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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第六章
173/333

1

「みなさん、おはよう」


灰色のローブを身に纏っている黒髪長身の男性が、珍しく呼ばれる前に朝食に顔を出した。


「おはようございます、シャーフーチ」


いつもと違う行動なので、彼の弟子である四人の少女達は(もしかしたら新しい魔法を教えてくれるのか?)と期待しながら朝の挨拶を返した。

しかしシャーフーチは特に何をする訳でもなく石造りのリビングを真っ直ぐ進み、部屋の中心に置かれてある円卓の上座に座った。

円卓の上で指を組み、薄ぼんやりと夏がすぐそこまで来ている窓の外を見ている。

こんなに朝早くからやる気を出す人ではないので、最初から期待はしていなかった。

だからガッカリ感は最小で済んだので、少女達は手を休めずに朝食の準備を続ける。


「では。――いただきます」


今日の朝食は、ジャガイモを煮て塩を振り掛けた物のみ。

シャーフーチはイモをフォークで切り分けながら黒髪ツインテールの少女に視線を向ける。


「セレバーナ。確か、今日は月一の定期検診の日でしたよね?」


「はい。朝食が終わり次第、転移魔法で王都に行きます。こちらから向こうに行くのは初めてなので不安ですが」


大手術の影響で少し頬がこけているセレバーナがイモを飲み込んでから言う。

食事が豪華ならすぐに少女らしい丸みを取り戻せるだろうが、貧乏暮らしは魔法の修行に必要なので仕方が無い。


「こちらに戻って来たので大丈夫ですよ。では、主治医の先生にこれを渡し、返事を貰って来てください」


シャーフーチは細長い普通サイズの封筒を円卓に置く。


「これは?」


「今後の修行に関するお伺いです。――些細な質問ですから、みなさんが心配する事ではありません」


セレバーナ以外の三人が不安そうな顔になったので、付け足す様に言うシャーフーチ。


「些細な質問に対する返事がもしも良くない物だった場合、修行の中止は有り得ますか?」


セレバーナは、仲間達の表情を金色の瞳で見渡しながら訊く。

自分の身体に何か有ったら、きっとみんなに迷惑を掛けるだろう。

そうなってから慌てていては遅いので、事前にいちいち確認する必要がある。


「一番最悪な返事だった場合は中止せざるをえませんが、そんな状態ならそもそも退院出来ないでしょうから、まぁ大丈夫でしょう」


「分かりました」


封筒を手元に引き寄せたセレバーナは、それを神学校の制服の内ポケットに仕舞った。

そしてイヤナの料理にしては物足りない味付けのジャガイモを頬張る。

仲間達も食事を進め、間も無く全員の皿が空になる。


「ごちそうさま。――では、後片付けが終わったら健康診断に行って来る」


食事の邪魔にならない様に開けていた神学校の制服の襟を正したセレバーナは、仲間達と共に食器を片付けた。

それが終わりそうになった時、ふと思い付いて師に顔を向ける。


「ああ、そうだ。シャーフーチ。転移魔法に集中する為に空き部屋を利用したいのですが、構いませんか?」


「どうぞ。使う部屋には転移用とでも書いた張り紙を張ってください。転移魔法の失敗をフォローしなければならなくなった時、私が分かり易い様に」


シャーフーチは即答で許可する。

集中するだけなら自室が一番なのだが、彼女達の自室には未熟な魔法が暴走しない様に魔法封じが施されている為、転移魔法での出入りが出来ないのだ。


「分かりました。では行って来ます」


今日は間に合わないからそのままで使うが、今後も定期的に利用する予定なので、空き部屋を転移魔法仕様に改造しよう。

防音処理を施せば、転移先のイメージに集中し易くなるだろうし。

もちろん他のみんなの意見も取り入れ、全員が転移し易い仕様にするつもりだ。

ただ、最終的にはいつでもどこでも魔法に集中出来る様に成長しなければならないので、あまり便利にしても問題が有るだろうが。


「あ、待ってセレバーナ。もしもチャンスが有ったら、コショウを買って来て貰いたいの。買えるだけ沢山」


赤髪をおさげにして黄色のカチューシャを嵌めているいるイヤナが小走りで台所に行く。

そして秘密の小棚から生活資金を取り出した。

銀貨二枚なので、そこそこの量を買って来て貰いたい様だ。


「それは構わないが、下の村で買えば良いんじゃないか?」


「この前の大雨の影響で通れなくなった道が有るらしいの。そこが復旧するまで、最果ての村は調味料不足になるんだって」


セレバーナはイヤナから銀貨を受け取る。

なるほど、だから大量に必要なのか。


「では、王都での物価次第では儲ける事が出来るな。需要が多い調味料は喉から手が出る程欲しい状況だろうから、持てる限り買って来よう」


「困っている村の人に高く売り付けるの?」


「その言い方は悪意が有るな。これは真っ当な商売だ。交通費を使わなくて良い分、むしろ格安でお譲り出来る、筈だ。だから、もっとお金を貰えるか?」


「なら良いけど」


イヤナから五枚の銀貨を受け取ったセレバーナは、再び考える。


「ふむ。今はまだ未熟だから無理だが、将来的にはそう言った行商も可能かも知れないな。庭の野菜を王都で売り、王都の物を村で売る、と言う」


「行商、とは何ですの?」


小首を傾げる金髪美少女。

彼女はこの国の第二王女なので、貴族の生活とは無縁な世上の営みに疎い。


「それはだな――と説明したいところだが、残念ながら時間が無い。今度ヒマが有ったら話そう」


片手を上げて会話を終わらせたセレバーナは、師に一礼してからリビングを出て行く。


「じゃ、私達は次の野菜を植えようか」


動き易い様に、同時にこれからの季節暑くならない様に茶髪を短く切っているサコが、背の高さに合っていない可愛らしい声で言う。


「そうですわね」


金髪美少女が王族スマイルで頷く。

自分達が育てた作物を収穫し、そして味わってからは、農業の楽しさがクセになって来ている。

だから畑仕事を嫌がる事はもう無い。


「頑張ってくださいね」


それぞれの持ち場に行く少女達を暢気に見送るシャーフーチ。

家事の手伝いを一切しない師に殺意の籠った青い瞳を向けた金髪美少女は、しかし無言でリビングを出て行った。


「はー、怖い怖い。年頃の女の子は難しくて困りますねぇ」


一人リビングに残ったシャーフーチは、円卓に手を突きながら立ち上がった。

そして小声で呟く。


「そんな可愛い弟子達の為に、準備だけはしておきましょうかね」

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