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「お帰りなさい。どうでした?」
遺跡のリビングに帰るなり、イヤナに質問された。
三人の弟子達は、自分の席に座らないまま師の帰還を待ち構えていた様だ。
「セレバーナは、確かに危機的状況でした。ですが、もう大丈夫でしょう。もっとも、それと手術の結果は別問題ですが」
円卓の上座に座ったシャーフーチは、片手で持っていた食べ掛けの皿を置く。
それに続いて三人の少女もそれぞれの席に座った。
「セレバーナに何が有ったんですの?」
ペルルドールが心配そうに訊く。
「勝手にバラしたら一生恨まれそうですから、それは彼女が帰って来てから、本人に直接訊いてください。恐らく口を割らないでしょうが」
「そんな事を言って、本当は説明するのが面倒なだけだったりして」
師匠の性格を把握して来たイヤナが笑顔で言う。
「まぁ、あの状況を説明するのはかなり面倒臭いのは事実ですがね。ん?貴女達、まだ朝食を食べていないんですか?」
円卓に並んでいるスープは、全く手が付けられないまま冷め掛けている。
「はい。セレバーナが心配で」
サコが言う。
「スープを食べたセレバーナは、イヤナの料理は最高だと褒めていましたよ。病院食がまずいから尚更だと。危機が去った後の彼女はいつも通りでした」
師の言葉を聞いた弟子達の表情から不安が薄れて行く。
「では、頂きましょう」
「はい」
揃って頷いた少女達と一緒に朝食を始めるシャーフーチ。
しかしペルルドールは師匠が持って帰って来た食べ掛けの皿が気になり、食事が進まない。
「ところで、それはどうしましたの?かなり残っていますが。セレバーナは、それを全て食べ上げる事が出来ない状況なんですの?」
「これは今回の呼び出しの報酬ですよ。彼女は無一文でしたので、苦肉の策です。報酬ですから、私が一口は食べないといけません」
「……あの。セレバーナは、それを食べたんですよね?味の感想を仰ってましたし」
青い瞳で皿の中身を見詰めるペルルドール。
「はい。食べましたよ?」
「女性の食べ掛けを報酬として受け取り、それを食べるなんて……。気持ち悪い」
シャーフーチはガックリと肩を落とす。
「そんな言い方をしたら本当に気色悪いじゃないですか。先程も言いましたが、苦肉の策なんです。放っておいてください」
そんな二人を見てアハハと笑うイヤナ。
「でも、セレバーナはもう大丈夫なんですよね。良かった良かった」
うんうんと頷いたイヤナは、円卓の中心に置いてある指輪を見た。
つるりとした表面が金色に輝いている。
「早く帰って来ないかな。セレバーナ」
イヤナが笑顔で願っている丁度その頃。
王都に居るセレバーナは、病院を抜け出した事をナースにこっぴどく怒られていた。
しかも春キャベツの卵スープを食べてしまったので麻酔が掛けられず、手術は数日後に延期された。
胃の中に物が入っている状態での麻酔は危険なんだそうだ。
キーサンソン先生にも平謝りしたセレバーナは、病室に戻って大切な祖父の発明日記を胸に抱いて祈った。
「お爺ちゃん。私、あの遺跡に帰りたい。だから、私を守って」
楽園でも地面の下でもどこでも良い。
もしもお爺ちゃんが私を見守ってくれているのなら、私の願いを聞いて欲しい。
「私は、生きたい」




