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日が暮れ、石造りのリビングでロウソクの火が灯った。
今日の夕飯は、タマネギとナスのラタトゥイユ。
ハーブとオリーブ油の香りが食欲をそそる。
こう言った植物由来の調味料は下の村で生産されているので、お金さえ有れば不自由する事は無い。
「お師匠様ーぁ。ご飯ですよー!」
師匠の自室が有る二階に向け、階段下で叫ぶイヤナ。
間も無くシャーフーチがリビングに現れる。
「シャーフーチ。お医者様からの返事です」
制服の内ポケットから封筒を取り出したツインテール少女は、それを師に渡す。
「どうも。どれどれ……」
空の暖炉の上に置かれた燭台の火を背にしたシャーフーチは、封筒を開けて手紙に目を通した。
金髪美少女がその様子をじっと見詰めている。
「どうしました?ペルルドール。手紙の内容が気になりますか?」
シャーフーチは、手紙から目を離さずに言う。
それに驚いた金髪美少女は師から顔を背ける。
ついうっかり不躾な行動をしてしまったので、恥ずかしさで頬が染まっている。
「勿論ですわ。セレバーナの事ですもの」
シャーフーチは苦笑しながら手紙を畳む。
害虫に対する様な態度で師に接する彼女だが、四人の中では一番の仲間想いだ。
ただ、想うだけで動かないのでその胸の内は分かり難いが。
「心配しなくても大丈夫。手紙の内容は、とても良い物でしたよ。詳しくは夕飯を食べながら話しましょう」
封筒を灰色のローブの懐に仕舞ったシャーフーチは、自分の席に座った。
少女達全員も自分の席に着き、普段通りの時間に夕食が始まる。
「お医者様に伺ったのは、『試しの二週間』にセレバーナが耐えられるか?です」
「『試しの二週間』?」
シャーフーチの言葉を聞いたペルルドールが小首を傾げる。
「はい。貴女達には、新たなるステージに進む為の試験を受けて貰います。それが試しの二週間です。その名の通り、二週間続く試験です」
言いながらスプーンでナスを掬うシャーフーチ。
「長丁場なので、体調不良が原因で途中離脱するのは、本人にも仲間達にも良くない影響を与えるかなって思いました。なので、念の為に伺った訳です」
「私を診てくださっている先生は治癒魔法が使える。つまり魔法の修行の経験がお有りなので、的確な判断をくださると思ったのですね?」
ナスを頬張りながら喋るセレバーナに頷くシャーフーチ。
「『試しの二週間』程度なら何の問題も無い、との事です。なので、来週の月曜日から試験を始めたいと思います」
弟子達の表情が引き締まる。
こう言う時はセレバーナが代表して訊いて来たので、今回も黒髪少女が質問する。
「その試験とは、どの様な内容の物ですか?」
「何、簡単な物ですよ。曜日に対応した魔法を使って貰い、貴女達の魔力がどれだけ成長したかを図るんです」
ペルルドールは食事をしていた手を止め、形の良い眉を上げる。
「魔力の成長、ですか?わたくし達は、ある程度の魔法を使える様にはなりましたが、魔力を成長させる様な修行はしていないと思いますが」
「魔法を使おうと努力すれば自然と魔力は高まります。その高まりがどこまで行っているかを見るんです」
シャーフーチは言葉を区切り、スープを啜る。
「ここで一定水準まで行っていなければ失格ですが、貴女達なら大丈夫でしょう。不都合無く魔法を使っていますし」
お互いの顔を見合う少女達。
その中の一人、茶髪のサコが肩を竦める。
「良く考えたら、とんでもない事ですよね。本格的な修行をしない内に実戦で魔法を使っているんですから」
「それもこれも、シャーフーチがのほほんとしているせいですわ」
ジト目で師を睨む金髪美少女。
「勘違いしないでくださいよ、ペルルドール。これはマニュアルに従った行動です。どこに弟子入りしても似た日程で修行は進むはずです」
「本当かしら」
ペルルドールは肩を竦めてからスープを啜る。
「まぁ、私は他の所を知りませんから、胸を張って正しいとは言えませんがね。何にせよ、この試験をクリアすれば新たな修行が始まります」
弟子達を順に見詰めるシャーフーチ。
「ですので、体調、気力、魔力は万端にしておいてください。試験は二週間に渡って行われますから、くれぐれも風邪等は引かない様に」
「はい」
「場合によっては二週間以上試験が続きます。詳しくは試験が始まってから順に説明しますので、早く先に進みたいからと言って焦ったりしない様に」
頷く少女達。
普段は反抗的なペルルドールも真面目な顔で頷いている。
四人の中で一番魔力が低いのは彼女だが、多分大丈夫だろう。
とても負けず嫌いだから。
等と考えていたら、ペルルドールと目が合った。
「何ですか。見ないでください。わたくしが心配ですか?大丈夫です。だから見ないでください、気持ち悪い」
「……すみませんね。なら心配しませんよ」
シャーフーチは唇を尖らせて円卓の木目に視線を落とす。
「止めないか、ペルルドール。彼は五百年以上も生きているクセに、子供みたいにすぐスネるのだ。表面上だけでも尊敬しないといけない」
「本人の目の前でそんな事を言わないでくださいよ、セレバーナ」
苦笑するシャーフーチを尻目に話を続ける黒髪少女。
「神学校にもそんな教師が居たのだ。機嫌を損ねると意図的に試験内容を難しくし、テストの平均点を下げる様な奴がな」
ペルルドールは青い目を見開く。
「まぁ。そんな人が栄えある神学校の教師をなさっているの?問題は有りませんの?」
「問題は無い。彼曰く、正しい試験範囲内からの出題に答えられない方が悪いそうだ。私もそこだけは同感だ。そこだけだがな」
澄まし顔でスープを啜るセレバーナ。
「人間的に尊敬出来なくても師は師。人生の先輩だ。敢えて苦難に立ち向かう事に喜びを感じる人間なら話は別だが、無意味に印象を悪くする必要はあるまい」
「そうですわね。では、シャーフーチ。先程の非礼をお詫び申し上げます」
ペルルドールは、最高の王族スマイルで頭を下げる。
あからさまな皮肉が籠った謝罪に面食らったシャーフーチは、視線を逸らしてポツリと呟いた。
「……気持ち悪」
「何ですってぇ!」
椅子を鳴らして立ち上がったペルルドールは、真っ赤なワンピースを翻してふんぞり返った。
「わたくしに対しての雑言は許せません!訂正してください!」
「はいはい、ごめんなさい」
「キー!ふざけて!」
金切り声を上げて怒ったペルルドールは、両腕を妖しく動かした。
上半身だけを動かすダンス。
その動きに呼ばれ、金髪美少女の両手に蛍の光の様な物が集まる。
そして小石を投げる様な仕草を取ると、光の矢がシャーフーチに向かって放たれた。
「これは……。いつの間に精霊魔法を会得したのですか?」
シャーフーチは驚きながら左の掌を上げる。
すると見えない壁に光の矢が当たり、粉々に弾けて消えた。
「ヴァスッタの事件の後、独学で。いけませんでしたか?」
言いながら光の矢を打ち捲るペルルドール。
精霊魔法は踊りによって精霊の気を引き、踊り手の周囲に集まって来た精霊から力を借りる魔法。
なので、踊りと周囲の精霊力が続く限りは魔力が尽きる事は無い。
「いけなくはありませんが、独学は感心しませんね。御覧の通り、涼風の如し。師から習っておらず、手本を見ていないので、基礎がなっていないんです」
シャーフーチは苦も無く光の矢を弾きながら溜息を吐く。
「この程度で『試しの二週間』を乗り越えられるんでしょうかねぇ」
「これは本気ではないからです!御覧なさい!」
今度は足も含めたダンスを始めるペルルドール。
金髪美少女の全身が金色に光り、石造りのリビングが昼間の様に明るくなる。
素人目には思い通りに精霊を使いこなしている風に見える。
シャーフーチが教える女神魔法は苦手だが、踊りの源が自身の血筋にある精霊魔法は使い易いんだろう。
本人も自身の才能に気付いているから、あえて使って見せているのかも知れない。
師の反応を見る為に。
「全く。しょうがない二人だな」
セレバーナは、我関せずに夕食を進める。
イヤナとサコも仲裁を諦め、楽しそうにケンカしている二人から自分のラタトゥイユを避難させた。




