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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
19/333

19

廊下の角を二回曲がったペルルドールは、一番奥の部屋の前に立った。


「セレバーナ。髪のお手入れのやり方を教えて頂けませんか?セレバーナ?」


反応が無い。


「そろそろ朝食ですよ、セレバーナ」


耳をドアに近付けて息をひそめてみる。

物音もしない。


「困ったわ。お寝坊かしら」


セレバーナも夜遅くまで寝付けず、しかし結局眠ってしまって熟睡中と言う事も考えられる。

ノックの存在を知らないペルルドールは悩み、考える。

しかし良いアイデアが浮かぶ気配も無いので、先にシャーフーチを起こす事にした。

魔王とは言え仮にも師匠なんだし、相談すれば何とかして貰えるだろう。

廊下を戻り、イヤナの部屋の横に有る石階段を上がる。

ゆるいカーブを描いている階段は意外に長く、裾の長いドレスでは上るのに苦労した。

朝っぱらから息を切らせて辿り着いた二階は、短い廊下にみっつのドアが有るだけの場所だった。

階段の前と、その隣。

そして、奥の突き当たり。

メイドの立ち入りを禁止した為、廊下は石床のままだ。

シャーフーチの自室はどれだろう。


「起きていらっしゃいますか?シャーフーチ。もうそろそろ朝ご飯です」


取り敢えず大声を出してみたが、ここでも返事が返って来ない。

何度か呼んでも無反応。

困り果てたペルルドールは、先行きが不安になって居ても立ってもいられなくなった。

思い通りに事が運ばないのは生まれて初めてなので、どうしたら良いのか分からない。


「シャーフーチ!あら?」


ペルルドールは、混乱した果てに階段前のドアノブに手を掛けた。

意外にもドアはすんなり開いた。


「王宮の外では、部屋には必ず鍵を掛けるのが一般常識と爺は言っていたのに……。シャーフーチ?いらっしゃいますか?」


リビングと同じくらい広い部屋。

窓際に揺り椅子。

隅に大きいが質素なベッド。

それよりも目立っているのは、物凄い量の本。

大半は壁一面に並んでいる本棚に入っているのだが、揺り椅子の脇で山積みになっている本も有る。


「凄い。図書館の様ですわ。魔術書かしら」


ペルルドールは、周囲を見渡しながら揺り椅子に歩み寄る。

シャーフーチの部屋で間違いない様だが、どこにも本人が居ない。


「ここは書斎で、隣が自室かしら。でもベッドが有りますから、寝室ですわよね?」


山積みの本に目を落とす。

可愛らしい絵が表紙の本が一番上だった。

魔術書らしくない絵に興味を持ったペルルドールは、それを手に持ってみた。

異様に目が大きい女の子が半裸で笑っている。

着ている物は水着の様だが、色から見るに材質は鉄らしい。

鎧?

騎士が着るプレートアーマーの女の子版かしら。

確かにこれなら筋力の少ない女性騎士でも身軽に戦えるだろう。

ただ、明らかに防御力はゼロだ。

むしろ着ない方が良いのでは?と思いながら適当なページを開いてみる。


ガッキャーン!

ドドドドドド

『な、なんですって…!』


そんな文字が目に飛び込んで来た。

表紙の女の子が大きな剣を持ち、巨大な魔物に立ち向かっている白黒の絵に効果音が添えられているのだ。

その下に、同じ女の子が歯を食い縛っている表情のアップ。

数ページ読んでみる。

話は良く分からなかったが、大きな剣で戦っている女の子が危機に瀕している状況らしい。

大きな剣を扱うのは、とても筋力の要る事だ。

数年前、見習い騎士の訓練現場を視察した事が有る。

滝の様な汗を掻きながら身体を鍛え上げていて、その気迫に感心し、感動した物だった。

そんな彼等が扱う訓練用の剣でさえ、ペルルドールの細腕では重くて持ち上がらなかった。

それの数倍は有ろうかと言う物を、女の身でありながら軽々と振るうとは。

女勇者様の物語かしら。

でも、それ程の筋力が有るのなら、普通の鎧も着れるはず。

なぜ防御力ゼロの鎧を着ているのか。

分からない。


「あ」


本を閉じて元の位置に戻したら、本の山が崩れてしまった。

殆どの表紙は可愛い女の子の絵。

一部、力強い男性の絵も有る。

そんな本の中に、おかしい本が数冊ほど有った。

他の本より一回り大きいのに、童謡の楽譜並に薄い。

表紙の絵も、可愛い事は可愛い。

だが、沢山の芸術を見て来たペルルドールの肥えた目ならハッキリと分かる。

この絵、デッサンが崩れている。

小さい本の表紙はちゃんと描かれているのに、薄い方はどうして下手なのか。

薄い本を開いてみる。


「ぴぎゃああぁぁぁあーーー!!!」


奇声を上げた金髪美少女が階段を転がり落ちた。


「ど、どうしたの?」


ニワトリが絞め殺された様な物音に驚いたイヤナがリビングから飛び出して来た。

そして階段下でひっくり返ったまま震えているペルルドールを抱き起こす。


「まさか、階段から落ちたの?――って事は、二階に上がったの?下から声を掛けて貰いたかったんだけど」


そう言うイヤナの腕にしがみ付くペルルドール。


「た、大変!わたくし達危ないです!危険な状況で、はひゃ~っ!」


「うむ。見事な錯乱ぶり。余程のショックを受けた様だ」


Yシャツに制服スカートと言う格好のセレバーナが廊下を歩いて来た。

着替えを持って来なかった為、Yシャツ一枚で眠ったので皺くちゃになっている。

下した黒髪も好き勝手に乱れている。


「ペルルドールが起こしに来た時には目覚めていたんだが、隣の研究室に向けて話し掛けていたから、無視してもまぁ良いかなぁと」


「セ、セレバーナ!イヤナ!逃げましょう!一刻も早く、ここから逃げましょう!ああ、爺を帰すんじゃなかった!」


元々色白な美少女の顔から血の気が引いているので、気の毒な程に真っ青になっている。


「なぜ?」


セレバーナが冷めた声で訊くと、ペルルドールは無言で階段を見上げた。


「上か。取るものも取り敢えず逃げるほど緊迫している様には見えないが。確認してみよう」


「あ、お待ちになって……」


「待ってセレバーナ、二階は上がっちゃダメだって言われてるんだけど」


セレバーナは、ペルルドールとイヤナの制止を無視して階段を上る。

本当に危険な物が有るのなら、是非見てみたい。

魔王に関する歴史的な遺物が有るかも知れないし。

階段を登り切ると、正面に開いたドアが有った。

廊下には何も無い。

他のドアは閉まっている。

とてもとても気になる物が目に入ったが、危険な物ではないし、明らかにこの騒ぎとは無関係だ。

それも無視し、ドアが開いている部屋に注意深く入る。

無人。

凄い量の本が床に散らばっている。

一瞥しただけでジャンルが分かる、派手な表紙。


「全てマンガだ」


「マンガ?」


恐る恐る付いて来たイヤナが首を傾げる。

運良く怪我をしなかったペルルドールもイヤナの後ろで震えている。


「二人共、マンガを知らないのか。何と説明すれば良いか。絵本の上位版かな。実物がここに有るのだから、実際に見れば分かる」


適当な書物を指差したセレバーナは、本の山から少し離れた位置に落ちている薄い本を拾う。


「これは自費出版された物だな。製本が安い」


「そ、それですわ」


ペルルドールが震える声で薄い本を指差す。


「これが逃げる理由なのか?」


薄い本を開いて中身を確認したセレバーナは、すぐにそれを閉じた。


「なるほど。理解した」


「何をしているんですか」


「ひぃ!」


突然部屋のど真ん中に現れたローブの男に驚いたペルルドールがその場にしゃがみ込む。


「申し訳有りません、シャーフーチ。貴方を起こしに来たペルルドールが有り得ない程に怯えていたので、原因を調べていたのです」


セレバーナの謝罪に睨みで応えるシャーフーチ。


「事情は分かりましたが、勝手に人の部屋に入ったのは感心しませんね。鍵をこじ開けたのですか?」


「か、鍵は、始めから掛っていませんでしたわ」


腰を抜かしているペルルドールは、イヤナの継ぎ接ぎだらけのドレスのすそを握りながら言う。


「おかしいですね。確かに鍵を掛けた筈ですが」


「彼女が怯えた原因はこれです。運悪く、これを手に取ってしまった様で」


セレバーナは、首を傾げるシャーフーチに薄い本を返す。


「!」


シャーフーチは事情を察して絶句する。

なんて物を見られてしまったのか。


「神学校の保健体育で男性の生理も習っていますので、私にはそれに対する偏見は有りません。なので、私がペルルドールを落ち着かせます」


ペルルドールの前で膝を突いたセレバーナは、震える王女と視線の高さを合わせる。


「怯える必要も逃げる必要も無いぞ、ペルルドール。聞いた話だが、ある程度の年齢以上の男性は、ほぼ全員が女性の裸の写真や絵を持っているそうだ」


「そ、そうなんですか?どうして、そんな物を……?」


「女性の生理を男性が理解出来ない様に、男性の生理は女性には理解出来ない。だから、ああ言った類の物は見て見ぬ振りをするのがレディーの嗜みだ」


薄い本の内容を鮮明に覚えているシャーフーチは、とてつもなく居たたまれない気持ちになる。


「ですが、あれは酷いです。シャーフーチには、あんな事をしたい願望が有るに違いありません!ああ、恐ろしい……!」


「確かに酷かったな。裸の女性を縛り上げるとは、言語道断。変態の極み。擁護する言葉も無い。彼はエロ魔王だ」


シャーフーチは嫌な汗を掻きながら少女達に背を向ける。


「ああ、そっか。そう言う事か。そう言えば、祭の夜に近所のメレナちゃんが」


「イヤナ。話がややこしくなるので黙っていてくれないか」


「あい」


「しかしどんなに酷くても、あれは創作物だ。見も知らぬ誰かの想像を絵にしただけの物。害は無い。それくらいは許そうではないか。女神もきっと彼を許すだろう」


セレバーナは星のブローチを頭よりも高く掲げる。

それは神官が女神の代弁を行う時に取るポーズだった。

女神が許すのなら、その信徒も許さなければならないだろう。


「ですが……」


ペルルドールは、青い瞳をシャーフーチに向けた。

セレバーナも金の瞳をそちらに向ける。

シャーフーチは紙袋を持っていた。

大きさは、書物が数冊入っているくらい。


「シャーフーチ。手に持っている物は?」


厚み的には大丈夫だろうが、薄い本だったらお前は終わりだぞ?

そんな意味を込めた低い声で訊くセレバーナ。


「ああ、これは魔法ギルドに注文していた貴女達用の教材です。それと、新人師匠向けの心得。こんな時間に取りに来いと言われて、渋々出向いた訳です」


シャーフーチは引き攣った笑顔で言う。


「魔法ギルドの年寄り達は朝が早いんですよ。困った物です。は、は、は」


セレバーナは、乾いた笑いを聞きながら星のブローチを内ポケットに仕舞った。


「この通り、彼も良い師匠であろうと真剣に努力をしている。今回の件は慈悲の心で見無かった事にしようじゃないか。ただ……」


青い瞳を正面から見据える金の瞳。


「夜寝る時は自室の鍵をキチンと確認しよう」


「……分かりました」


仕方なく頷いたペルルドールは、赤いドレスを力無く捌きながら立ち上がる。


「わたくしは何も見ませんでした」


「うむ。解決だ」

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