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シャーフーチの転移魔法によって遺跡のリビングに帰って来たセレバーナは、大切な木箱を強く抱き締めた。
前代未聞の『仲間に嫌われろ』と言う試練の始まりに、柄にも無く緊張している。
「帰って来たらアルバイトに合流すると言う話でしたが、行かずに今後の対策を練ろうと思います、彼女達にテレパシーも送りません」
そう言ったセレバーナの声は少し掠れていた。
緊張のせいで喉が渇いている。
「それも嫌われる為の行動、と言う訳ですか。分かりました。辛く大変でしょうが、頑張ってください」
「はい」
シャーフーチは二階の自室に、セレバーナは遺跡最奥の自室に戻った。
「ふぅ……」
セレバーナは、抱いていた木箱を机の上にそっと置き、ポケットに入っていた使用済み下着をベッドに放り投げた。
それから一旦廊下に出て地下の井戸で水を飲み、気分を落ち着かせてから自室に戻った。
「さて、これからどうするか」
椅子に座り、脚を組み、机に頬杖を突く。
他人に嫌われるのは、神学校なら簡単だ。
セレバーナのままで居れば良いのだ。
自分の優秀さを思うがままに発揮し、それを鼻に掛け、先生達の信頼を受けるだけでクラスの半分から嫌われる。
残りの半分は無関心。
無関心組に嫌われるのも簡単。
気の合う仲間を集めたグループを作り、セレバーナがそのリーダーになれば良い。
グループのメンバーに運動の出来る奴とケンカの強い奴を入れてクラスを牛耳れば、立派な嫌われ者の完成だ。
そして仕上げはグループ内での傍若無人な振る舞い。
自分で集めた仲間達に疎んじられれば、条件はクリアだ。
問題が有るとすれば、グループを作る為の高い対人スキルが必要だと言う部分だが、それはこの遺跡内では考える必要は無いだろう。
「しかし、これだとケンカの強いサコと権力者のペルルドールを味方に付け、イヤナを苛める形になるな……。最大の懸念は解決出来るが……」
どんなに凄い作戦を練ったとしても、あの二人がイヤナを追い詰めたりはしないだろう。
女子は他人の悪口を話のタネに持って行きたがる性質を持っているが、自分を含め、彼女達は仲間の悪口を言った事が無い。
少なくとも聞いた事が無い。
自分は他人に興味が無いだけだが、他の三人はどうだろうか。
サコは格闘家なので、心も体も健全に育っている。
だから陰湿な事が嫌いで、陰口も良しとしなさそうだ。
王族が他人の悪口を言ったら対象の首が飛びそうなので、ペルルドールはマイナス方面の事は言わない様に育てられているはずだ。
内心はともかく、人前では絶対に他人を嫌ったりしないだろう。
例外が約一名居るが、そもそも彼は王家の敵だから公然と嫌うべきなのだ。
そこが攻略の糸口になるかどうか。
イヤナは……。
「うーん、イヤナだけは分からん」
考えの道筋を明らかにする為に、敢えて声を出すセレバーナ。
イヤナが普通の子なら、イヤナを中心にして嫌われれば良い。
この場合の作戦はこうだ。
傍若無人な行動をしてイヤナに嫌われ、彼女に陰口を言わせる。
サコなら戸惑いながらもイヤナに同調し、流れでセレバーナを嫌ったりするかも知れない。
セレバーナが良くない行動をした結果なので、無い流れではないだろう。
潔癖症な気が有るペルルドールは絶対に正義が有る方に付くが、気心の知れた仲間内なら、きっと多数決で判断する。
自分に自信が無いキライが有るので、中立になって調停役を買って出たりはしないだろう。
結果、三対一で条件はクリア。
なのだが……。
「彼女達に好かれるのは簡単だろうに……。私の人生は苦難ばかりだな」
呟きながら足の組み方を変える。
だが、難問を前にしてワクワクしているのも事実。
これを乗り越えた充実感はさぞかし気持ち良いだろう。
纏めよう。
自分の知識の中に有る他人に嫌われる方法は、神学校時代の自分になれば良いと言う事のみ。
ただしここには派閥を作るだけの人数が居ないので、一匹オオカミになるしかない。
一匹オオカミとは何か。
他人には一切興味を示さず、自分の関心事以外の仕事をしない。
誰の手伝いもしない。
みんなでやる仕事を一人だけサボれば、普通なら嫌われる。
しかし仲間達はそれで嫌ったりはしないだろう。
体調不良を心配し、『休んでいて』と言う可能性が高い。
一匹オオカミ、それに何かをプラスしなければならない。
考えろ、セレバーナ。
自分なら出来る。
良いアイデアが、きっと出る……!




