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春野菜の全てを収穫し終わったので、最果ての遺跡に住む三人の少女は秋野菜を植える為の準備を始めていた。
「手術の日から、今日で三週間かぁ」
朝からずっとクワを振っていたイヤナが手を休めた。
その視線は遺跡正面に有る門の外に向いている。
「いつ帰って来てもおかしくないはずなんだけど、ちょっと遅いよね。大丈夫かなぁ」
春野菜の残骸ごと土を耕しているサコが言う。
この畑はこのまましばらく放置して残骸を腐らせ、次に植える野菜の栄養とする。
「絶対大丈夫です。十日前に手術の成功を知らせるセレバーナ直筆の手紙が届いたんですもの。今頃は帰りの馬車に揺られているはずですわ」
日差しが強くなって来たので、麦わら帽子にほっかむり、厚手の手袋で日焼け防止をしているペルルドールが言う。
言ったが、他の二人の心配に影響され、ついつい門の外を見てしまう。
「病み上がりでは帰路に時間が掛かるでしょうから、信じて待つしかありませんわ。――もっとも、余りにも遅いと指輪の自壊が怖いんですけど……」
「その肥料を撒き終えたら丁度お昼くらいかな。もう一頑張りしよっか」
太陽の位置を確認したイヤナがクワ振りを再開させる。
仲間は心配だが、お喋りで畑仕事が遅れるのも良くない。
「ええ」
木製のバケツを持っているペルルドールは、二人が耕し終えた所に化学肥料を撒く。
そして畑仕事が終わり、ちょっと遅めになった昼食の準備を始める三人の少女。
少女達は、キッチンと水場を忙しく往復しながらリビングの中心に有る円卓をチラ見する。
その中心に置いてある金色の指輪に、一週間前からヒビが入り始めた。
最初は微かな傷でしかなかったそれは、今では遠くからでもハッキリと視認出来るほどの亀裂になっている。
このペースでは明後日過ぎには形を保てなくなるだろう。
「美味しそうなフランクフルトが安く買えたから、お昼はそれを入れた新じゃがいものシンプルスープにしましょう」
イヤナは勤めて明るく言う。
指輪の話題になると絶対に雰囲気が暗くなるので、なるべくそれから話を逸らしている。
三十分後、円卓にスープが並ぶ。
「シャーフーチ!お昼の準備が整いました!」
「はいはい」
サコに呼ばれたシャーフーチが円卓の上座に着いた。
三人の少女も円卓に着き、いつも通りペルルドールが一人で女神に感謝の祈りを捧げる。
静かな祈りの最中、ペルルドールの耳に金属が弾ける音が届いた。
驚いて目を開けた金髪美少女の青い瞳に、粉々になって飛び散る金色の指輪が映った。
イヤナとサコも驚き、目と口を大きく開いている。
シャーフーチの表情は変わっていない。
この指輪はセレバーナの指に嵌っている指輪と状態が同期している。
それが砕けたと言う事は、遠く離れた場所に居るセレバーナの指輪も同じ様に砕けている。
「そ、そんな……セレバーナ……!」
ペルルドールが絶望の込もった声を洩らした。
弟子の証である指輪が砕けたと言う事は、今この瞬間、セレバーナが弟子の資格を失ったと言う事――
「何だ?」
指輪が置かれていた円卓の中心に、妙に量が多い黒髪をツインテールにした少女が立っていた。
神学校の制服を着ていて、左手で大きな本を胸に抱き、小さなリュックを背負い、右手には大きな風呂敷包みを下げている。
「む。こんな所に出るのか。食事中、失礼した」
新品のローファーの踵を鳴らし、シャーフーチの方に歩くセレバーナ。
そして円卓から飛び降りる。
床に着地した時に一瞬だけ胸の痛みに顔を顰めた黒髪少女は、シャーフーチの目の前に風呂敷包みを置いた。
その姿を茫然と見守る三人の少女達。
「シャーフーチ。病み上がりの弟子に無茶な課題を出すとは何事ですか。もう少しで指輪が自壊するところでした」
セレバーナは師匠に向けて左手を翳す。
その中指に嵌っている金色の指輪はヒビだらけで、指輪の形を保っているのが不思議なくらいの有様だった。
「ん?ふたつ目の指輪が壊れている。これは大丈夫なんですか?」
セレバーナが自分の左手に金色の瞳を向ける。
さっきまではふたつ有ったはずなのに、一個しか嵌っていない。
「魔法が成功したショックで壊れたんでしょう。そっちの方なら大丈夫です。しかし、弟子の証の方も危ないですね。直しましょう」
シャーフーチがセレバーナの指輪を軽く撫でると、元の綺麗な指輪に姿を戻した。
「ありがとうございます」
頭を下げた後、茫然としている仲間達に無表情を向ける黒髪少女。
「ただいま。長い間留守にして迷惑を掛けた。この風呂敷の中身は王都土産だ。お菓子やら保存の効くおかずやらが入っている。みんなで食べてくれ」
そう言ったセレバーナは、師の目の前に置いた風呂敷包みを開いた。
最果ての村では手に入らない色取り取りの食べ物が円卓の上に姿を現したが、仲間の三人は驚きの表情のまま固まっていて、それに瞳を向ける事はなかった。




