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最後に残ったペルルドールはまだ考え込んでいた。
試したい事が有るのだが、それをしたら失格になるかも知れない。
しかし他に良いアイデアが無いので、取り敢えず質問してみる。
「シャーフーチ。潜在能力との複合を行っても宜しいでしょうか」
「自分の潜在能力がどの魔法に属しているかを的確に説明出来るのなら、どうぞ」
顎を引くペルルドール。
金髪美少女の潜在能力は『アンロック』。
今まで何度も鍵や扉を開けて来たので間違い無い。
しかし、それがどんな属性の魔法なのかと意識して使った事は無いので、ハッキリとは説明出来ない。
「わたくしのアンロックが精霊魔法だった場合は失格になりますか?」
「事前に禁止した事を行ったのなら失格にせざるをえませんね。特に貴女は独学で精霊魔法を習得出来る才能を持っているので、そうなる可能性は高いです」
ペルルドールは口をへの字にして小首を傾げる。
貧乏生活に慣れて来たら、不思議に思う事が出て来た。
それは、シャーフーチの自室が有る二階部分だ。
リビングから自室に向かう途中で二階に続く階段の前を通るのだが、そこで意識を上に向けると潜在能力であるアンロックが疼いてしまう。
二階に上がる事は禁止されているので、なぜそんな気分になってしまうのかの原因を探る事が出来ないので気持ち悪い。
この丘に封印されていると言う魔王の城のせいかとも思ったが、そこまで広大な気配ではない。
個人練習の結果、アンロックは鍵が閉まっている部分を直接手で触れないと作用しない事が分かっている。
それは鍵そのものに触らなければならないと言う意味ではなく、ドアならドアノブを回せば鍵が無効化され、溶接された箱なら蓋を引っ張れば開く。
つまり『開けるぞ!』と思いながら手を使えば何でも開くのだ。
逆に言えば、触らなければ潜在能力は発動しない。
なのに、何も触っていないのに、どうしてこんな気分になるのか。
その理由を知りたかったのだが、アンロックを使うと失格になるのなら、それとの複合魔法では探る事は出来ない。
「……分かりました。別の案を探します」
気持ちを切り替え、青い瞳を空に向ける。
少女達は春の初めにこの遺跡に住み始めた。
それから何ヶ月も経ち、季節の変わり目がそこまで来た。
「もうすぐ、夏です」
呟くと、ペルルドールが着ている黄色いワンピースの裾が風にそよいだ。
それは全身から溢れ出た魔力による現象だった。
「分かりました。今年は猛暑で水不足が懸念されます」
「天気予報、ですか。それは何の魔法の複合でしょうか」
「空気魔法で王国全土の気圧差を図り、世界魔法で過去の気象記録と照らし合わせました」
「過去の気象記録はどこから引用しましたか?」
「各地に居る気象観測士からです。その様な者が各地に居る事はお城に居た頃に学んでおりましたので、その意識を借りました」
「なるほど。それは世界魔法ではなく、時間魔法ですね。その地に残る記録、もしくは記憶を感じただけですので、やりなおしです」
「な……。わたくしは広範囲に渡ったテレパシーの感覚で行いました。それは世界魔法ではありませんの?」
「そうとも言えますが、敢えてどちらかと問うのなら、間違いです。正解としても良いのですが、その様な情けは貴女の為になりませんでしょう?」
「むむむ……」
また自分一人だけ遅れを取るのかと頬を膨らませたペルルドールだったが、思い直して深呼吸する。
確かにお情けで合格にされても嬉しくない。
むしろプライドに傷が付く。
「分かりました。――失格ではないのですね?」
「貴女はテレパシーのつもりで気象記録を見たのでしょう?国中の記録を」
「はい」
「その記録は誰が持っていましたか?テレパシーで見たのなら、その者の特徴を感じるはずです」
「それは……」
ペルルドールは言い淀む。
「感じていませんよね?当然です。今の貴女には親交が浅い人の記憶を覗けるほどの力は有りません。そもそも、素人相手のテレパシーは禁止していますよ?」
「あ!そ、そう言えば……!」
「大丈夫です。貴女が見たのは生きた情報ではないので、テレパシーとはちょっと違います。テレパシーだと主張しても正解と思える、微妙なところですけどね」
「でも、テレパシーでしたら禁止事項だったんでしょう?」
「そうですが、私は今の感知を時間魔法による物だと判断しました。致命的な間違いではないので罰は有りません。やりなおしで結構です。納得出来ましたか?」
「はい。やりなおします」
胸を撫で下ろしたペルルドールは、改めて考える。
今度は単純に。
すぐに代案を思い付き、畑に植えられているトマトに手を添える。
まだ青くて小さなトマトに意識を集中し、幼い頃から食卓で良く見ている赤い物をイメージする。
「わたくし、野菜の成長が不思議でしたの。こんな物がどうして美味しく育つのかと」
ペルルドールの手の中で急成長するトマト。
あっと言う間に赤くて瑞々しい野菜になる。
「何か分かりましたか?」
育ったトマトをもいだペルルドールは、金色の頭を横に振る。
「いいえ。分かった事は、『それが世界の理だ』と言う事だけです」
「その結論は、何の魔法の複合ですか?」
「生命魔法によってトマトを急成長させ、その過程を世界魔法によって全世界の植物と照らし合わせました。実が生る過程に例外は有りませんでした」
「そうですか。生命魔法が世界魔法の反対の位置に有ると考えた根拠は?」
「『世界』が『知』なら、『命』は『知』を溜める『器』になります。入れ物と入っている物は対極に有ると思います」
そう答えた金髪美少女の顔を見詰めるシャーフーチ。
他の三人はこの敷地内の状況を知ろうとしたが、金髪美少女はとにかく他所の場所から『知』を持って来ようとしている。
だから言っている事が大袈裟になっている。
「なるほど。――育った環境のせいか、ペルルドールは世界魔法を広く捉え過ぎていますねぇ」
ペルルドールは王位後継候補。
場合によっては、この国を背負って立つ。
だから国全体を自分の世界と捉えているのかも知れない。
「失格、でしょうか」
珍しく不安そうにしている金髪美少女に笑みを向けるシャーフーチ。
まぁ、十代の少女なら思考があやふやなのは仕方ないだろう。
小難しい事をスラスラと言うセレバーナが居るので感覚がおかしくなっているが、こっちが普通なのだ。
「本当に世界魔法を使っているかの結果を示せていないので本来ならやりなおしでしょうが、使っている事が遠まわしに分かるので合格としましょう」
「素直に喜べない言い方ですわね」
ペルルドールは、唇を尖らせて不満を顔に表す。
「何故分かるのか。それはそのトマトを食べれば証明されます。食べてみてください」
「……?」
小首を傾げた金髪美少女は、師に言われるままに真っ赤で新鮮なトマトを齧る。
「エベェッ!泥臭い!?」
綺麗な顔を歪ませたペルルドールは、堪らず口の中の物を吐き出した。
その味は明らかに野菜の物ではなかった。
「間違った複合魔法で生物を急成長させるとそうなるんですよ。貴女は成長過程しかイメージしなかった。だから見た目以外が正しく育たなかった訳です」
「な、なるほど。良く分かりましたわ」
「野菜の場合は、地面、生命、空気、時間の四種複合でなければなりません。本来は難しい魔法なんです」
「つまり、今のわたくし達では野菜を急成長させて毎日の食卓を潤す事は出来ない、と言う事ですわね」
「そう言う事です。――では、今日の試験はこれでお仕舞いです。明日から何をするのかを理解したでしょうから、予習しておくのも良いでしょう」
「はい。ありがとうございました」
弟子達の礼を受けた師は、満足そうに頷いてから遺跡の中に帰って行った。
そして少女達もそれぞれの仕事に向かう為に解散したが、ペルルドールは慌てて庭の端に行き、口の中に残っている泥臭いトマトの汁を唾に包んで吐き捨てた。




