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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
172/333

31

「おかえり、セレバーナ!」


三人の少女が一斉に言い、一斉に立ち上がる。


「もう大丈夫なの?」


駆け寄りながら訊くイヤナに頷くツインテール少女。


「手術跡が痛むのでしばらくの間は無理出来ないが、それ以外は何の問題も無い。――ところで、トイレの電球はどうなった?」


「もう大分前に消えちゃったよ。ロウソクの節約になって便利だったんだけど」


そう応えるサコに小さい顔を向けるセレバーナ。

一ヵ月以上の入院生活のせいか、畑仕事を頑張った証である日焼けが取れ、真っ白な顔色になっている。


「何日で消えたか正確に調べている……訳は無いよな。まぁ良いさ。また作れば良い。金の掛らない明かりは有って困る物じゃないしな」


「そんな事より、突然現れたのは何ですの?本気で驚いたんですけど」


「うむ。その答えはコレに有る」


ポケットから一枚の便箋を取り出したセレバーナは、それをペルルドールに渡した。


「それは退院したら開けと言われた封筒の中身だ。それを見てどう思う?」


ペルルドールは、畳み皺を伸ばしてから書いてある文字を読む。


『貴女には、新しい魔法を使って遺跡に帰って来て貰います。

魔法の力を必死に使う事により、指輪の自壊を防ぐために。

その魔法とは、転移魔法です』


「転移魔法……?」


小首を傾げるペルルドール。


「シャーフーチが良くやっている瞬間移動の事だ」


「ああ、なるほど。だから突然現れたんですね」


ペルルドールは納得する。


「うむ。その先に書かれてあるが、円卓に置いた対の指輪を目印に飛べば、ここに一瞬で帰って来れる。すぐに飛べれば指輪の崩壊も防げる」


腕を組むセレバーナ。


「それを読んだ時は何日も旅をするより楽だろうと思ったのだが――それに従ったら飛ぶのに五日も掛かってしまった。それなら普通に帰って来た方が早かった」


「いいえ。魔法を使わなかったら指輪は持たなかったでしょうから、それで良いんです」


シャーフーチは、スープに沈んでいるフランクフルトをスプーンで一口大に切っている。


「そして、他の三人にも同じ魔法を使って貰います。それが次の課題です」


新しい課題と仲間の生還に喜びの笑みを零す三人の少女。


「じゃ、さっさとお昼を済ませて課題をしましょう。あ、セレバーナの分を用意しなきゃ」


キッチンに行こうとするイヤナを呼び止めるセレバーナ。


「いや、もうお昼は食べた……いや」


セレバーナは小さい鼻を鳴らして思い直す。

リビングに充満する匂いだけで美味しいのが分かる。


「やはり一口だけ欲しいな。すまないが、小皿で貰えるだろうか。久しぶりにイヤナの料理を味わいたい」


「うん!」


キッチンに行くイヤナを見送った後、金色の瞳でリビング内全体を見渡すセレバーナ。

壁も床も石造り。

床には南国で編まれた絨毯が敷かれてある。

そして中心には木目が美しい円卓。

懐かしい風景に安堵を覚える。

やっとここに帰って来れた。


「今回の事で、私にはまだまだ覚悟が足りないと自覚した。この試練を乗り越えた事で、君達のレベルまで上がれた事を期待したい」


「どう言う事?」


不思議そうに訊くサコに頷きを返したセレバーナは、制服のポケットから小さな包みを出した。


「今回の事で世話になったサコにプレゼントだ。買って貰った本は、予定通り匿名で小児科に寄付して来た」


「ありがとう。開けて良い?」


「どうぞ。――つまりだ。私には逃げ道が複数残されていた。神学校へ帰ったり、財閥に就職すると言う道がな。その逃げ道を完全に捨てた。と言う事だ」


ユキ先生には申し訳無かったがな、と呟いて目を伏せるセレバーナ。


「優しそうな先生だったから分かってくれるよ」


サコは小さな包みを開ける。

中には柔らかい素材で出来たオモチャみたいなブレスレットが入っていた。


「それはスポーツ選手の間で流行っている物で、嵌めているだけで身体のバランスを整えてくれるらしい。科学的根拠は無いらしいから、気休め程度のお守りだな」


「ありがとう。噂には聞いた事が有るよ。大人気で手に入らないって聞いてたけど、良く買えたね」


「私は運が良いのだ。さて、ペルルドールには本物のお守りを返さなくてはな。確かに効果抜群だった。こうして無事に帰って来られたのだからな」


セレバーナは、白金で出来た国宝級のブローチを金髪美少女に手渡しで返す。

それを一瞥して本物である事を確認したペルルドールは、無造作にワンピースのポケットに仕舞った。


「でしょう?」


「ああ。術後の経過が異常に順調だったと主治医の先生も驚いてらっしゃった」


セレバーナは胸に手を当てる。

この制服の下には一生物の傷跡が有る。

ここで生きて行く覚悟をした証だ。


「そして、私の席がまだ有る事を喜ぼう」


セレバーナは、感慨深く自分の椅子を見詰める。

長い間留守にしていたのに、埃ひとつ落ちていない。


「お待たせ。はいどうぞ。ごめんね、これっぽっちで。フランクフルトは煮ないといけないから」


大きな本を脇に置きながら椅子に座ったセレバーナの前に、食べ易い形に切られたじゃがいもが一個だけ盛られた小皿のスープが置かれる。


「構わないさ。謝らなければならないのは、わがままを言った私の方だしな。では、頂きます」


スプーンでじゃがいもを解し、それを口に運ぶセレバーナ。


「……うむ。この塩加減。隠れたコショウの香り。丁度良くほくほくの芋。これだ。帰って来た実感が沸く」


「喜んで貰えて良かった。じゃ、私達も食べましょう。新しい課題が出たんだし、頑張らなきゃ」


満面の笑みでそう言うイヤナに頷いた他の少女達も昼食を食べ始める。


「しかし、転移魔法かぁ。使えれば便利だけど、どうすれば良いのか想像も付かないなぁ」


サコが新じゃがを食べながら悩む。


「コツを教えて貰えますか?セレバーナ」


ペルルドールに訊かれたセレバーナは、小皿を呷ってスープを飲んだ後に一息吐いた。

美味かった。


「成功させなければ指輪が壊れそうだったからな。必死だった。だからコツを掴む余裕は無かった」


小皿を置いたセレバーナは、円卓の上に散らばっている指輪の欠片を摘み上げた。


「だが、転移魔法のジャンルは分かった。恐らく空気魔法だな。この目印は初心者向けであって、最終的には行った事の有る場所なら自由に飛べるはずだ」


「空気、ですか?」


小首を傾げるペルルドール。


「そうだ。空気はこの地上のあらゆる場所に有るだろう?自分の存在をそれと同じにするんだ。結果、自分はどこにでも居る事になる」


「どこにでも居るんだから、どこにでも現れる事が出来る、と言う理屈か」


「その通りだ、サコ。だから水の中や岩の中には飛べない。つまり危険は無い。神の座を借りる事が魔法を使う事とは良く言った物だ。空気魔法は正に神の奇跡だな」


「難しくて全く分かんない!」


イヤナが開き直った不機嫌顔で言う。


「では想像してくれ。私は長い間一人で入院していた。色々と不安だった。早く帰りたかった。君達に会いたかった」


イヤナ、サコ、ペルルドール、と、名前を呼びながら順に見るセレバーナ。


「そこで転移魔法の課題が出て、それについて考えた」


転移魔法のヒントは、一番最初に教えて貰った死の呪文の中に有った。

魔法の真理を知らない者にそれを話すと、その者は世界に否定されるらしい。

その事を理解する為に、セレバーナは無意識の瞬間移動を例えに出した。

このリビングから自分の部屋への瞬間移動を。


「だから転移魔法の概念は分かっていた。目印である指輪の位置も分かっていた。ではどうやって飛ぶか」


女神魔法の種類は七つ。

世界。

生命。

時間。

空気。

地面。

光線。

汚穢。

それぞれについて、トコトン考えた。


「そして気付いた。君達と私は同じ空の下で同じ空気を吸っている。そこに距離は無い、と」


「まだ難しい!」


「つまり、ですね」


代わりにペルルドールが説明する。


「退院したら、瞬間移動してでもすぐに帰りたいと思って魔法を使った。と言う事ですね」


「まぁ、そうだな。つまりはそう言う事で私は転移魔法が使えたと言う訳だ。一度出来てしまえばそんなに難しい魔法じゃない。目的地の空気を感じられればな」


「なるほど!それなら分かった!」


無意味に偉そうに頷いたイヤナは、改めてセレバーナを見た。


「やっぱりセレバーナが居ないと、みんなが一緒じゃないと、私達は私達じゃないね。これでやっと元通りだ」


その言葉に頷くサコとペルルドール。

師匠もこっそりと頷いている事を横目で見たイヤナは、スプーンを置き、背筋を伸ばしてから薄く笑む。


「無事に帰って来てくれてありがとう、セレバーナ。もう一回言いたいから言うね。――おかえり、セレバーナ」


それを聞いたセレバーナは、照れ臭そうに微笑んでから応えた。


「ただいま。私を待っていてくれて、こんな無愛想な私を受け入れてくれて、ありがとう」

第五章・完

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