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朝食後、出掛ける準備をしている仲間達を呼び止めるセレバーナ。
緊張を悟られない様にしているため、ついつい斜め下に視線を落としてしまっている。
「すまないが、しばらくの間アルバイトを休む。先方にもそう伝えてくれ」
「どうしたの?具合が悪いの?」
予想通り、イヤナは黒髪少女の体調を心配する。
「そうではない。優先しなければならない事があるだけだ」
「月織玉関係ですか?」
ペルルドールが察した。
まぁ、普通は気付く。
「そうだな」
身体を横に向けて腕を組み、敢えて素っ気なく言う。
態度が悪いと無条件でイラっとするだろうとの考えからだ。
余計な事を言わないで済む利点も有る。
「アルバイトより修行が優先だからね。分かった」
サコが言い、他の二人も同意する。
「じゃ、私達だけでお手伝いに行って来るね。ところで、それってどんな修行なの?」
イヤナが無邪気に瞳を輝かせて聞いて来る。
夏の間中、ずっと玉に魔力を込めて来た。
その単純作業に飽きている頃だから、どんな変化が訪れるかが知りたいんだろう。
気持ちは分かるが、心を鬼にして突き放す。
「君の月織玉に悪影響が出るから、他人の事を聞いてはいけない」
「あ、そうだね。ごめんごめん。じゃ、行って来ます」
物凄くトゲトゲしく言ったのに、イヤナは全く気にせずに笑顔で手を振った。
他の二人は少し首を傾げたが、それ以上の反応はしなかった。
これも予想通りだ。
取り敢えず改めて休みを詫び、玄関まで出て申し訳なさそうに仲間達を見送る。
今はまだ悪意を感じさせるまでの態度を示す時じゃない。
「セレバーナ」
仲間達が丘を下って行き、その背中が見えなくなったところでシャーフーチに名前を呼ばれた。
玄関ドアを閉めたセレバーナは、ツインテールを揺らして振り向く。
「コレ、頼まれていた本です。取り敢えず二冊。表紙が強烈なのは意外と少ないですね」
「ありがとうございます」
薄い本を受け取り、その表紙を見てみる。
上半身裸の女性が困った顔をしている。
「これが俗に言う巨乳と言う奴ですか。人としての常識的なサイズを逸脱していますね。性的誇張を目的としたデフォルメ、ですか」
「冷静に分析しないでください、そんな事。貴女は未成年なんですから、内容は大人し目ですよ?」
「ええ、それは構いません」
二冊目を見てみる。
寝転んだ裸のお姉さんが何だかヌルヌルしている。
頬を染め、恍惚な表情を浮かべている。
意味が分からない。
内容が想像出来ない。
「……これが言葉を失うと言う状態ですね。私がシャーフーチに抱いた気持ちをペルルドールも持ったのなら、きっと嫌われるでしょう」
「それはつまり、今まさに私はセレバーナに嫌われた、と言う事になるのでは……?」
「当たり前です。私だって思春期真っ盛りの少女なんですから。こんな物を好んで読む様な輩は普通に気持ち悪い」
肩を竦めたセレバーナは、薄い本を両手で持った。
本好きなので、こんな本でも大切に扱ってしまう。
「ですが、私の為に適切な本を選び、ワザワザ届けて頂いた事には感謝します。ありがとうございます」
深く頭を下げたセレバーナは、一呼吸置いてから顔を上げる。
「ペルルドールの反応次第では、もう二,三冊程貸して頂くかも知れません。サコにも嫌われそうな物をお願いします」
「どう言った物が良いですか?」
「さて。こう言った物に疎くて分かりませんね。興味を持って調べたとしても人生の役に立つとは思えませんし」
「まぁ、そうでしょうけど。ですが、丸投げするのなら私は協力しませんよ?」
セレバーナは半目になって師匠を見上げる。
面倒臭いが、彼の言う通りだ。
「確かに、丸投げではあまりにも失礼ですね。では考えてみましょうか」
性的な視点で物を考えた事が無いので、とても難しい。
ついつい口がへの字になる。
「うーん。サコに嫌われそうな本と言うと、犯罪物でしょうか。サコは治癒特化を目指しているので、無慈悲で猟奇的な殺人物とかを嫌いそうです」
「そう言った物は持っていませんねぇ。絵と言えど、痛そうな物を見るのは、ちょっと……」
「ああ良かった。そんな物を持ってたら……いえ、何でもありません」
「今、とんでもない事を言おうとしましたね?仕方が無いですけど。まぁ、それっぽい物を探しておきます」
「いえ、やはり結構です。標準的な内容でお願いします。余りやり過ぎると後のフォローが大変そうなので。私の心の平穏も乱されそうですし」
「そうですね。修行はこれで終わりではないので、後の事を考えるのも大切ですね」
「無事に杖が完成したら、今度は真面目な本をお借りしたいですね。――マンガと薄い本しか持っていない、って事は無いですよね?」
セレバーナの金色の瞳に疑いが宿る。
「え?えっと……」
言い淀み、視線を泳がせるシャーフーチ。
図星だった様だ。
「まぁ、面白そうなマンガでも良いですけど。――では、枝を腐らせない様に頑張ります。協力、お願いします」
溜息混じりでそう言ったセレバーナは、姿勢良くツインテールの頭を下げた。




