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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
166/333

25

雨の音が世界を支配していた。

仰向けに寝転がっている視線の先には一面の黒い雲。

無数の水滴が空から落ちて来ている。

金色の瞳を動かすと、絵本に出て来る様な黒いローブを着た魔女がホウキに跨って青空を飛んでいる様子が見えた。

私が横になっている所は雨なのに、向こうは良い天気か。

何て事だ。

それより、ここはどこだ?

酷く眠くて目を開けるのが辛い。

それでも必死に目を開ける。

両脇に切り立った山肌が有り、そのはるか上で真っ黒な雲が凄い速さで流れている。

ここは、谷底か。

どこの谷だ?

顔を動かすと、周囲に散らばる馬車の破片が見えた。

これは、まさか……。

眩暈がして、一瞬だけ周囲が暗くなる。

視力が戻ると、一人の魔女が谷底を歩いて来た。

こちらも黒いローブ姿で、緑色のオーラを纏っている。

あれは癒しの力。

助けて、助けて。

私は馬車ごと谷に落ちた。

父親の卑劣な罠によって馬車ごと谷に落とされた。

私は幼児の様に小さな手を魔女に向けて伸ばす。

黒いローブを着て緑のオーラを纏った魔女は、冷たい目で私を見下ろした。

その顔は、サコだった。

助けて、私はまだ生きている。

死体を見る様な目で見ないで。

身体が動かないの。

声が出ないの。

心臓に、木の棒が刺さってるの。

って、心臓に木の棒が刺さっていたら、私は死んでいるじゃないか。

冷たい目のままのサコは私の訴えを無視し、晴れている方に向かって歩いて行った。

待って、助けて、置いて行かないで。

眠くて身体が動かない。

この眠気は、もしや死の前兆なのだろうか。

それとも、本当はもう死んでいる?

死にたくない。

助けて助けて助けて。

たすけて!

必死に救いを念じる私に背を向けたサコは、空を飛んでいた魔女に手を振る。

体格の良い少女の隣に降り立ったのは、金髪のペルルドールだった。

いつの間に空を飛べる様になったんだ?

ペルルドールは今まで乗っていたホウキの柄を地面に刺し、なぜか情熱的なダンスを踊り始めた。

黒いローブから紐の様な水着に着替えている。

次の瞬間、バラバラだった馬車が元の形に戻り、新品の輝きを取り戻した。

ペルルドールの精霊魔法の効果か。

サコとペルルドールは、仲良くその馬車に乗り込んだ。

そして、馬が居ないのに走り去って行く。

誰の魔法で動いているのだろうか、と考えてやっと気付いた。

自分は置いて行かれたのだ。

遺跡に残った仲間達は修行を続け、立派な魔法使いになったのだ。

自分は知らぬ土地で心臓が壊れて死んで行くのだ。

一人で死ぬのだ。

そうだ、イヤナは?

イヤナはどこだ?

その姿は見えない。

目が開けられない。

眠い。


「バイバイ、セレバーナ」


唐突に耳元で囁やかれ、驚いて目を開けるセレバーナ。

ビックリしたせいで、心臓がパジャマを押し上げる勢いで跳ねている。


「……?」


真っ暗な部屋。

この暗さは、まだ夜中か。

高い天井。

白い壁。

フカフカなベッド。

ここはどこだ?

数秒ほど混乱したセレバーナは、王都記念病院に入院していた事を思い出した。


「夢、か」


深く息を履き、掛け布団を口元まで引き上げる。

溜め込んでいた不安が全て現れた様な嫌な夢だった。

良く考えれば矛盾だらけだったし、最後の一言以外は無音だったし、雨に打たれているのに不快ではなかった。

普段なら、すぐに夢だと分かりそうなのに。

だが、現実に戻って振り返ってみると、割と面白い内容だった。

自分の脳内での出来事なのに、予想も出来ない展開が繰り広げられるから夢は興味深い。

出来れば全ての夢を覚えておきたいが、それもままならないのがもどかしい。

まぁ、そんな事はどうでも良いか。

寝直そう。

今の私に睡眠不足は毒だ。


「……」


眠いのだが、寝付けない。

しかし、本当に嫌な夢だった。

ペルルドールとサコが一人前の魔女になっていた。

そして、イヤナが別れの言葉を言った。

起こされたあの声は、確かにイヤナの声だった。

だがそれは夢の中の出来事だ。

実際に耳元でそう言われた訳じゃない。


「……居ないよな?」


布団から顔を出したセレバーナは、真っ暗な病室を見渡す。

大丈夫、誰も居ない。

本当に耳元で囁かれた様な声だったので、確認せざるを得なかった。

あの三人が何らかの課題をセレバーナ抜きでクリアし、こっそりとこの部屋までやって来たのかと不安になったが、そんな事は無かった。


「……無いよな?」


いちいち不安が頭をもたげて来るので眠れない。

完全に目が覚めた。

こうなると布団の中に居るのがヒマになり、起き上がりたくなる。


「はぁ……」


溜息と共にベッドの上で正座したセレバーナは、枕元に置いてあるロウソクにマッチで火を点けた。

消灯後は一部を除いて全館で電気が通っていないので、夜中にトイレに行く用に支給されているのだ。

小さく淡い光に照らされる広い病室。

広過ぎるので暗闇が残っている場所は多いが、イヤナが隠れている様子は無い。

彼女が居たら、応接セットに座っているか、サコが使っていた付き添いの人用の簡易ベッドで寝ている筈だ。

どちらにも誰も居ない。

キッチンの方はベッドから降りないと確認出来ないが、真っ暗なのできっと居ない。

イヤナがキッチンに居れば必ず火を使う筈だから、真っ暗は有り得ない。


「……イヤナ。居るか?」


居ない事は分かり切っているが、声を出して呼んでみた。

当然、返事は無い。


「居ないのなら居ないと言ってくれ。……なんてな」


自分の冗談に頬を緩めながらベッド脇のカーテンを少しだけ開けてみた。

雨でガラスの外側が濡れていた。

なるほど、雨音と不安が合わさって、あんな悪夢を見たのか。

私が死に、仲間達が一人前になる夢を。

思い返すと、根拠も無くペルルドールとサコが一人前だと思い込んでいた。

まぁ、夢だから不条理も当たり前に起こり得るか。

しかし、成長が一番遅いと悩んでいる彼女が一人前になっているとは、我ながら意味不明だな。

いや、そうでもないか。

彼女が自身の潜在能力を自在に扱える様になるのは確定している。

案外、正夢かも知れないな。

憂鬱な気分で王都を見渡してみる。

真夜中なので明かりを灯している民家は無い。

国の中心である王都と言えど、夜中は発電所が止まるらしい。

そうでなければ、悪天候で視界が悪いとは言え、一軒くらいは電気を点けている家が見える筈だ。

だから病院も停電するのだが、医療機器を止めると命に関わる患者も居るので、自家発電装置が備わっているそうだ。

発電装置は自動車のエンジンを応用した仕組みなのでセレバーナでも造れそうなのだが、燃料を流し捨てる様な勢いで消費するので維持費が莫大に掛かる。

だから最果ての村では使えない。

その証拠に、国で一番の金持ちである王城では、あちこちで大きな松明が灯っている。

王の警備の為だとしても自家発電装置は使えないのだ。

しかし、雨だと言うのに警備の人があちこちに居るのか。

毎日朝まで侵入者を警戒しているんだろう。

大変だな。

――朝。

夜が明け、朝が来たら、いよいよ手術だ。

心臓の手術。

身体にメスが入る。

魚を切る様に胸を開かれ、他人に内臓を覗かれる。

それが不安の正体だと言う事は考えなくても分かる。

と言うか、あえて考えない様にしていた。

怖いから。

不安を頭から追い出して眠った方が良いのだろうが、眠れないんだからしょうがない。

カーテンを閉め、夜が明けるまで何をして時間を潰そうかと考える。

本を読むには暗過ぎる。

食材が有れば料理の練習が出来るのだが……。

少し肌寒いな。

やっぱり寝るか。

ロウソクを吹き消し、布団に潜る。

温かいが、やはり眠れない。

何度寝返りしても眠りに入る気配は無い。

そればかりか、布団の中で動き捲ったせいでシーツが縒れて不快になった。

変な夢のせいだ。

忌々しい。

そう言えば、夢にシャーフーチが出て来なかったな。

彼は夢の中でもそう言う扱いなのか。

ふふ……面白いな。

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