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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
167/333

26

ベッドの中で眠ろうと努力していたセレバーナは、再び不安に襲われた。

雨の音は嫌いではないのだが、今日に限っては妙に癪に障る。

どうにも精神が安定しない。

目を開けると、部屋は真っ暗。

ロウソクを点けようとして、止めた。

マッチが勿体無い。

寝よう。

……。

ユキ先生が私に父の事を話したからあんな夢を見たんだろう。

私の運が悪ければ、何も分からない幼児の内に死んでいた。

死ぬかも知れない恐怖に怯えて眠れない夜を過ごすくらいなら、あの時に死んでいた方が良かったのか。

……。

死んだら、どうなるのかな。

それは誰にも分からない。

死んでみなくては分からない。

私が死んだら、仲間達は悲しんでくれるだろうか。

なんにせよ、私抜きで一人前の魔法使いになるんだろうな。

私は……。

考えながら二連の指輪を弄っていたセレバーナは、その感触に驚いて金色の瞳を見開いた。

布団から左手を出し、目の前に持って来る。

そして中指に嵌っている指輪を右手の人差指で擦る。

これは、ヒビ……?

ゆっくりと起き上がったセレバーナは、ロウソクに火を灯し、その炎に指輪を翳した。

光の角度を調節すると、つるつるだった金色の指輪に、薄らとヒビが入っていた。

自壊が始まった。

それを確認したセレバーナは、不思議と落ち着いた心でベッドから降りた。

このままでは封印の丘に帰れなくなる。

不安に打ち勝ち、手術が成功しても、あそこに帰れないのでは意味が無い。

火の点いたロウソクが乗った燭台を持ったまま、今後の事を考えながら病室内をウロウロする。

頭を下げて神学校に戻り、世の中を良くする為に頑張るか?

それとも、どこかの財団に行って発明をさせて貰うか?

どちらに行っても自由が無くなり、重責を背負わされる。

もしもセレバーナに発明の才能が無く、何の成果があげられなければ、父と同じく薄給で肩身の狭い思いをするだろう。

どこにも行きたくない。

遺跡に帰りたい。

何だか息苦しくなって来た。

このまま死んで楽になるのも悪くない気もして来た。

……やっぱり死ぬのは嫌だ。

怖い。

応接セットのソファーに座り、持っていた燭台をテーブルに置く。

善人が死んだら女神の楽園に行き、何の不自由も無い第二の人生が与えられるのがこの国の生死観だ。

悪人は魔物が蠢く地獄に落とされる。

だから女神に不要と思われない様に、世界に必要とされる様な清く正しい人間になれと教会は教えている。

しかし、女神は居ないと言う真実を知る事が魔法を習う第一歩だった。

なら楽園も無いのではないだろうか。

いや、待てよ?

女神魔法の源は、神の力が残っている神の座から借りている。

未熟な少女には神の座を感じる事は出来ないが、それがまだ有るのなら、女神が居るとされる楽園も有るのではないだろうか。

つまり、座が安置されている場が楽園なのではないだろうか。

楽園が有るのなら、死ねば祖父と母に会えるんだろうか。

楽園が無いのなら、祖父と母はどこに行ったんだろうか。

ロウソクの火を見詰めながら考えていたら、ふと思い出した。

地面に落ちた果物が腐って土に帰る様に、人間も死んだら腐って土に帰ると言う、修道院の(なにがし)が書いた論文が有った。

死を科学的に捉えるのなら、死と同時に腐り始める人の肉体も、他の生物と同じく土に帰ると考える方が自然だ。

だから死後の世界は無く、腐って分解された肉体と精神は大地の栄養となって別の物に吸収されるのだと言う。

怖い考えだ。

このまま死んだら、セレバーナ・ブルーライトと言う個人の肉体と精神は大地によって分解され、消えて無くなってしまうと言っているからだ。

それが正解だとしたら、死後の楽園と言う物は昔の人が作り出した想像の世界と言う事になる。

そんな架空の世界を作り出した人の気持ちは分かる。

今なら痛いほど分かる。

まるっきり消えて無くなると言う状態を誰もが想像出来ないので、とてつもない恐怖を感じるからだ。

死んだら別の世界に行き、そこで幸せになれるのなら、死ぬのも悪くない。

死後の世界に関する論議は面白そうだと思うのだが、この国ではその研究は全くされていない。

女神信仰に背く異端的な考え方だからだ。

腐敗の論文を書いた人間の名と、書いた後にどうなったかは残されていない。

本来なら、その論文も即刻焚書にされ、闇に葬られる筈だった。

だが、書かれた当時は科学が流行り出した初期の頃で、その流れに則って書かれた物だったから遺された。

もしかしたら将来何かの役に立つのでは?と神学校の秘密の図書館に保管されていたのだ。

それは一般学生や教師にも読めない最高機密の物だが、セレバーナは読む事が出来た。

秘密の図書館に入れた理由は、こんな豪華な病室に入れられた理由と同じ。

天才として将来を有望視されていたから。

それなのに自主退学をした私。

どう考えても学校には戻れない。

なぜ戻る事を考えていたのか。

指輪のヒビを見ると将来を悲観して死にたくなるが、本当に死ぬ事を考えると死にたくない。

私は、どうしたら良いんだ……。

妙に量が多い黒髪を下している頭を抱えて考えていると、病室が明るくなって来た。

夜明けだ。

ソファーに座ったまま閉まっているカーテンを見る。

雨のせいでそれほど明るくないが、カーテンの端から光が洩れて来ている。

瞳孔が開き切っているのか、その僅かな光がとても眩しい。

数時間後、手術が始まる。

心臓の動悸が早くなり、嫌な汗が噴き出し、呼吸が苦しくなって来た。


「わた、わたしは……どうしたら良いんだ……」


ソファーに座っているだけなのに全力疾走している様な状態になっているセレバーナ。

酸欠に似た感覚に陥っている胸を手で押さえる。

すると、パジャマの繊維に指輪のヒビが引っ掛かった。

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