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四人の少女達は考え込み、黙りこくってしまった。
そうなるだろうと予想していたシャーフーチは、弟子達が戸惑っている様子を確認してから教本に書かれていた通りに補足をする。
「同時に魔法を行使しなさいと言われたのは初めてでイメージし難いでしょうから、ヒントを差し上げましょう。それっ」
シャーフーチが指を鳴らすと、足元に小さな水溜りが現れた。
その水溜りから湯気が立ち上る。
「即席の温泉を作ってみました。これは地面魔法で水を溜め、光線魔法で水を温めたんです。ひとつの目的の為にふたつの魔法を使った訳ですね」
「なるほど」
声を出したのはセレバーナだけだったが、他の三人も微かに頷いているので、それなりに理解しているだろう。
「こんな単純な発想でも良いんです。――さ、最初は誰からやりますか?」
しかし誰も動かなかった。
セレバーナも考え込んだまま動かない。
「十分に考えてください。制限時間は日没までですが、なるべく早めに答えを出してくださいね。立ちんぼは疲れるので」
数分後、最初に行動を起こしたのはやはりセレバーナ。
「世界魔法はテレパシーだけではありませんよね?」
「勿論です」
「では、私からチャレンジしてみましょう」
セレバーナは目を瞑り、精神を集中する。
すると、ツインテール少女の全身から魔法の気配が滲み出た。
直後、地面に両手を突き、四つん這いの姿勢になった。
「……分かりました」
瞼を開けたセレバーナは、何事も無かったかの様に立ち上がって掌の汚れを払い落とす。
「以前から不思議だったんです。この遺跡は丘の頂上に有るのに、井戸が不自然に浅い事が」
「ほう。どう言う事ですか?」
「地下水脈が丘を登る形で流れているんです。つまり、下から上に向かって川が流れているんですね。物理法則がねじ曲がっているとしか思えない」
「面白いですね。で、それは何の魔法の複合ですか?」
「まず、地面魔法で地下の構造を探りました。すると、丘の下に有る細長い空洞を見付けました。地面魔法だけでは空洞が有る事だけしか分かりませんでした」
ツインテール少女は丘の方向を指差す。
空洞は下の村に向かって伸びているので、水源は村の井戸と同一だろう。
「なので、世界魔法でテレパシーに似た魔力を飛ばして水の流れの向きを把握しました。しかし、今の私では原因を探るまでには至りませんでした」
「テレパシーに似た魔力、とは?」
「無機物にテレパシーを向けても、当然反応は有りません。しかし反応を期待しないテレパシーですと、無反応が動いている事が分かるんです」
「はい、合格です。さぁ、みなさんも後に続いてください」
「何となく分かりました。頑張ってみます!」
次に行動を起こしたのは赤髪少女。
両手を空に向かって突き出し、意識を集中させる。
すると、掌の上で小さな竜巻が発生した。
「うーん、それっ!」
気合と共に両腕を振り下すと、竜巻が庭を縦断して行った。
遺跡と畑の間を上手く通している。
イヤナは両目を瞑り、仁王立ちの格好で踏ん張っている。
数分後、ブーメランの様にイヤナの許に帰って来る竜巻。
それに向かって両手を差し出すと、溶ける様に竜巻が消滅した。
大きく溜息を吐いたイヤナが目を開けると、その両手の上には数枚の木の葉っぱと一枚の羽毛が乗っていた。
「はい、分かりました。私も前から不思議だったんですよ」
「何がですか?」
「遺跡の裏に有る崖は魔王の城の跡だから、ここは世界の果てで、下の村の名前も最果ての村。――って言われてますけど、崖の下には森が広がっています」
イヤナは羽毛を抓み上げる。
この辺りで良く見掛ける鳥の物だ。
焼いても煮ても美味しい。
「遺跡の裏を見て分かる様に、最果ての向こうにも世界が広がっているんですよね」
「ほう。どう言う事ですか?」
「そこまでは分かりませんが、この丘の向こうにも普通の木が生えていて、普通の鳥が飛んでます。と言う事は、ここは世界の端ではない、と言う事です」
「良いところに気が付きましたね、イヤナ。それは何の魔法の複合ですか?」
「相手が居ないテレパシーをイメージして、遠くを見ました。そして、空気魔法で見た物を持って来ました。私の魔力ではそんなに遠くは見れませんでしたけど」
「遠くの場所を世界魔法で見たのなら合格ですね。よろしい」
「ありがとうございます!」
三つ編みを揺らし、大きく頭を下げるイヤナ。
「では、次は私が挑戦します」
庭の畑の境界線付近に立ったサコは、気合と共に地面を殴った。
一度耕して柔らかくなっている為、拳が半分ほど減り込む。
首を傾げ、違う場所に拳を叩き付ける。
シャーフーチは弟子の行動を興味津々で見詰めている。
そこでイヤナが察した。
「その場所……もしかして、地面の下に埋まっているあの岩を探ってるの?」
「うん。あの岩のせいでここで畑を終わらせないといけなかったでしょ?もしも掘り起こせるのなら、と思っていたんだけど」
畑から数歩下がり、もう一度地面を殴る。
そこは耕していない場所なので拳は減り込まない。
「ダメだ。あの岩、凄く大きい。掘り起こしても動かす事が出来ないな」
「そっかぁ」
残念そうに眉を下げるイヤナ。
「では、サコ。何の魔法の複合でそれを探りましたか?」
サコは背筋を伸ばし、師に頷く。
「はい。地面を殴った衝撃を地面魔法で増幅し、世界魔法で土と岩の衝撃の伝わり方の差を探りました」
「衝撃の伝わり方の差、ですか」
珍しく難しい顔をしたシャーフーチを見て不安になるサコ。
「どちらも地面魔法だと思えなくもないですが、世界魔法としてそれを感知したのなら良いでしょう。差を感じられたのなら別の魔法でしょうし。合格です」
「ありがとうございます」
ホッと胸を撫で下ろした茶髪少女は、姿勢良く頭を下げた。




