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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第六章
196/333

24

自室に戻ったセレバーナは時間潰しを開始した。

予定通り髪の手入れをするべくツインテールを解き、猪の毛で出来たクシで髪を梳く。

セレバーナの髪は無駄に量が多いので、本気で手入れをしようと思ったらそれこそ一日仕事になる。


「しかし、トリートメントしようにも、髪に良い油を買う余裕も無いな。まぁ良い。朝風呂としゃれこんでみるか」


薪を燃やして風呂を沸かせたセレバーナは、パジャマではなく、洗濯済みの制服を持って脱衣場に入った。


「ああ~。良い湯だ」


肩まで湯に浸ったセレバーナは髪もお湯に沈め、枝毛をハサミで切って行く。

切った髪をそのままにしておくと排水溝が詰まるので、手桶に溜める。

しかし、明るい内に入る風呂は新鮮だな。

贅沢な気分になる。

温泉とかで良くやる、飲み物を持ち込んで長湯をするアレをやってみたくなった。

が、思っただけで実行は考えなかった。

さすがにやりすぎだから。

遊びでこんな事をしている訳ではない。

気を抜いたら枝が腐ってしまうかも知れないので、一貫した意思を持って事に当たろう。


「ふぅ……もう限界だ」


手足がふやけるほど湯船に浸かった後、人気の無い遺跡内を無意味に歩き回って髪を乾かした。

勉強好きな性格上、無駄に時間を潰す行為はストレスにしかならないが、今は好みに拘っている場合ではない。


「しかし、長湯はダメだな。手術跡が微妙にかゆい」


制服の上から胸を撫でる。

傷が塞がって数ヵ月も経つのに、血行が良くなるとまだ違和感が有るのか。

爪を立てて掻き毟りたいが、傷になったら面倒なので我慢する。

風呂上がりなのにパジャマでないのも違和感だ。


「さて。私に出来る事でもしておくか」


遺跡内で目立たない部分の環境改善に励んでいると、ようやく夕方になった。

セレバーナは、仲間達が帰って来る前にリビングに行く。

自分の席に座り、二冊の薄い本を円卓に置く。


「しかしまぁ、何だかなぁ。これで杖作りが失敗したら泣くしかないな」


巨乳な女性が描かれている表紙とヌルヌルしている女性が描かれている表紙を見ながら溜息を吐くセレバーナ。

こんな物を仲間に見せ付けながら、自分もその中身を読まなればならないとは。

別の方法にしようかな、と思ったところで玄関ドアが開いた。

仕方なく薄い本の一冊を手に取り、表紙が他人に見える様に円卓に立てて読み始める。

セレバーナは座高も低いので、どんな本でも立てた方が読み易い。

普通の本は分厚くて重いので、寝かせて読む方が楽だが。


「ただいま、セレバーナ」


「おかえり」


最初にリビングに来るのは、夕食の支度が有るイヤナ。

本の表紙を見た気配は有ったが、全くの無反応でキッチンの方に行った。

次にリビングに来たのは、薪を持ったサコ。


「……!」


サコは息を飲み、セレバーナを二度見した。

絵に描いた様な見事な二度見だった。

その視線を無視し、マンガを読み耽る。

短い躊躇の後、無関心を装ってキッチンの方に行くサコ。

効いてる効いてる。

しかし、セレバーナの方にもダメージが有る。

薄い本の最初の数ページは女性の生活が描かれた普通のマンガだった。

乳房が大き過ぎてドレスの構造がおかしな事になっているが、そこ以外は普通の日常だ。

が、突如として性犯罪が起こる。

自宅に男が侵入し、迷う事無く真っ直ぐ女性を襲う。

なぜか女性はほとんど抵抗せず、男のされるがままになる。

数ページに渡って凌辱が行われているが、そんな物を読む気が起きないから適当に飛ばす。

事が終わって男が去ると、嫌だったけど気持ち良かったからまぁ良いかと女性が割り切ってマンガが終わる。

そんな割り切りが有り得る訳が無い。

現実には無い物が見れるのが創作物を読む醍醐味なのは知っているが、だからと言ってこんな展開が許されるのだろうか。

これを描いた奴は頭がおかしい。

何だか気分が悪くなって来た。

だが、マンガはもう一本有る。

顔と体型はさっきの女性と同じだが、髪形が違う。

セリフの雰囲気も違うので別人らしい。

人物の描き分けが出来ていないが、つまりは前半と後半の二本立てと言う訳だな。

そんな女性が夜道を一人で歩いている。

突如として起こる性犯罪。

やはり抵抗せず、今度は複数人の男のされるがままになる。


「な、何を読んでいるんですの?セレバーナ!」


野良着から白いワンピースに着替えたペルルドールが最後にリビングにやって来た。

金髪美少女は薄い本を凝視して頬を引き攣らせている。


「見ての通りだ」


「そ、あ、むぅ」


ペルルドールは口をパクパクさせ、言葉になっていない音を出す。

絶句、と言う奴か。

気持ちは分かる。


「それ、月織玉に必要な事なんじゃないかな」


水桶を持ったサコがリビングを横切りながら妙に可愛い声で言う。

今度は本の表紙をあえて見ようとしていない。

照れているのか?

背が高くて男みたいな筋肉を持っているサコも年相応の女の子、と言う訳か。


「わたくしもそう思いますが、そうだとしても、そんな物をここで読まなくても……」


顔を真っ赤にしているペルルドールは、視線を泳がせながら籐製の椅子に座った。


「夕方以降はロウソクが勿体無いからここで本を読む。それはいつも通りだと思うが」


吐き捨てる様に言ったセレバーナは、薄い本の続きを読む。

二本目のマンガにもオチが無かった。

今回の巨乳女性は自分の身に起こった出来事に絶望したまま終わり、救いが一切無い。

正直面白くない。

学ぶ所も無い。

だが、低俗とはこう言う物だと言う実感は得た。

どんな物にも、どんな行動でも本当の無意味は無いと言う意味の格言が有るが、これがそれか。

勉強になる。

気は重いが、二冊目を読んでみる。

修道院で暮らす貧しい美少女が魔物に襲われる話だった。

半透明の水溜りみたいな魔物が少女の服だけを溶かし、裸になった少女に性的イタズラをする内容だ。

表紙のヌルヌルはこの魔物だったか。

種族が違うメスの性器に興味を示すのは不自然だと思うが、まぁ良い。

嫌らしい行為を描く事が目的の本だから、多少の矛盾は無視するのがお約束なんだろう。

これもオチ無く終わったが、最後に魔物紹介の読み物が有った。

魔物の種族名はスライムで、本来なら最強クラスの魔物らしい。

実際は服だけを溶かす事はせず、毒や消化液で人間を襲い、そのまま食ってしまう生物の様だ。

不定形なので物理攻撃が通用しないのが最強たる所以との事。


「ふむ……」


ここは封印の丘。

魔王城が結界の向こうに封印されている。

もしも結界が破られたら、危険で獰猛な魔物が大量に溢れ出て来るらしい。

勿論性的な意味でなく、生命的な意味で危険な場所で我々は暮らしているんだな。

魔物と戦う勇者や冒険者達は、こう言った特性を学び、事前に準備したり対処したりしているんだろう。

勉強になった。

本を閉じ、頬杖を突く。

窓の外は暗い。

もうすぐ太陽が沈み、今日が終わる。

リビングも暗くなって来たので、サコがロウソクに火を灯して行く。

暖炉の上、円卓の上、そしてキッチン方面が明るくなる。

いつもならもう一本のロウソクを点けて切りが良い所まで読書を続けたりするが、今日はもう良い。

卑猥はもうたくさんだ。

やる事が無くなったので籐製の椅子に座っているペルルドールを見てみると、真っ赤な顔で縫物をしていた。

野良着が破けたらしい。

彼女も人並みの家事が出来る様になった。

それはともかく。

薄い本のお陰で避けられている空気は有るが、嫌われるまでには至ってないな。

もっと積極的に行動しなければならないか。


「ねぇ、セレバーナ。もうそろそろお師匠様を呼んで来てくれるかな」


「今忙しい」


本を閉じていて明らかにヒマそうなのに、アッサリとイヤナのお願いを断るセレバーナ。

これも嫌われポイントは高いだろう。

しかしイヤナは全く気にしない。


「じゃ、ペルルドールお願いー」


「ええ?……分かりました」


不満そうな視線をセレバーナに向けたペルルドールだったが、諦めた表情で立ち上がった。

今まで座っていた場所に縫物を置き、無言のままリビングを出て行く。

やはり人前で他人を悪く言う事を避け、文句を飲み込んだな。

ペルルドールへの対応はこのままで良さそうだ。

ふと、キッチンの入り口付近で水桶に手を突っ込んでいるサコと目が合った。

水に浸した大豆を手で揉み、皮を剥きながら何か言いたそうにしている。

今の不誠実な態度が気に入らないんだろう。

サコへの対応もこれで良い。

やはりイヤナだな……。

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