義なセレバーナは相手の人間性には興味が無いので全く気にしないが、そんな態度の人達はほぼ例外無く周りの評価が低い。
相手が自分を見ずに会話をするのは、意外に邪魔臭いらしい。
「明後日、下の村で収穫祭が有るんだって。もし問題が無いんなら、一緒に行かない?」
態度の悪いセレバーナにも、イヤナは変わらずに屈託の無い笑顔を向けて来る。
「……行けない。行くとしても、一人で行く事になるだろう」
「うん。そっか。じゃ、これを渡しておくよ」
その反応を予想していたのか、イヤナは淀み無く継ぎ接ぎだらけのドレスのポケットから三枚の紙切れを取り出した。
食事中に話し掛けて来なかったのは、セレバーナの不機嫌な態度で食卓の雰囲気が険悪にならない様に気を使ったのか。
恐らくそれは計算ではなく、天然のバランス感覚から来る物だろう。
考えて動いているとは思いたくない。
人付き合いの経験が少ないセレバーナでは、計算で人の輪を作る相手には絶対に敵わないから。
「収穫祭の日は村の人が出店をやるんだって。今年の収穫物を料理して、女神様に感謝を捧げるんだってさ」
「ほう……。良く有る土着の秋祭りだな」
「もうその準備が始まってて、出店の資材が村のあちこちで山積みになってるんだよ」
両手を広げ、ジェスチャーでその様子を表すイヤナ。
何日も村に顔を出していない黒髪少女はその様子を知らないので、親切にも教えてくれている。
「料理は勿論お金で買うんだけど、私達には特別に無料券が貰えたんだ。安い給金で仕事を頑張ってくれたからって。一人三枚までだけどね」
これはセレバーナの分、と言って右手を突き出して来るイヤナ。
ポケットに入っていたのに皺ひとつ無い紙切れが掌に乗っている。
「……私はアルバイトをしていないから、それを受け取る権利は無い」
「でも、春と夏は仕事してたじゃない。秋のアルバイトも前半はしてた訳だし。権利は有るよ。はい、どうぞ」
セレバーナの手を取ったイヤナは、長方形の安っぽい紙をそこに乗せた。
それを金色の瞳で見詰める。
村の誰かが一枚一枚心を込めて作ったのだろう、手書きの無料券。
こんな状況下でなければ、皺を付けない様に慎重に受け取っていただろう。
「くっ……」
唇を噛んだセレバーナは、無料券を握り潰した。
そしてキッチンの床に叩き付ける。
「好い加減にしてくれないか!うっとおしい!」
セレバーナは肩を震わせて叫ぶ。
怒りで震えている様に振る舞っているが、本当は恐怖で心が一杯だ。
優しい気遣いを足蹴にすると言う、一番やってはいけない事をした。
関係修復は無理かも知れない。
だが、もう時間が無いので、これが最後のチャンスである可能性は大きい。
こうでもしないとイヤナには嫌われない。
こうするしかなかったのだ。
「今まで言わなかったが、君達は私に頼り過ぎだ!それが嫌で神学校を辞めてここに来たのに、これではあそこと同じではないか!言わないと分からないのか!」
「あ……ご、ごめんなさい……」
イヤナの戸惑いの表情。
それから目を逸らし、怒りの表情を繕って床を見詰めるセレバーナ。
「謝るな!私の邪魔をするな!近付くな!」
声を裏返らせて言い放ち、早足でリビングに行く。
円卓の近くで怒った顔のサコとペルルドールが立っていた。
「ちょっと、セレバーナ。今のは……」
「うるさい!」
サコの言葉を一喝で遮る。
そして床を見たまま早足で歩き、脇目も振らずにリビングを後にした。




